お姉ちゃんは犯罪者……?
それはもう、見事に木っ端微塵といった言葉がぴったりな光景だ。
魔導科の校舎は、お姉ちゃんの雷の魔法によって崩壊した。
崩壊というか……消失したと言った方がいいかもしれないレベルだ。
幸いなことに、誰一人として怪我は負っていない。そこはお姉ちゃんが、細心の注意を払ってくれたようだ。
三角形を描く校舎の一角が突然消失したことにより、他の校舎から生徒や教師たちがこちらを覗いている。
明らかに不味い状況では、ある。
でもお姉ちゃんは、自分に向けられた視線に臆することなく廃材の上に立っている。
威風堂々。
まさに、そんな言葉がうってつけな状況だ。
「う~ん、爽快!」
「そうだね。こんな状況じゃなきゃね……」
「え~。シアちゃんを追い込んだ学院だよ? むしろこの程度で済んでよかったんじゃない?」
「それは……」
お姉ちゃんの気持ちは、正直に言ってすごく嬉しい。ワタシのために、ワタシを想って、怒ってくれた。王族や貴族や、自分の立場よりも、ワタシを優先してくれた。
それがわかって、嬉しくないわけがない。もの凄く嬉しい。出来ることなら、今すぐ抱きつくどころかしがみつきたいくらいだ。
「プリム・ソフィアさん! 私あなたを許しませんわ!」
怪我はしてないものの、リーザは怒りながらお姉ちゃんを指差した。リーザだけではない、魔導科の生徒や教師――いや、この学院の、ほぼ全ての人間を敵に回してしまった。
けれどもお姉ちゃんは、けろっとしている。
「許さない、ねぇ。ふ~ん」
「このことは迅速にパラケルスス家に、王家に、そして冒険者ギルドに報告させて頂きますわ! 魔法学院、並びに私へのここまでの侮辱や脅迫行為によって、ソフィア家をこの国から追放処分させますわ!」
「やってみれば?」
リーザのパラケルスス家は、王都に居を構えている、王家にかなり近い貴族だ。
つまりはそれだけ権力を持っている。だから取り巻きは多いし、ワタシも出来る限り逆らわず、リーザの横暴に耐え忍んでいた。
お姉ちゃんに迷惑が掛かる。ただそれだけを気遣って。
けれどもお姉ちゃんは、何事もなかったかのように平然としている。
お姉ちゃんが狼狽えるとでも思っていたのだろう、言った本人であるリーザ自身が逆に狼狽えてしまっている。
「や、やって……!? あなた! 良くて国外追放、悪くて死罪や投獄ですのよ! どうしてそんな平然と――」
「わからない? ん~、わからないか~」
「わっ!?」
うんうんとしきりに頷くと、お姉ちゃんはワタシをぐい、と抱き寄せてきた。
後ろから両肩を掴まれてしまうと、お姉ちゃんの顔が見えない。
肩を掴む力が、いつもよりも、少しだけ強い。
「私にとって、シアちゃんがそれだけ大切ってことだよ」
「っ……!」
「はぁ!? 落ちこぼれであなたの名声を地に落とすことしか出来ない、たかが妹でしょう!?」
リーザの憤慨はもっともだ。こんな足手纏いにしかならない妹がいて、その妹のために自分が罪を背負ったら――……。
「シアちゃんを守って、シアちゃんが笑顔でいてくれて。シアちゃんとずっと一緒に暮らせるなら、私は何もいらないよ」
「あ、あなたねぇ――」
それ以上は、もう何も語るつもりがないのだろう。お姉ちゃんが踵を返し、ワタシはそんなお姉ちゃんと手を繋いで歩き出す。
悔しそうに何度も地団駄を踏む音が聞こえる。けれどお姉ちゃんは振り返らない。
「そこの教師! すぐさまパラケルスス家に連絡をいれなさい! リーザ・パラケルススの名において、プリム・ソフィア並びにシアン・ソフィアを国外追放にすると! 王家にも、冒険者ギルドにも! 絶対に後悔させてやりますわ!」
お姉ちゃんは何も口にしない。でも、ワタシにはにこにこと微笑みを向けてくれる。
……これで、本当にいいの?
ワタシは、お姉ちゃんを追い詰めたくない。ワタシの為に生きて欲しいとは考えているけど、だからといって、手に入れた全てを捨てて欲しいわけじゃない。
「お姉ちゃん――」
「それに、元からユアンから許可貰ってるしね~。魔法学院を壊すこと」
「……へ?」
第一王子、から?
お姉ちゃんがぽろりと零したその言葉は、すぐにその場にいた全員に波及していく。
ざわめきは誰にも抑えることが出来ない。
「あ、これ内緒だったね。てへぺろ」
その表情も可愛――ってそうじゃなくて!
「お姉ちゃん、知ってたの? その、ワタシが苛められてたって――」
「ん~。そこまでは知らなかったよ。でもね、王家も魔法学院の体質を気にしてたし、事情を話したら『SSSランクの判断に任せる。事後処理なら全てこちらに押しつけろ』って許可も貰ったよ?」
「……へ?」
ざわめきはどんどん広がっていく。それこそもう止められない。
他の校舎から事情を聞くために飛び出してきた人たちも、お姉ちゃんの言葉を聞いて、混乱している。
ワタシたちはその混乱に乗じて、こっそりと逃げ出すことにした。
「シアン!」
「っ……レアル」
魔法学院の外――ファルシオンと馬車が待っている場所で、レアルが追いついた。
お姉ちゃんがすぐにワタシを庇うように背中に隠す。その表情は、どこか堅い。
「プリムさん、すいませんっした!」
「……え」
お姉ちゃんが何かを言うよりも早く、レアルがもの凄い勢いで頭を下げた。
「オレは、シアンを守れなかった! シアンが苦しんでいることに気付かないで、自分のことばかり考えてた!」
……それは、違う。レアルには気付かれないようにしていたんだ。
レアルは精霊科の主席として、真っ直ぐ突き進んで欲しかったから。ワタシを気遣って、成績を落として欲しくなかったから。
「だから、ありがとうございます! こんなクソな魔法学院をぶっ壊してくれて!」
「レアル……」
レアルの瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が零れてくる。
やっぱり、レアルだけだ。レアルだけが、この魔法学院で、ワタシの味方だったんだ。
「オレは精霊科の主席として、この学院を建て直すことに尽力しなくちゃならない。だから、シアンを守ることが出来ないし、その資格も、ない、です。だからプリムさん、シアンを、オレの親友を、よろしくお願いします!」
……~~っ!
「ばかレアル!」
「な、なんだよシアン!」
「うるさいっ。何も言うなっ。ワタシが勝手に落ち込んで、勝手に追い詰められて、勝手に潰れただけなんだ。相談しなかったのはワタシだ。頼らなかったのはワタシだ。レアルがそんなにも気に掛けてくれていたことに気付かなくて、一人でリタイアしたのがワタシだ!」
「な、なんだよそれは! オレがもっと気付くのが早ければ! 主席であるオレがもっと立ち回れば、お前は、お前は……~~っ! ああもう、オレはお前と卒業したかったんだぞ!?」
「知らないよばかレアル!」
「なんだとばかシアン!」
もう、言葉が上手く出てこない。あふれ出てくる感情を言葉に出来ない。
嬉しいんだ。レアルがこんなにも、ワタシを見てくれていた。この学院では嫌なことばっかりだったけど、レアルがいてくれたから、ワタシはかろうじて残っていられた。
だから、レアルのいない間に潰れてしまった。そう見ると、ワタシはすっかりレアルに依存してしまっていた。
「シアちゃんもレアルちゃんも、お互いが大好きなんだね」
「そうだよっ。大好きな友達だよ!」
「そうですよ、オレだってシアンが大好きですよ!」
ああ、もう。なんでこんなに涙が溢れてくるんだよ。目の前がぐちゃぐちゃで、ぐちゃぐちゃで……!
駆け寄ってきたレアルを受け止めて、抱き締め合う。
密着すると、お姉ちゃんとは違った熱を感じる。
温かい、学院の間、ずっとワタシを支えてくれていた熱だ。
「シアン。オレ、もっと偉くなる。精霊科の主席なんかで収まらない。もっともっと上に上り詰める!」
「うん、うん……! レアルなら出来るよ。ワタシが保証するっ!」
身体を離して、見つめ合って。お互いに泣きじゃくって。
「だからシアン、その時はオレの嫁になれ!」
「う――!?」
「だめーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
慌てて頷きそうになった瞬間、お姉ちゃんがワタシをレアルから引き剥がした。
ちょ、レアルなに変なこと言いだしてるんだワタシたちは女の子同士だよ!?
「へっへーん! いいかシアン! オレは本気だからな! いつか必ず、お前とプリムさんの間に入ってやるからな! 待ってろよ!」
まるで捨て台詞のように、レアルは大声で宣言すると、学院の方へ駆け出してしまった。
え、ちょ、まじ……?
「だめだめだめだめ! シアちゃんはお姉ちゃんのお嫁さんなのー!」
「お、お姉ちゃんほらレアル帰ったから! 落ち着いて、ほら!」
なにがなんだか! お姉ちゃんとだって大事な話をしなくちゃならないのに!?
ああもう、どうにかお姉ちゃんの暴走を止めてー!




