お姉ちゃん、怒りの一撃。
「ご機嫌ようですわシアンさん! 相変わらず人生つまらなそうなお顔をしていますわね。でもそれは当然仕方ないことですわ。なぜならあなたはこの魔法学院で最も実技の単位が取れない落ちこぼれなのですから! ですけど安心してください。たとえあなたが魔法を使えても、私がいる限り魔導科主席の座は奪えないからですわ!」
リーザは久しぶりに会ったけど、何一つ変わることなく言葉をまくし立てていた。
うん、変わりないようである意味一安心だ。
……リーザは正直、プライドが高すぎるだけでまだマシな方だしね。
「シアちゃん、お友達?」
「ワタシの友達はレアルだけだよ」
友達……というか、知り合いだけどね。レアルがワタシを友人だと思ってるかは怪しいしそもそもこんなポンコツを友人と呼べるのだろうか。……うーん。
「ちょっとシアンさん聞いていますの!? そんなんだからあなたろくに魔法も使えないんでしょう」
「……あー、リーザ。ちょっと黙ってて欲しいな」
リーザが喋っていると、話が悪い方向に進みそうで、最悪を考えると……黙ってて欲しい。
だがそれがリーザの気に障ったのか、いや、リーザ以上に、リーザの取り巻きを怒らせてしまうだけだった。
「ソフィアさん! 落ちこぼれのあなたがリーザ様になんて口を利くのです!」
「これだから庶民は!」
「リーザ様は王族の親戚に当たる方なのですよ!」
あ、そうなんだ。リーザが貴族ってのは知ってたけど、王族の親戚ってのは初耳だ。
「……シアンさん。そちらがあなたのお姉様ですか?」
「……うん、そうだけど」
取り巻きとは打って変わって、リーザは剣呑な雰囲気のまま、淡々とした口調でお姉ちゃんとワタシを見比べた。
「ええ。ええお聞きしております。プリム・ソフィア様。SSSランク冒険者にして、王家正当後継者――第一王子ユアン様に求婚されている御方ですよね」
えっ、第一王子……次期国王に求婚されてるの!?
その話題を出された途端、お姉ちゃんの表情が気まずそうになった。
わかっている。この旅はその返事をするために出発した。
お姉ちゃんが、王子にどんな返事をするか――それを聞き出す前に、お姉ちゃんをワタシにメロメロにさせて、独占するための旅だ。
リーザは明らかに雰囲気を変えたお姉ちゃんを見て、付け入る隙を見つけたのか――ワタシにしていたころよりも、もっと、下卑た笑顔を浮かべた。
「まあまあそれはそれは、プリム様、ご婚約おめでとうございます」
「ち、違う。お姉ちゃんは――」
お姉ちゃんからまだ、ワタシは答えを聞いていない。
だからこそワタシが入り込める。そう信じて旅を始めたんだ。
「でもこれで、ようやくプリム様も落ちこぼれのシアンさんから解放されますよね! お辛かったでしょう。出来損ないの妹がいるなんて。冒険者ギルドでも度々話題に上がっていたらしいですね? あなたの妹とは思えない、役立たずがいるって」
~~~っ、ああ、もう。
わかっている。わかってるよそんなこと!
ワタシが落ちこぼれで、何も出来ないから、お姉ちゃんが、悪く言われてるかもしれないってことくらい――わかってるよ!
「ユアン様と婚約なされれば、当然プリム様は嫁入りとなりますが――王族はより能力ある方を尊重しているはずです。とてもじゃないですがシアン様は王族になることを許して貰えませんよねぇ」
……わかってるんだ。魔法学院がこんな場所で、ランさんの過去を聞く限り、貴族たちの世界も明らかに酷い世界だ。だから、その中心である王族だけがマトモであるはずがない。
わかっている。王家に入れば、お姉ちゃんはもう冒険をしなくていい。ずっと幸せに暮らすことが出来る。
わかっている。ワタシがお姉ちゃんの足かせになっていることくらい。ワタシがお姉ちゃんの幸せを邪魔していることくらい!
「リーザ、いい加減にして!」
「いいえシアンさん。今だからこそ言わせて貰いますわ。たかが勉学が出来る程度で、いつまで誉れあるSSSランク冒険者様を不幸に縛り付けるのですか! そんな悪行、私だったら耐えられませんわ!」
頭がぐわんぐわんと、目が回る。
世界の全てが敵に回ってしまったような感覚が、ワタシを襲う。
ワタシにとっては、お姉ちゃんが世界の全てだ。
だから、お姉ちゃんに捨てられることは、ワタシは死ぬことと同義なんだ。
「んー、くだらないね」
「………………はい?」
「お姉、ちゃん……?」
お姉ちゃんの言葉に、リーザが間の抜けた声を出した。ぽん、とワタシの頭の上に、お姉ちゃんの手が乗せられる。
「王族だとか、貴族だとか、強いとか、弱いとか。そんなことに捕われてばかりで、えっと、ドリル……じゃなくてリーザちゃん? あなたの人生ってつまらなそうだね~」
びくり、と、他の誰でもなく、ワタシの身体が震えた。
お姉ちゃんの声はいつもよりもさらに明るい。でも、それは陽気という意味ではない。
哀れんでいる。
そして、静かに、怒っている。
「つ、つまらないですって!? 誇りあるパラケルスス家に生まれ、魔導科主席の座すら手に入れた私の人生が、つまらないですって!?」
激昂するリーザの声に、取り巻きどころか野次馬が集まってくる。
生徒たちの目は、明らかにワタシを睨んでいる。お姉ちゃんではなく、ワタシを。
ワタシは恐怖に駆られ、お姉ちゃんの服の裾を掴む。
「つまらないよね~」
「どこがですか!」
「全部かな~」
「あなた、頭がおかしんですか!」
「いいえ。頭がおかしいのはあなたと……そうだね。この魔法学院自体、かな?」
リーザはもう止まらないだろう。取り巻きたちも一触即発の空気だ。
いや、もうそんな空気も通り越してしまった。魔法学院自体を侮辱するお姉ちゃんの言葉は、伝統あるこの学院を重んじる生徒や教師を怒らせるには十分すぎた。
「プリム・ソフィアさん。その発言は撤回して貰いたい。国立であるこの学院を侮辱することが、どれだけ重大な罪となるか、それくらいわからないあなたではないでしょう?」
職員室から出てきた先生が、お姉ちゃんを諫める。
でも、その言葉が逆にお姉ちゃんを踏み込ませることくらい、ワタシにだってわかる。
「――私の大切な妹を侮辱する教師が、そんなことを言うんですね」
一瞬で、空気が重くなった。
それは空気の問題だけではなく、物理的に。
背中にのし掛かる重圧に、ワタシも膝を屈しそうになる。
「聞こえてないと思ったんですか? SSSランクの私が、妹が退学を望むくらい、苛められたことを、見抜かないと思ったんですか? シアちゃんがずっと黙っていたから我慢してたけど、も、我慢の限界です」
お姉ちゃんの魔力が、膨れ上がる。
わかっている。これは、やばいってことくらい。
お姉ちゃんが、ここまで怒っているのを――ワタシは、見たことがない。
「な、何をする気だ! そんなことをしたら、君は王家に牙を剥いたことになるんだぞ!」
先生の制止の言葉は、逆効果だ。そんなことを、どこか冷静に、ワタシは傍観していた。
「それが? 私はシアちゃんがいるのなら、王家だって貴族だって――世界の全てだって敵に回します。私はシアちゃんを守るためにいるのだから。掛け替えのない、大切な妹を守る姉なのだから!」
その言葉は、誰よりもずっと、ワタシが欲しかった言葉。
お姉ちゃんは、王家よりもワタシを優先してくれる。
それはつまり――お姉ちゃんは、ワタシを捨てて王族に嫁入り選択肢はない、と言っているのだから。
「や、やめろ! パラケルススくん! 早く謝罪するんだ!」
「あ、あなたの言葉が原因でしょう!?」
「いいや! 君だ! 主席の君が起こした問題だろう!」
「私に責任を押しつけるのですか!? あなた、パラケルスス家を敵に回すのですか!」
「SSSランクを敵に回すくらいならそっちのほうがマシだっ!」
リーザと先生の口論は、見るに堪えないものだった。
どちらも頭を下げることをプライドが許さないのだろう。それを皮切りに、集まっていた野次馬たちにも不安が伝播していく。
逃げた方が良いとか、謝れとか、罵声が飛び交っていく。
「座学が出来るとか、実技が出来るとか、人の価値はそんなもので決まらない。シアちゃんは誰よりも、誰かを気遣って優しく接してくれる子なのに。そんなシアちゃんを泣かせて、苦しませて、夢を奪ったあなたたちを、私は許さない! ――こんな学院、壊れてしまえばいいのよっ!」
お姉ちゃんが掲げた右手に、雷が集まっていく。
それを見て咄嗟に防御の魔法を唱える者、対魔力の魔道具を使う者、精霊に語りかける者――様々な対応を始める。
お姉ちゃんは、そのまま拳を振り下ろす。
そうなれば当然どうなるか。
わかっている。でも、ここまで来たらワタシではお姉ちゃんを止められない。
お姉ちゃんが放った怒りの一撃は、一瞬で校舎を破壊し尽くした――――。
……どうしよ、これ。
余談ですが、被害は校舎が全壊です。
人的被害は……次回!




