お姉ちゃんはお断り。
「いやー『紅雷の聖母』がこの魔法学院を訪れてくれるとは。実に光栄ですねあっはっは!」
先生の笑い声が職員室に響くと、事態を理解した他の先生たちの視線もお姉ちゃんに集中する。
「いえいえ~。シアちゃんがお世話になってましたし、お礼もろくに言えずに、申し訳ありません~」
お姉ちゃんは、にこにこと笑みを絶やさないでいる。それでいて、どこか雰囲気がいつもよりぎこちない。
……ぎこちない?
なんでワタシはそんな風に感じたんだろう。お姉ちゃんはワタシの保護者として挨拶をしているだけだし、冒険者として活動している時は王族や貴族の人とも話す機会はあっただろう。だから、違和感があることに、首を傾げる。
「ははは。それで、シアン・ソフィアさんの特別レポートの件ですね」
「はい。私と一緒に旅をするのなら、普通よりも貴重な経験が出来ると思いますけど」
「そうですね。レポートの出来にもよりますが……まあ、シアン・ソフィアさんは座学の出来『は』大変素晴らしかったので、問題ないでしょう」
……明らかに先生は、そこを強調していた。お姉ちゃんが気付いたかどうかはわからないけど、少なくともワタシの隣に立っているレアルは身体を緊張させていた。
別に、ワタシが座学しか出来ないのは知れ渡っていることだ。
だからそこを突かれるのは嫌ではない。というよりもう慣れた。
「っとと。そうだった。オレは自分のレポートを提出してくるよ」
「あ、うん。気を付けて」
「おう」
お姉ちゃんと先生の談笑を聞いていると、レアルが自分のレポートを届けるために一足先に退室する。
先生は談笑をしながらも、レアルのそんな後ろ姿を眺めていた。
「精霊科の主席が『あの』シアン・ソフィアとまだ付き合ってるんですね」
「本当になぁ。あの子のためにもさっさと離れてくれればいいものを」
「精霊魔法も使えないくせに、何を狙ってるんだか」
……聞こえるくらいの声で話すなら、真っ正面から言えばいいのに。
そもそもワタシからレアルから離れたじゃないか。レアルが勝手に寄ってきてるだけだ。
先生たちもそれくらいは把握しているくせに、それでもワタシを責めるのは暗にワタシが落ちこぼれだから。
そりゃ優秀な生徒の機嫌を損ねるくらいなら、落ちこぼれを責めた方がいいからね。
そのくらいワタシだって理解出来る。
「これもなにかのご縁ですし、せっかくですから授業をされてみてはいかがですか?」
思いついたように、先生がそんなことを言い出す。
……ワタシはきゅ、っと、お姉ちゃんの裾を掴む。
これ以上は、ここにいたくないことをアピールする。
「SSSランク冒険者様の旅を語ってもらい、実技を見せて貰えると生徒も喜ぶと思うのですが――」
「申し訳ありませんが、お断りさせて頂きます」
お姉ちゃんも気付いてくれたのだろう。きっぱりと断ってくれた。
先生は少し驚いた表情をしたが、すぐに残念そうな表情に変わる。
「そうですか……残念ですね」
思ったよりは、あっさりと引き下がってくれた。
これでワタシの成績と引き換えだーとか言われたら溜まったもんじゃない。
「じゃ、私たちはこれで失礼しますね~」
「おっと……シアンさんはちょっと残って貰えるかな?」
退出しようとすると、ワタシだけが先生に呼び止められた。
休学中であるワタシはまだ、扱い上ではここの生徒だ。
……なんだろう、嫌な予感しかしない。
「は、はい」
「私は――」
「申し訳ありません。今後のことで生徒に直接伝えたいので、保護者の方は少し席を外して貰えますか?」
「……わかりました」
先生の丁寧な物腰に、お姉ちゃんは食いつくことは許されない。
保護者であるから、必要以上に生徒に干渉するな、と遠回しに拒絶されているのだ。
渋々と納得していない表情で、お姉ちゃんだけが退室していく。
「……はぁ」
お姉ちゃんが退室すると同時に、先生がペンを小さく振るった。
何をしたかくらいは、ワタシにだってわかる。これからの会話を外で待つお姉ちゃんに聞かれないようにしたのだ。
「なあ、ソフィア。お前は役に立たないくせに、姉に頼むことも出来ないのか? お前が休学する前もずっとお前に言ったろ? プリム・ソフィアの特別授業をやらせろ、と」
「……嫌です」
ワタシは、ワタシ自身が落ちこぼれであることは認めている。
何も出来ない役立たずで、ポンコツだって理解している。
そんなワタシでも、譲れないことがあるし、嫌なことがある。
「お前と違って超優秀なプリム・ソフィアの授業だ。生徒のために絶対に役に立つ。ましてやあれだけの実力者だ。生徒への影響を考えればむしろ講師として招きたいくらいだ。わかるだろうシアン。役立たずのお前が、唯一学院の為に出来ることだぞ?」
「嫌です」
「ったく、落第しかけでギリギリのお前はプリム・ソフィアが姉だから残留できてるんだぞ? それを理解してるのか。あの優秀な姉がいなければお前のような生徒は――」
「……っ」
お姉ちゃんを、こんな学院に関わらせたくない。
魔砲の最先端を学ぶ場所。あらゆる魔法文化を研究・発展させる場所。
でもその実体は、どこまでもエリート意識に拘りすぎた、俗物過ぎる組織。
「実技もクリア出来ないお前と違って本当になんでも出来る冒険者なんだぞ。わかってるのか? 私の指示に逆らうことがどういうことか、お前だってわかっているだろう?」
……この学院は、実技が出来る魔法使いをとにかく優遇する。
座学がある程度出来なくても、いや、最悪ほとんど出来なくても――例えば貴重な魔法が使えたりすれば、座学などの単位はほとんど免除される。
だって、理論理屈を語ることよりも、実践で活躍出来た方が名前を売れるから。
「お前はどうしてそんな落ちこぼれなんだろうなぁ。ああ? 本当に同じ親から生まれたのか? お前だけどっかから拾われたんじゃないか?」
……お姉ちゃんと、比べてほしくない。
お姉ちゃんが優れていて、ワタシが劣っていることくらい、理解している。
でも、惨めな思いをしないかと言われれば、嘘になる。
お姉ちゃんは、こんなワタシでも笑顔で受け止めてくれる。
でも……何も出来ないワタシは、ワタシ自身が嫌いなんだ。
そして何より嫌なのは、お姉ちゃんとの関係すらも否定されること。
ワタシの存在が、お姉ちゃんの足かせになっていることを突き付けられること。
泣かないように、唇を噛んで堪える。
泣いたら負けだ。泣くのはお姉ちゃんの前だけだ。
先生はよっぽど気にくわないのか、苛々を隠しもせず、何度もこつこつと足で地面を叩く。
「もういいわ。帰れ」
「はい」
「実技をこなす気がないならさっさと退学でもしろ。その方が手間が省ける」
「……はい」
お父さんとお母さんが亡くなって、魔法使いに憧れて。その夢を叶えるために入学した魔法学院。
お姉ちゃんが稼いでくれたお金で入った場所だけど、実態はこんなんだった。
先生だから、これだけで済んでいる。
先生だから、手を出してくることもない。
「失礼しました」
頭を下げて、退室する。
「シアちゃ~んっ」
「わわっ」
待ちわびたかのように、お姉ちゃんが抱きついてくる。背中から抱きついてきたお姉ちゃんは、ワタシの髪に顔を埋めてすりすりしてくる。
「ちょ、ちょっとくすぐったいよっ」
「い~のっ。堅苦しい話で疲れちゃったから~」
「馬車に戻ってからで良いでしょ!?」
「い~のっ! シアちゃんはお姉ちゃんのものだから~っ!」
……お姉ちゃんのその言葉が、落ち込んでいたワタシを引き上げてくれる。
ワタシはお姉ちゃんの妹だ。こんな凄い人がワタシのお姉ちゃんなんだ。
「お姉ちゃん、早く王都を目指そ?」
「そうだね~。シアちゃんの手続きも簡単だったし、もう用事はないしね~」
お姉ちゃんが離れて、隣に立つ。手を繋ごうかとも考えたけど、誰かに見られたら嫌だから……うん、我慢しておこう。
一応、レアルに挨拶してから出て行きたいけど。
「あら、あらあらあら。シアンさんではないですか!」
「――――」
ああもう、今日は本当に、最悪な日だ。
よりにもよって一番会いたくない奴に、出会ってしまったのだから。
クルクル金髪ドリルで碧眼の、明らかに高飛車な女子生徒。
……魔導科主席、リーザ・パラケルスス。




