お姉ちゃん、魔法学院に到着。
「…………胃が痛い」
魔法学院に近づけば近づくほど、猛烈な痛みがワタシを襲う。
行きたくない、近づきたくない。それらのストレスが纏めてワタシの内臓を攻撃してくる。
刺すような鋭い痛みに耐えるために、必死に布団をたぐり寄せて丸まる。
「シアちゃん大丈夫? ヒール。はい、ヒール」
「だ、大丈夫……じゃない」
お姉ちゃんがいくらヒールを掛けてくれても、こればかりは精神的なものが原因だ。
このストレスが無くならない限り、延々と続く痛みだろう。
まいったなー……。ここまで酷いとは自分でも思ってなかった。
「まあシアンはゆっくり休んでろよ。あーでも、用事ってのはシアンの用事なのか?」
「……うん、まあ、そうなんだけどね」
ワタシは魔法学院を休学している。先生たちも事情は知ってるし、お姉ちゃんも納得している。
ただ、お姉ちゃんと一緒に旅をする、という報告は必要だ。
退学ではなく、休学である以上は、学業を免除されるわけではない。
つまり、成績を下げるな、と言うことだ。
今までは自宅にテキストなどが送られてきて、それをこなしていた。
……まあ、テキストだけ出来ても、魔法学院では落第生なんだけどね。
「シアちゃんはお姉ちゃんと旅をするから、その旅での出来事や培った魔法技術などでのレポートを提出する、って話をしにきたんだよね~」
「あーなるほど。プリムさんの旅に付き合えれば、学院で授業受けるよりよっぽど有意義だしな」
お姉ちゃんの言葉にレアルも賛同する。
間違ってはいない。でも、ワタシの本心とはかけ離れている。
この旅は、魔法学院の単位を取るためではなく、ワタシ個人の我が儘を通すための旅だ。
卒業までに必要な単位を集める、と言えば先生たちも納得はするだろう。実技がまったくだめなワタシでも、座学の単位は十二分に取っている。
それにワタシは、魔法学院を卒業することに拘っていない。
休学となっているのは、あくまでお姉ちゃんの願いだったから。
……あー、いやだ。思い出したくないことまで思い出してしまう。
「お、見えてきたぞ」
レアルの声と、ファルシオンの鳴き声が聞こえた。もぞもぞと布団から這いずり出て、レアルが御者台にいることをこれ幸いと判断して、心配していたお姉ちゃんの膝に座る。
はー。おちつく。やっぱりお姉ちゃんは最高だなぁ。
「……シアちゃん、怒ってる?」
「え?」
「シアちゃんは、その……学院を辞めたい、って言ったのに。お姉ちゃんが無理言って、休学にしたこと……」
お姉ちゃんは弱々しい声で、そんなことを聞いてくる。
そのことについて、怒っているのかどうか。
あの時――タイミングよく旅から一時的に戻ってきたお姉ちゃんと、泣きじゃくっていたワタシ。泣きついて、辞めたいと、何度も懇願したワタシを優しく受け止めてくれたお姉ちゃん。
何度も何度も、お姉ちゃんが「将来のためにも、休学にしよう?」って説得を続けて。
とにかく魔法学院に戻りたくなかったワタシは、首を縦に振ったんだ。
「怒ってはいないよ。……お姉ちゃんは、事情も聞かずにワタシを受け止めてくれた。だからワタシも、そんなお姉ちゃんの言葉を、無碍にしたくなかった」
「シアちゃん……」
当時は少し荒れちゃったけど、お姉ちゃんに対して怒ったわけではなかったし。
ワタシは、あれ以上魔法学院にはいられなかった。あそこにいることに、耐えられなくなった。
だから、あそこから逃げれるんだったら、なんでもよかったんだ。
まあその結果、レアルに何も告げずにトンズラしてしまったわけだけど。
魔法学院は、最寄りがサンダルフォンだけど、管轄は王都となっている。
ワタシがいた魔導科、レアルの精霊科、魔道具などを研究・開発する装具科の三つによって構成されている。
寮も一応はそれぞれ別になっている。ワタシが精霊科の寮に入ったのは、その……色々あって。
「わぁ~。ここが魔法学院なんだね~」
お姉ちゃんはどうやら魔法学院を訪れたのは初めてらしく、新鮮な気分で校舎を眺めている。
魔導科、精霊科、装具科の三つの校舎で三角形を描くように配置された校舎たち。それぞれが五階建てで、三階から上が寮や先生たちの部屋となっている。
三つの頂点部分にはそれぞれ塔が立っており、サンダルフォン同様、三つの魔石が配置されている。
残る一つの魔石は、校舎に囲まれた中心、中庭の真ん中に作られた噴水に設置されている。
「ふんふん。サンダルフォン以上に魔物や対不審者用のトラップまで常設されてるんだね~」
お姉ちゃんは一目見ただけで、魔法学院全体に仕掛けられている様々な術式を見破ったようだ。
まあ、魔法を学ぶ最先端の学校だ。どんな組織に狙われるかもわからないし、魔物に襲われても大変だからそこら辺はサンダルフォン以上に厳しく配置されている。
敷地は広いんだけど、中身としては大分閉鎖的な場所だ。
それでも、魔法を学ぶことにおいてこの魔法学院を越える施設はこの国には存在しない。
……まあ、その所為で色々厄介な事も起きるけど。
「プリムさんはシアンの保護者だから、細かい手続きもいらないと思うっす」
「うん、そうだよね」
「よかった~。冒険者、って肩書きだけだと入れないんだよね~」
ここで生活していた頃は、面会などは毎月の決められた時期でないと許可されない。
外出についてはそこそこ緩いが、それでも週末にしっかり外出届を提出しなければならない。
どこまでも厳しく、閉鎖的な場所。
それが、ここ魔法学院の特徴だ。
「シアちゃんを驚かせようとコッソリ来た時も追い返されたしね~」
「え、そうなの」
「そうだよ~。そもそも森の入り口で止められちゃってさ~」
お姉ちゃんは懐かしそうに昔を思い出している。
恐らく一度だけじゃない。一度くらいでお姉ちゃんが諦めるわけがない。
……というか、こっそり侵入とかしそうだし。
「気配を消して高速移動してこっそり忍び込もうとしたこともあるけど、シアちゃんに迷惑掛かると思ってやめたんだよね~」
「そ、そうだね……うん、しなくてよかったよ」
思えば帰省の度にお姉ちゃんは必ず家に戻ってきて、凄い勢いで愛でられた。
思えばお姉ちゃんも寂しかったのだろう。……ワタシも寂しかったし。
「ほら、シアンもプリムさんも。さっさと手続き済ませちゃいましょーぜ」
「うんっ!」
どうか誰にも会いませんように。ワタシの報告も終わらせて、さっさと離れよう。
ここには、レアルがいること以外、良いことは一つもないんだから。
「おい、あれ見ろよ」
「ああ、精霊科のレアル・アゴリーだろ?」
「ちげーよその隣だよ!」
「プリム・ソフィア!? あの落第シアンの姉の!?」
――遠くで聞こえた声を、強引に無視した。
何かを言おうとしたお姉ちゃんとレアルの手を引いて、真っ直ぐに先生がいる職員室を目指す。
「ねえ、シアちゃ――」
「っし。今は静かにしておいたほうがいいっす」
お姉ちゃんの声を、レアルが止めた。
うん、レアルのそういう気遣いできる所、ワタシは好きだよ。




