お姉ちゃん、いざ魔法学院へ。
『それじゃあプリム、うちの妹をよろしくな。シアンちゃんも、元気で』
クエスト報告を終えたワタシたちは、ルイスさんとサンダルフォンで別れ、魔法学院を目指して馬車を走らせた。
キメラの報告と、魔石の納品。受付のお姉さんのルイスさんへの恐ろしい形相は、いつまでも語り継がれるだろう……。
「はぁ。兄貴もさっさと気付けばいいんだよ。ばーか」
「あはは」
馬車の中でレポートを手伝っていると、レアルがそんなことをぼやく。
流石にルイスさんと受付のウルスラさんの関係は、部外者であるワタシたちから見ても明白だった。
素直になれないというか、ルイスさんの態度にやきもきしてるウルスラさんと、そんな気持ちに気付いているのか気付いていないのか、どこか飄々としたルイスさん。
こういう時はあれだよね。『リア充爆発しろ』って前世ではよく言われてたよね。
レアルもそんな二人の関係を知っているからか、ルイスさんにはわざとぶっきらぼうな態度を取っていたみたいで――まあ、レアルがルイスさんのことを敬愛してるのは知ってたし、お兄さんの幸せを妹として考えているから、だろうね。
「なあシアン、さすがに暑くねーか?」
「言わないでレアル。気にしないように必死だったの」
「お、おう」
ベッドとテーブルがある、二人で過ごせるだけの狭さしかない馬車内は、レアルを加えて三人で過ごすにはやはり狭い。
ベッドと椅子と、御者台に座れば解決なんだけど、お姉ちゃんはなぜだかワタシとレアルが二人っきりになるのをやけに拒んだ。
だから今、ワタシはお姉ちゃんの膝の上に座って、抱き締められる形となっている。
当然お姉ちゃんはベッドに腰掛けていて、椅子にはレアル。
「レアルちゃんはお姉ちゃんにとって敵と判断したので、こういう処置なんだよ」
「訳がわからない」
「レアルちゃんは放っておいたらシアンちゃんをにゃんにゃんきゅーんしそうだから」
「訳がわからない。ほら、レアルも何か言ってよ」
なぜだかお姉ちゃんはレアルを警戒している。
レアルはお姉ちゃんに嫌われるようなことをしたのだろうか。お姉ちゃんが誰かを嫌うなんて事、よっぽどでなければ有り得ないんだけど……。
「プリムさん、違います!」
そう、そうだよレアル。レアルの口からしっかりワタシとレアルの関係を言葉にすれば、お姉ちゃんも納得してくれるよ。
そして今のこの嬉し恥ずかし公開処刑状態から開放して貰える筈!
さあレアル! 君の口からただの友達だってしっかり説明しておくれ!
「オレはシアンとにゃんにゃんきゅーんじゃなくいちゃいちゃしたいだけっす!」
「っ!?」
「てきーーーーー! シアちゃんは渡さないよ~~~~~~っ!」
「ああもう二人ともおかしくない!?」
最近というか、レアルと出会ってからお姉ちゃんの様子がどこか変だ。
目の敵、とまではいかないけれどこれまで以上にワタシにべったりだ。
ワタシとしてはお姉ちゃんがワタシにべったりなのは、非常に嬉しいことなんだけど。
だからといってレアルの目の前で辱められるのは話は別だからね!?
とはいえ暴れた所で敵うわけがないから抵抗はしない。
お姉ちゃんが気まぐれを起こすことだけを祈ってされるがままだ。
「っとと。シアンのことは大事だけどこっちも大事だったんだ。さてさて」
「……レアル、そこ誤字だしその前は解釈違い。もうちょっと具体的に書いた方がいいよ」
立ち上がろうとしたレアルがすぐさま思い直してレポートに向かう。
約束した以上、レアルのレポートを手伝う。お姉ちゃんの拘束がなければもうちょっと集中できるんだけど。
背中に感じるお姉ちゃんの……その、おっきくて柔らかい二つがさっきから存在を主張してくる所為で集中できない。
耳元に感じるお姉ちゃんの吐息が意識を奪おうとしてくる。
お腹に両手を回され、より密着している所為で目の前のレポートよりも、どうしてもお姉ちゃんに意識が向いてしまう。
くそぅ。レアルがいなければ素直に甘えるのに。
「あ、なるほどなるほど。さすがシアンだな」
「でしょっ! 『私の』シアちゃんは凄いんだから!」
やたら『私』と言う部分を強調するお姉ちゃんだけど、ワタシからすればこのくらいはどうってことない。
「むしろこの範囲は魔導科でも習うことだよ。……真面目に授業受けてるの?」
「おかげで睡眠時間はバッチリだぜ!」
「なんで主席なんだろ……」
精霊科――というより、魔法学院はとりわけ実力主義だ。
座学が出来ることは当然として、とにかく実技での成績がそのまま学生の間でのカーストとなる。
レアルは最低限の座学を抑えて、実技では他の追随を許さないほどの実力者だ。
だから、多少座学でミスをしても問題ない。
だって、そのミスをカバーできるだけの実力があるから。
「オレはシアンも凄いと思うんだけどなぁ」
「……ダメだよ、ワタシは。ただのポンコツだから」
「ポンコツが魔導科なのに精霊科の授業を理解出来るわけねーだろ? シアンはそりゃちょっと実技に向いてないだけで、理解力とかすっげーんだよ」
レアルは言葉足らずだけど、どうやらワタシを慰めてくれている。
嬉しいんだけど、それでもワタシの評価は覆らない。
いくら理解しても、それを実践で使えなければ意味がないんだ。
「……ありがと、レアル」
「っへ。なんか恥ずかしいな、こういうの」
これ以上話題を掘り下げられないためにも、終わらせておこう。
お礼を告げると、レアルは頬を赤らめて照れた。
はにかむ笑顔は、口調とは裏腹にとことん子猫のように愛らしい。
「ん~……」
「どうしたの、お姉ちゃん」
お姉ちゃんがワタシを抱きかかえたまま唸っている。どこか様子がおかしくて声をかけると、不穏なことを言いだした。
「シアちゃんを認めない魔法学院だったらお姉ちゃんが壊しちゃおうか。それでシアちゃんを中心とした新しい魔法学院を作って王都に独立宣言するとか!」
「さすがに馬鹿げた話しすぎるよ……」
「え~。だってシアちゃんは凄いんだよ?」
「どこが……」
お姉ちゃんもレアルも、やたらとワタシを持ち上げてくる。褒められることは嬉しいし、嫌いじゃない。
でも、ワタシだって現実を知っている。
ワタシはお姉ちゃんのように万能ではない。
レアルのように精霊と語り合えるわけでもない。
ワタシは魔法を大して使えないポンコツでミジンコだ。
使えなくて悔しい思いもした。悲しい思いもした。辛い思いもした。
使いたい、と思ったことがないわけじゃない。
でも、ワタシは『俺』の記憶を取り戻した。
その中で、お姉ちゃんがワタシが使えるはずだった力を使って、ワタシを守ってくれていることに気がつけた。
だから、ワタシはワタシ自身が評価されなくていい。
お姉ちゃんがいてくれればそれでいい。
ずっとずっと、傍にいてくれれば。ワタシのために。ワタシに愛情を注いでくれれば、それだけで十分だ。ワタシが魔法を使えるようになる必要は、まったくない。
「ぎゅ~っ!」
「お、お姉ちゃん! レポート手伝ってるんだってー!」
「あーくそ、羨ましい! オレも飛び込めば良いか!?」
「レポートやってーーーーーー!?」
がたんごとんと揺られながら、すっかりいつもの光景にレアルが加わった。
魔法学院まで一日ちょっと。
それまでには、まあレアルのレポートは終わるかな。




