お姉ちゃん、勝利する。
「……ふぅ! お外だ~!」
「ったく。ダンジョン弄るなら弄るでちゃんと報告書上げろよな!」
「わかってるわかってるって。ウラヌスちゃんに怒られちゃうなー」
三者三様の反応を見せながら、ワタシたちはアルンフィードの洞窟から脱出した。
ルイスさんの力で形を変えた洞窟は複雑に入り組んでおり、最終的には地上までの通路を新しく作ったほどだ。
「……これって、ダンジョンの破壊とかになるんですか?」
「おう? 大丈夫大丈夫。この洞窟の管理は俺も関わってるから。俺が怒られるだけさ」
「そ、そうなんですか」
どうやらワタシの想像以上に、ルイスさんが与えるギルドへの影響力は凄まじいようだ。
ダンジョンの管理に関わっている冒険者なんて、聞いたことがない。
お姉ちゃんみたく旅をしながら稼ぐわけではない、定住している冒険者だから出来ること、なのかな。
「シアン、大丈夫か? さっきからなんか暗いけど」
「大丈夫だよ。レアルは心配性だなぁ」
「本当か?」
「うん、大丈夫だよ」
――果たして本当にそうなのだろうか。
お姉ちゃんに守られている間、ずっと頭の中に響いてきた声が今でも忘れられない。
お姉ちゃんに守られていることすらも、否定してしまいそうなあの声は……いったい。
「……っ」
軽く頭を振って意識を振り払う。
ワタシはお姉ちゃんが大好きだ。甘えたい。養って貰いたい。ぎゅってしてすりすりしたい。
……うん。大丈夫だ。いつものワタシだ。
「じー」
「ひゃあ!?」
いつも通りの再確認を終わらせると、お姉ちゃんがワタシをじーっ、と見つめていたことに気付き、慌てて後退る。
「シアちゃん、どうかしたの~?」
「だ、大丈夫だよ。何もない……よ?」
必死に平静を取り繕う。お姉ちゃんにはバレてしまいそうな気もするけど、とにかく黙っておくしかない。
お姉ちゃんを否定する言葉なんて、ワタシから言いたくない。
それを言ったら、お姉ちゃんがどんなに悲しい顔をするのかくらい、容易に想像できるから。
「んー。そうだね~」
お姉ちゃんは思ったよりあっさり引き下がった。予想外の行動だけど、今はとにかく安心するしかない。
あーだめだ。早く寝るとかして意識を切り替えたい。出来ればお姉ちゃんにぎゅってしてもらったまま眠りたいくらいだ。
「そ、それで決着はどうするんですか」
慌てて話題を逸らすことにする。そもそもワタシなんかのことよりも、勝負の結果が大事だ。
「あ、そうだね~」
「まあ、今更勝敗なんてもういいんだけどな……」
そうは言いつつも、お姉ちゃんとルイスさんはそれぞれ鞄から集めた魔石を取り出していく。
勝負の判定は数量だ。よっぽど大きかったり貴重な魔石であれば、その都度四人で意見を交換して何個分か換算してカウントすることにしている。
結果としては、ワタシとレアルが数える必要すらなかった。
「勝者、プリムさん!」
「っふふ。当然だよ~」
お姉ちゃんとルイスさん、二人の前に山となった魔石。
だがその差は歴然だ。お姉ちゃんとワタシで集めた魔石は、ルイスさんたちが集めた魔石の山より二回りほど大きい。
「っかー。ちっくしょー。負けたか」
ルイスさんはそれほど悔しがりもせずに、素直に敗北を認めた。
レアルが「あれ?」と首を傾げるも、ルイスさんは苦笑いを浮かべるだけだ。
「珍しいな。兄貴が素直に負けを認めるなんて」
「悔しいさ。悔しいが、『紅雷の聖母』と肩を並べて戦えたんだ。光栄じゃないか」
「あはは~。ワタシもあなたと共闘できて、楽しかったですよ」
す、っとお姉ちゃんが手を出して、ルイスさんがその手を握る。
互いの健闘を讃える友情の握手を、ワタシとレアルは微笑ましく見守っていた。
「これでシアちゃんのほうが可愛いって照明できたね!」
「っ!?」
そういえばそんな理由の勝負だったよね……。
いやいや。有り得ないでしょ。
こんな根暗でミジンコでポンコツなワタシなんかよりも、快活でボーイッシュだけど気さくなレアルのほうが可愛いって。
「そうだな。オレもそう思う」
「レアル!?」
「悔しいが認めるしかあるまい。だが、俺の中ではレアルが一番だからな!」
「ルイスさんまで……っ」
え、なにこれ嫌がらせ? 羞恥責め?
「やったぁっ! 私のシアちゃんは世界一可愛いんだよ~!」
ルイスさんが負けを認めたことに満足したのか、お姉ちゃんがいつもの満面の笑みで私を抱き締めてくる。
嬉しいんだけど、話の中心がワタシだってのは嫌だよ!?
*
「おっとっと……気付かれちゃったか?」
仲睦まじい光景を、僕は遠くから眺めていた。
物は試しにと新しく完成したスライム×ゴブリンのキメラ。
『でろてーあ』って名付けたんだけど、どうにも調整が上手くいかなかった失敗作だ。
まあ素材もスライムとゴブリンだからその辺で捕まえられるしね。
痛手ではないんだけど……。
「うんうん。やっぱり気になるよぅー」
生来僕は魔物を合成し、キメラを作ることに夢中になっていた。
あれとこれを掛け合わせたらどんな魔物が生まれるか、その結果が見たくて見たくて溜まらなかった。
誘いの峡谷に放った『みすとぅるどん』はそれなりに自信作だったんだけど、プリムにあっさり殺されちゃったしなぁー。
「気になるよぅー。気になるよぅー」
気配を隠すことも、闇の中に姿を隠すことも得意な僕は、みすとぅるどんと相対したプリムたちの会話を全て聞いていた。
その中で、あの子がぼやいた一言が気になって仕方がない。
だって、だって普通はそんな単語思いつかないんだ。何故かって。そんな名前はこの世界で前例がないのだから。
「ねーねーシアンー。しあんそふぃあー。お前はどうしてぇー。『キメラ』って言ったんだー?」
それは僕が決めた総称だ。僕が生まれたばかりの頃に、先生に教えて貰った名前だ。
だからー。シアンがその名前を知っているか、気になるんだよぅー。
「っは! もしかして先生の生まれ変わり!? いやいや違うなぁー。うーんうーんうーん」
考えても理解出来ないことがあると、楽しい。
この僕にわからないことがある。
それがもう、僕の好奇心を激しく刺激する。
プリム・ソフィアもその一人だ。あの年齢で、あんな強さは見たことも聞いたこともない。
散々ちょっかいをかけて、ある程度の推論を立てて、幾度か刃を交えて。
プリムについては、なんとなくわかった。
確証はないけど、僕が考察を間違えるわけがない。
だから僕は、シアンが気になる。
「すっごく美味しそうな匂いもしてたしねぇー」
シアンから感じた匂いは、激しく僕を魅了した。一目見ただけでずっきゅんばこーんだ。
あの子が、欲しい。
あの子の全てを、理解したい。
こんな感情は、百年ほど前の王女に抱いた以来の感情だ。
まああの時は、護衛の騎士に阻まれて失敗しちゃったんだけどなぁー。
くぅ。悔しいなぁー。おかげで犯罪者になっちゃったし。気にしてないけど。
ああ、ああ、ああ――!
ぺろり、と舌なめずり。
おっといけない。興奮すると悪い癖が出てしまう。
ああ、でも――。
「シアン。ああ、君の全てを知りたいよぅ。君の血はどんな味だい。きっと僕にとって至高のご馳走だ。楽しみだ。楽しみだ。さてさてじゃあ次はどうやってこっそりアプローチを掛けようかなー」
でろてーあじゃやっぱりプリムを引き留めることは出来なかった。
まああれはただの実験だし、やっぱりプリムとシアンを引き離すなら、もっと適したキメラがいるだろう。
でろてーあを通して状況を見ることは出来たけど、プリムはしっかりとシアンを守っていた。なんか蹲って怪我でもしたのかなーって思ったけど、そうではなかったようだし。
ま、いっか。
とにかくさっさと動くとしよう。
僕は僕の思うがままに生きるんだ。
好きな子の血を吸って、全てを味わいたいんだ。
僕はもう、狭苦しい世界になんか戻らないぞぅ。




