お姉ちゃん、異変に気付く。
「だいぶ集まったね」
「あ、足痛い……」
どれくらいの量になったかはわからないけれど、十分すぎるくらいには採掘した。
ずっとしゃがんでたから、もう足がガクガクしている。
うぅー。ちょっと奥まで来ちゃってるから、戻るのもしんどそうだなー。
「シアちゃん大丈夫? お姉ちゃんがおんぶしてあげようか?」
「……いや、いいよ」
その気遣いは嬉しいけど、さすがに甘えられない。
というか、十六歳にもなってお姉ちゃんにおんぶするってのは流石に恥ずかしすぎて死んでしまう。
ましてやレアルに見られたら情けなくて爆発する。
「よ~し、これなら負けないね!」
「その自信はどこから来るんだろう」
お姉ちゃんのサーチの魔法がかなり貢献したのは事実だけど、ルイスさんとレアルのほうにもそれなりに探索系の魔法、ないし手段はあるはずだ。
それを考慮するなら、勝利の確信は慢心でしかないんだけど。
「レアルちゃんには悪いけど、あっちのルートはあんまり鉱石なかったみたいだしね~」
「……え?」
「サーチの魔法で全体構造まで調べたんだけど、私たちのほうが多いルートだったんだよね~」
「え?」
どうやらお姉ちゃんの『全体攻撃になる』はサーチの魔法にも適用されるようです。
もしかしてお姉ちゃんは、最初からわかっててこっちの道を選んだのかな。
自然な流れを装って。
このお姉ちゃん、思ったよりも策士だ!
「ふふ。勝負ってのは情報を制した方が勝つんだよ」
「お姉ちゃん、凄いんだけど怖い」
「怖い! どうして!?」
理由はないんだけど、なんかこう、ゾクってきた。
「怖くないよ~」
「悪用とかしてないよね?」
「もちろん!」
うん、そこはワタシも信じている。
「ワタシの生活とか覗いたりしてないよね?」
「……………………………………………モチロンダヨ?」
「さささっ」
つい口に出しながらお姉ちゃんと距離を取る。
あからさまに怪しいカタコトの返事は疑うしかない。
「覗いてないよー! 別にお風呂とか着替えとか覗いてないから~!」
「語るに落ちたっ!」
「だってシアちゃんの柔肌見たいし触りたいしぷにぷにしたいんだもん~~~~っ」
「それはあうと」
いやまあ、言ってくれればスキンシップは大歓迎だけど。
「お姉ちゃん」
「はい」
「覗きは、だめ」
言っておかないと、お姉ちゃんはまたやらかしそうだ。
だから、きちんと釘を刺しておかないと。
でも、お姉ちゃんは瞳をうるうると潤わせた。
「じゃあ宣言したらいいの?」
まるで捨てられた小動物のような瞳でワタシを覗き込んでくる。
か、かわいい。
だ、だめだっ。そんなお願いじゃワタシは屈しないぞ!
お姉ちゃんがのぞき魔になることを防ぐことこそが、妹のワタシのやるべきことだ!
「…………………前向きに検討するよ」
……ごめんなさいお姉ちゃんにじっくり見られるって想像したらアリかなって思っちゃいましたワタシはだめな人間です。
「やったぁ~」
「わわっ」
よっぽど嬉しかったのか、お姉ちゃんが再び抱きついてきた。
こんなダンジョンじゃなければ嬉しいのに。それでも喜んでいる自分がいて若干複雑である。
「……あれ~」
「どうしたの、お姉ちゃん」
いつもなら抱きついてからすりすりまでワンセットなんだけど、お姉ちゃんは首を傾げながらそっとワタシから離れていった。
あ、離れちゃった……しょぼん。
お姉ちゃんを見上げると、不思議そうに洞窟の奥を眺めていた。
「さっきまで散々襲ってきてたゴブリンたちが、消えちゃったよ」
「え」
お姉ちゃんがサンダーの魔法でバリアを作り、ここまで襲って来れないようにしていた。
ゴブリンたちの気性から考えれば、その場でどうにかバリアーを壊せないか暴れてると思ったんだけど。
というより、獲物を見つけて諦める、という選択が出来るほどゴブリンは賢くない。
単純に数で力押し。だからこそ余計にお姉ちゃんの全体攻撃が刺さる。
ワタシがゴブリンに抱いているイメージはそんなものだ。
「なにかあったのかな~」
「案外洞窟が繋がってて、ルイスさんたちのほうに行ったんじゃない?」
何か異変が起きた、と考えるよりもそっちのほうが納得がいく。
こっちを諦めた、というより襲える対象を切り替えた、とか。
「う~ん。ゴブリンの気性から考えると有り得ないんだけどな~」
冒険者であるお姉ちゃんからすると有り得ない出来事なのだろう。
お姉ちゃん的には、バリア周辺のゴブリンを倒してさっさと帰る予定だったらしい。
……妙な肩すかしではある。
「とりあえずバリアは解除して、っと」
お姉ちゃんが手を「ぱん」と叩く。それだけで魔法を解除したのだろう。
本来はもっとしっかりした手順を踏む必要があるんだけど。さすがお姉ちゃんだ。
「どうしよっか。奥に進んでみるか、引き返してみるか」
時間を考慮すれば、引き返すのが正解だ。
時間が来ても戻らなければ、ルイスさんに不戦敗扱いされてもいいわけが出来ない。
事情を話せば理解はしてもらえるだろうけど、負けは負けだ。
ワタシとしては、お姉ちゃんの負ける姿は見たくない。
それに、このまま奥に進むのは危険かもしれない。
異変が起きているのは確実だろう。でも、それはわざわざワタシたちがやる必然性はない。
「……お姉ちゃんは、気になるんだよね?」
でも、ワタシの答えはあくまでお姉ちゃんを優先する。
お姉ちゃんが進むのであれば、付いていく。
問いかけると、お姉ちゃんは困った表情を浮かべた。
「魔物の異常とかはすぐに調べてギルドに報告しないと、他の冒険者が危険な目に遭うかもしれないからね」
そしてすぐに表情を引き締める。凜々しいお姉ちゃんの横顔は、洞窟の奥へと向けられていた。
「行こっか、シアちゃん」
「うん、いいよ」
お姉ちゃんと手を繋ぐ。しっかりと、離れてしまわないように。ぎゅ、っと。
お姉ちゃんはきっと、勝負なんてどうでもいい、と結論付けてしまったようだ。
勝ち負けに拘るよりも、大切なことがある――凄く、かっこいいと思う。
恐る恐る一歩を踏み出し、ワタシたちは洞窟の奥へと向かう。
遠くでジリリと、目覚まし時計の音が聞こえた。




