お姉ちゃん、自慢対決。
「いいぜプリム・ソフィア、決着を着けようじゃないか!」
「望む所だよ! 私は絶対に負けないからね!」
ダン、と強くテーブルが叩かれ、立ち上がったお姉ちゃんとルイスさんの間に一触即発の空気が流れる。
お互いにぴりぴりしてるというか、譲れないというか。
そんな二人を、ワタシとレアルはお互いに苦笑しながら見上げている。
どうしてこうなったのか――。
………
……
…
「改めまして。ルイス・アゴリーだ。今回の危険なクエストを代わりにこなしてくれて、感謝する」
案内されたテーブルに腰掛けて、さっそくとばかりにルイスさんが頭を下げた。
え、嘘この人本当にレアルのお兄さんなの!?
凄く丁寧で礼儀正しく、がさつで粗暴なレアルとは大違いだ!
「なあシアン。今なんか失礼なこと考えなかったか?」
「なんのことだろ?」
「はっはっは。レアルががさつなのは兄である俺が認めてるからなぁ」
「兄貴っ」
陽気に笑うルイスさんはひとしきり笑うと痛そうに右腕を擦る。
どこかで怪我をしたのだろうか。笑って響くくらいだから、きっと重傷なのだろう。
「ほら兄貴。キメラにやられた場所がまだ治ってないんだから無理すんなよ」
「キメラ……ああ、あのレッドドラゴンもどきか。そういう名前なのか」
「シアンがぱっと思いついたから、オレもプリムさんも使ってるんだよ」
ルイスさんは「なるほどね」と、痛みを誤魔化しながら笑顔を見せた。
右腕をテーブルの下に隠したのは、自分では敵わなかった負い目なのだろうか。
「お姉ちゃん、治せる?」
「大丈夫だよ~」
「『紅雷の聖母』の噂は聞いている。だがこの傷はこのサンダルフォンの治癒術士でも治せないほどの重傷で――」
「は~い。治ったよ~」
「はぁっ!?」
ワタシが心配して声を掛けた直後にお姉ちゃんが手をかざすと、瞬く間にルイスさんの傷は治った。
ヒール、って魔法も唱えずに回復する辺り、お姉ちゃんにとっては難しくない傷だったのだろう。
痛みのなくなったことを疑いながら、ルイスさんは包帯を解いていく。
綺麗な肌が見えてくると、目を丸くして驚いていた。
「……こりゃ驚いた。『紅雷の聖母』は回復魔法まで完璧なのかよ」
「プリムさんすげーよな。さすがの兄貴も勝てないか?」
レアルが自慢げにルイスさんをからかっている。
こらそこ。なんでレアルが自慢げなんだ。ワタシのお姉ちゃんだぞ。
「こらレアル。お前はいつから兄ちゃんにそんな生意気言うようになったんだー」
「やーめーろー」
すると咎めるようにルイスさんがレアルの頭をわしゃわしゃと力強く撫でる。
嫌がる素振りをしてるレアルだけど、表情は緩んでいる。それだけでレアルが嫌がってないのは明白だ。
「あはは。仲良しなんですね~」
「まあそうだな。俺にとっては大事な妹だからなぁ」
ルイスさんはレアルのことが大好きなんだろう。
レアルは確かに美少女だし、ルイスさんのことを敬ってるし、妹だったら確かに納得の可愛さだ。
「シアンちゃん。妹は君のことを一番信頼しているから、これからもよろしく頼むよ」
「えっと……はい。ワタシなんかでよければ」
差し出された手を握って、握手を交わす。
この人は、良い人だ。サンダルフォンにルイス在り、と噂される――信頼される人物であることがよくわかる。
と、そこへお姉ちゃんが割り込んできた。
「わかるわかるよ~。私にとってのシアちゃんみたいなものだねっ」
「わっ」
お姉ちゃんがいきなりワタシを抱き締めてくる。
どうやらレアルを撫でるルイスさんに対抗しているようだけど……。
「わかる。わかるぞ。そちらのシアンちゃんも可愛いよな」
「だよね~っ!」
「うちのレアルの方が可愛いけどな」
……ん?
「……あ゛?」
ちょ、お姉ちゃんすとっぷ。女の子が言っちゃいけない言葉吐いてるー!?
笑っているのに笑っていない。なんだろうお姉ちゃんが凄く怖い。
「私のシアちゃんのが可愛いよ!」
「いいや、俺のレアルの方が可愛い!」
「シアちゃん!」
「レアル!」
「シアちゃんなんて寝惚けてる時に布団間違えて私に抱きついてきて頬ずりまでしてくるんだよ!」
「っ!?」
何それワタシそんなことしてたのというかそんな暴露やめてよ!
「レアルだって家で寝惚けてるといきなり膝に寝転がって喉くすぐると猫みたいに喜ぶんだぞ!」
「何言い出してるんだよ馬鹿兄貴!?」
レアルも顔を真っ赤にしてルイスさんに反論している。
なんだろうこの空気。ワタシとレアルの公開処刑?
なんだなんだと騒ぎを聞きつけて周囲が賑わってくる。
こ、これは不味いのでは……。
「シアちゃんが一番だから!」
「いーや! レアルが一番だ!」
「「あ、あはははは……」」
暴走してしまったお姉ちゃんとルイスさんを止めることは、ワタシにもレアルにもできない。二人して顔を見合わせて、苦笑する。
なんというか、恥ずかしいのも通り過ぎてしまった。居心地の悪さだけが残ってもう苦笑いしか出てこない。
これが、一連の流れだ。
うん、頭が痛い。冒険者ギルドの皆様、迷惑を掛けて申し訳ありません……。
レアルのブラコンは知ってたけど、ルイスさんがシスコンだとは思ってもみなかった。
ランさんとふーちゃんを見ていてぼんやり思ってたけど、もしかしてこの世界はブラコンとシスコンしかいない異世界なんですか?
神様出来れば答えてください。
……まあ、別に答えなんていらないけど。
そういうわけでヒートアップしてしまったお姉ちゃんとルイスさんはなぜだか勝負をすることになった。
「だがな、ハッキリいって俺はプリム、お前に勝てる自信はない! だからここは一つ、採取クエストで決着をつけようじゃねえか!」
「望むところだよ~! 見ててねシアちゃん、お姉ちゃん負けないからね!」
あ、うん。それは勿論お姉ちゃんを信じてるけど。
採取クエストだろうと、お姉ちゃんが負けるとは思ってない。
レアルに視線を送ると、申し訳なさそうな表情をしている。
……レアルが気にすることじゃないと思うんだけどなぁ。
「よっしゃ! ウルスラちゃんクエストチョイスを頼む!」
「なんで私に声かけるんですかこの馬鹿ルイスぅ!」って叫びながら受付のお姉さんがクエストを選び始める。
サンダルフォンを拠点にしているだけあって仲がいいのだろう。
眼鏡を掛けた受付のお姉さんは慌ただしくも楽しそうにクエストを探し出した。
「『アルンフィードの洞窟で魔石集め』か、丁度いいじゃねえか。さすがウルスラちゃん!」
「ちゃんづけは止めてって言ってるでしょ!」と顔を赤くしながら受付のお姉さんはカウンターに戻っていく。巻き込んでしまってごめんなさい。
「はぁ」
そんなルイスさんを見てレアルもため息を吐いている。だがルイスさんはレアルのそのため息を勘違いして受け止める。
「大丈夫だレアル! 兄ちゃんがしっかりお前が世界一可愛い妹だって証明してやるから!」
「うっせえ鈍感唐変木クソ兄貴!」
「なんだよ! 兄ちゃんお前の可愛さを認めさせたいだけだぞ!」
「うっさいばーかっ!」
レアルが立ち上がるとワタシの隣にやってくる。
「オレはプリムさんに付く。兄貴は一人で探してろ!」
「うああああレアルが反抗期だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
……なんだろうルイスさん。シスコン拗らせてるというか、騒がしい人だなぁ。
「ふふーん。妹への愛情が足りないんだよ。その点シアちゃんはお姉ちゃん大好きだもんねーっ」
ぎゅぅ、とお姉ちゃんが抱き締めてくる。
だから人! 人がいるから! 恥ずかしいから抱き締め禁止ー!
「えへへ~。私たちの絆を見せつけちゃおうね、シアちゃんっ」
「う、うん……」
恥ずかしくても、返事だけはしっかり。
お姉ちゃんにはなるべく気持ちはしっかり伝えなくちゃ。
「姉妹百合尊い……」
「百合ん百合ん……」
「姉→妹←レアル……最高じゃね?」
「レアルちゃん罵ってください」
……うん! 何も! 聞こえてない! あーあー聞こえない聞こえないー!




