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お姉ちゃんとの、約束。




 誘いの峡谷は、思った以上に何事もなく抜けられた。

 いや、キメラとの邂逅やらテオフィラってSSSランク犯罪者との出会いが「何事もない」わけではないんだけど。

 あれから一日経ったけど、峡谷には少しずつ魔物たちが姿を見せていた。

 獰猛な魔物たちなのに、なぜだか全く襲ってこずに、見送られる形で峡谷を後にした。


「きっと、キメラを退治したお礼のつもりなんじゃないか?」


 馬車に同乗したレアルはそういうけど、魔物にそんな意思があるんだろうか。

 時折ぶるるるる、と鳴くファルシオンはお姉ちゃんと意思疎通が出来るけど。


 まあ、考えてても仕方ないか。


「このまま街道を進めばサンダルフォンにいけるんだよね~」


「そうっすね。兄貴も待ってるはずですし」


「うんうん。まずはサンダルフォンの冒険者ギルドに行ってー。あーでも、サンダルフォンの用事はそれくらいだな~」


 そもそもフラウロスでも特にこれといった用事はなかった。

 目的地は王都。それまでに、クエストをこなして路銀を稼いでいく、というのがワタシたちの旅の大まかな流れだ。

 途中魔法学院に寄る予定もあるけど、……うーん。レアルもいるし、黙っておこう。


「レアルちゃんは報告済ませたら魔法学院に帰るの?」


「そうっすね。今回は課外実習も兼ねてたので、そっちのレポートもありますし。……はぁ。レポートかぁ」


 ちらり、とレアルがワタシに目配せしてきた。

 その目配せの理由はわかっているけれど、ワタシはレアルを甘やかすつもりはない。


「そうなんだ~。私たちも魔法学院に行く用事があったから、一緒に行こっか!」


「ちょっ」


 何で言っちゃうかなぁ!

 せっかく黙ってたのに。

 ああもうほら、それを聞いたレアルが目を輝かせたよ。


「本当っすか? …………………………………………シアン、頼みがある」


「レポートなら付き合わないよ」


 なにしろワタシはお姉ちゃんの攻略で忙しいんだ。

 魔法学院に行くのはワタシの用事ではあるけど、それとこれとは話が別だ。


「頼むよシアン~~~~お前が手伝ってくれた方が先生の受けがいいんだって~~~~~っ!」


「ワタシが休学してからどうやって誤魔化してたの……」


「そこはもうハッキリと、『シアンに手伝って貰ってました!』って。そしたらめっちゃ説教された」


「 当 た り 前 」


 そもそもレポートを誰かに手伝って貰ったとか、精霊科の主席が口が裂けても言っちゃいけない言葉でしょうが。


「そしたらよー。先生、めっちゃ苦い顔してたな。なんかこう、悔やんでるみたいな顔してた」


「へー」


 精霊科の先生は基本的にエリート意識が強い。

 なにしろ精霊科は魔法学院の中でも特別中の特別。

 選ばれた人物しか任せて貰えない、極めて特別意識が強い場所だ。

 むしろレアルの気さくさが異例なくらいだ。

 いくら同室とはいえ、普通科のワタシにここまで関わってきたし。


「つまり、シアンの手伝いがなければオレは落第するってことだ!」


「どういう結論なの……」


「たーのーむーよー。このレポート出さなかったら落第するんだよーっ」


 ……別にワタシにとっては、レアルが落第しようが構わないんだけど。


 というかなんだその言い方は。まるでワタシがレアルに尽くしているような口ぶりじゃないか。


 まぁ、レアルの物言いは、レアルだから許せるものだ。

 よく知りもしない人にこんなことを言われれば、ワタシは真っ正面から拒絶する。

 拒絶するし、なんなら縁まで切る。

 ただただワタシを利用しようとする人とは、付き合えない。


 でも、レアルは別だ。

 ワタシに対して調子に乗った言い方をする時は、強がってる証拠だ。

 今回のレポートは課外実習であることから、普段提出しているレポートより密なもので無ければ先生は認めないだろう。

 レアルが学科がどうしてもダメなのは知っている。ワタシが手伝わなければ、本当に落第してしまう可能性もある。

 それに、レアルには何度か助けて貰ったこともある。

 だからワタシは、ついつい苦笑いを浮かべてしまう。


「しょうがないなぁ、レアルは」


 こんなワタシでもレアルの力になれるのなら、手伝うべきだろう。

 ワタシはお姉ちゃんの後ろに隠れているだけだし、手は空いている。

 ……本当は、お姉ちゃんといちゃいちゃくっついていたいけど。


「よっしゃ!」


 指をパチン、と鳴らすレアルは快活な笑顔がよく似合う。

 うん、まあ。友人の悲しい顔は見たくないしね。


「…………シアちゃんとレアルちゃん、仲良しだね~……」


 じぃ、とお姉ちゃんが二人を――というかワタシを見つめてきた。


「そ、そんなことないよ? ワタシはお姉ちゃんの方が大好きだよ?」


 若干お姉ちゃんがいじけてるような気がする。

 慌てて否定すると、お姉ちゃんはぱぁ、と明るい笑顔を見せてくれる。


「だよねっ! お姉ちゃんもシアちゃんが大好きだよ~っ!」


「たいひっ」


「ああんっ。シアちゃんのいけず~」


 これまでの経験上、お姉ちゃんは必ずワタシに抱きついてくる。

 だからあらかじめ逃げておく。レアルの後ろに隠れると、お姉ちゃんはピタリ、と身体を硬直させる。


「レアルちゃん、シアちゃんをお姉ちゃんに渡しなさ~いっ」


「レアル。ここでワタシを売ったら……レポート手伝わないからね?」


「なんでオレが挟まれてるんだ……っ!」


 お姉ちゃんが回り込もうとしてくれば、ワタシは同じ動きでレアルの正面に移動する。

 レアルを挟んで姉妹でぐるぐるし始める。いつしか目が回ってしまいそうだけど、お姉ちゃんから一時だけでも逃げるためにはそれしかない。

 というかレアルが御者台にでも移動して耳栓でもしてくれれば抱きつかれても良いんだけどね。


「シアン。なんか今、オレの扱いズサンじゃなかったか?」


「心を読まないでよ!」


「つまり心の中でオレをぞんざいに扱ったって事だな!」


「しまったバレた」


 くそぅ、誘導尋問なんて卑怯だぞ。

 だったら――。


「……しょうが無い。わかったわかった。オレは御者台に移動するから、姉妹仲良くしっぽりと過ごしてくれ」


「裏切られたっ!?」


「ありがとうレアルちゃん大好きっ!」


「ははは。『紅雷の聖母(プリムさん)』にそんなこと言われるなんてこれ以上ない名誉っすね」


 ちょ、逃げるなレアル。待て待て待って!


「じゃあなシアン。元気で暮らせよ」


「レアルぅーーーーーーーーーーー」


「シアちゃんげっとぉーーーーーー」


 むぎゅ、と結局いつも通りに捕まってしまう。

 むぎゅむぎゅされるのは好きなんだけど、せめてベッドの上がいい。

 あ、いや、そんな意味じゃないけど! お姉ちゃんとくっつくならどこでもいいんだけど!

 ああもう誰に言い訳してるんだろうか。


「シアンー。三時間くらいは御者台でゆっくりしてるから、それからレポート頼むなー」


「今からでも良いんだよ!?」


「いやほら、今プリムさんの邪魔すると。オレも命が惜しいしな」


「ぶるるっ」


 レアルの言葉に同調するように、ファルシオンが鳴く。


「シアちゃん、ぎゅ~」


「きゅ~」


 もがき続けて疲れてしまい、抵抗する力も残っていない。

 お姉ちゃんはワタシを抱き締めてるだけで満足そうだ。

 ……ここなら、小声ならレアルには聞かれない。


「ねえ、お姉ちゃん」


 相談したいのは、テオフィラのことだ。

 あの人は、最後にワタシを見ていた。お姉ちゃんの妹であることに、なにかしら原因があるのだろうか。


「どうしたの、シアちゃん」


「あの人……テオフィラから、ワタシを守って?」


 ワタシじゃ、テオフィラには抵抗も出来ない。

 お姉ちゃんに守って貰えなければ、その毒牙に倒れてしまう。

 レアルでも、敵わない。お姉ちゃんでも倒すことの出来ないSSSランク犯罪者。

 目的もなにもかもがわからない。

 けれど、嫌な予感だけはある。


「だいじょ~ぶっ。シアちゃんはお姉ちゃんがしっかり守るからっ」


「ほんとに? ほんとだよ?」


 あの視線が、怖かった。ワタシの全部を見透かされそうで、嫌だった。

 いつもいつも、他人は嫌いだし怖いけど。


 ――テオフィラだけは、別格だ。


 あれは、関わっちゃいけないと、心の底から感じた。

 不安に怯えるワタシを、お姉ちゃんはいつもより優しく抱き締めてくれる。


「よしよし。大丈夫だよ~。お姉ちゃんはシアちゃんを守るためにいるんだから、ね?」


「……うん。お姉ちゃん」


「なに~?」


「だ、大好きだよ……っ」


 その本当の意味は伝わらないだろうけど、精一杯の気持ちを込める。

 お姉ちゃんは頬を赤らめながら、より強くワタシを抱き締めてくれた。

 く、苦しい。でも、嬉しい……っ!




「なあファルシオン。シアンがオレに振り向く良い策はないか?」


ぶるるるるるる(無理だな)

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