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お姉ちゃんとサンドイッチ。




 テオフィラが退いたことによって、誘いの峡谷は元通りに戻った……はずだよね。

 静かな峡谷からは魔物の気配が全然しない。レアル曰くそれぞれが住処に隠れているだけ、らしいけど。

 お姉ちゃんはひょい、とキメラの――レッドドラゴンの頭部を持ち上げた。


「これ持ってけばクエストクリアの証明になるかなぁ」


「あ……そうだね。どうなんだろう」


 レアルがギルドで説明はしてくれるだろうけど、規定通りの額面が貰えるのだろうか。


「そこはオレから兄貴経由で説明するっす。付き合って貰ったのはオレですし」


「そうなの。ありがとうレアルちゃん~~~っ」


「ぐぇっ」


 お姉ちゃんがレアルをそのおっぱいに沈めた。

 ……うぐぐ。レアルのばか。お姉ちゃんのばーかっ。

 羨ましくなんかないんだからね!


「天国と地獄を同時に味わったぜ……なんだあのボリュームは……っ」


「レアル。いいから正座して」


 しばらく抱き締められていたレアルは若干だけど頬を染めていた。

 ……むぅ。

 だーめーなーのー。

 お姉ちゃんは、ワーターシーのー。


「ど、どうしたんだシアン?」


「いいから、正座」


「ははは。そんな定期テストの前みたいな表情して――」


「正座」


「うす」


 懐かしい光景だ。定期テストが近づけば、レアルはいつもワタシに泣きついてきていた。

 とにかく学科がだめなレアルにつきっきりで勉強を教えていた。

 すぐに寝るレアルを、こんな風に怒ってたっけ。


「あ、あのーシアン。正座させといて放置はやめてくれないか……っ」


「あ、じゃああと五時間くらいしてて」


「ほんっとお前オレの扱い悪いよなっ!?」


 だってレアルだし。実技はパーフェクトのくせに学科がミジンコであるワタシ以下ってところが酷すぎるし。

 レアルはとにかく雑なんだ。実技に関しては隙がないくせに、学科に関してはうっかりも多いし確認不足も多い。

 なんなんだ。実技が出来ればOKってわけじゃないだろ。


「し、シアン。……怒ってるのか?」


「いいえ? 怒ってないけど?」


 やっだなー。何を言っているのか。

 怒ってるわけないよ。うんうん。怒ってなんかいないよ。


 お姉ちゃんはワタシのものだ。お姉ちゃんのおっぱいはワタシだけのものだ。

 たとえ一番仲の良かったレアルでも、絶対に譲らない。

 そ れ だ け だ。


「……あぁー。なるほど」


 きちんと正座は続けているレアルが、なにかに気付いたようにすっと目を細めた。


「安心しろって。お前の姉さんを奪うつもりはないから」


「……なんのこと?」


 ぎくり、と思わず硬直してしまう。

 大丈夫だよね。気付かれてないよね?


「ヤキモチか」


「うっ」


「シスコンめ」


「うっ……れ、レアルだってブラコンでしょ!」


「うっ。お、オレはいいんだよ! 兄貴は兄貴として敬ってるだけで、好きな奴はちゃんといるし!」


 なにそれ初耳なんだけど。

 レアルの所属している精霊科は確かに男子が多いから、そこで出会いがあってもおかしくはないけれど。


「好きな人、いるんだ。ふーん。へぇ……」


「な、なんだよ。シアンのくせになんだよ!?」


「いや、男勝りなレアルがちらっと女の子みたいな顔したからさ」


「女だぞオレは!?」


 わかってるよ。

 そりゃ一緒にお風呂だって入ったこともあるし。

 レアルが不安で泣きじゃくってる時に慰めながら一緒のベッドで寝たこともあるワタシが保証する。


「ぐ、ぐぐぐ。シアンのくせに。シアンのくせにっ」


「ふっふーん。レアルのことなんてワタシはよーく知ってるんだ」


 何しろこの腐れ縁とも言っていい間柄は、魔法学院にいる間はずっと一緒にいたからね。


「……その様子だと、けっこうマシになったんだな」


「……なにが」


「いや、その……うん。そうだな。なんでもない」


 ……レアルの言いたいことは、わかっている。

 ワタシが魔法学院を去った理由。そして、その当時のワタシ。

 お姉ちゃんの知らないことを、レアルは知っているのだろう。

 それをお姉ちゃんに話さないのは、きっとレアルの心遣いだろう。


 ほんと、気の利く相方だ。


「レアルのばーかっ。学科で頭から煙りでも吐いちゃえ」


「シアンだって散々実技で転んでたろ!」


 二人で向かい合って軽口を叩く。


「じーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


「「っ!?」」


 お姉ちゃんの視線に気付いたのは、その時だった。

 びくり、と身体を震わせた瞬間に、ワタシはお姉ちゃんに捕まった。


「レアルちゃん……」


「う、うっす」


「シアちゃんは渡さないからね! シアちゃんはお姉ちゃんのお嫁さんなんだから!」


「いきなり何恥ずかしいことを言いだしてるのお姉ちゃん!?」


「シアちゃんはちょっと静かに抱き枕になってて! このまますりすりしてレアルちゃんに見せつけるから!」


「ちょー! まっ、ひゃうんっ」


 離れようと力を込めてもお姉ちゃんには敵わない。

 というかのやり取り何回目だ。何回目かもわからないくらい、ワタシはお姉ちゃんに捕まって抱き締められている。

 ……えへへ。お姉ちゃんと密着するのは、やっぱり大好きだ。


「あー、くそ。プリムさん羨ましいですよ、オレにもシアンをぷにぷにさせてください!」


 変なこと言いださないでよレアル!?

 レアルはお姉ちゃんに突進したかと思えば、ワタシごとお姉ちゃんに抱きついてくる。


「オレだってシアンをぷにぷにしたいんだーっ!」


「レアルが壊れた!?」


「だーめー! シアちゃんは私のだ~~~~っ!」


 真っ正面からお姉ちゃんに包まれて、その上背中からレアルに抱きつかれた。

 正面の柔らかすぎる感触と、背中にほんのりと感じる柔らかさ。

 な、なんだこれ。天国と天国なんだけど地獄と地獄!?


「二人ともー。あーつーいー!」


 柔らかいし良い匂いというかお姉ちゃんがマシュマロだったらレアルからはキャンディのような甘さを感じる。

 み、密着するとレアルの身体の柔らかさまでよーーーーくわかって……っ。


「大丈夫ですシアンはオレが守りますから!」


「シアちゃんはお姉ちゃんが守るの!」


「オレが!」


「私が!」


 ぎゅうぎゅうと押しつけあって、完全に押しくらまんじゅうだ。

 やばい。良い匂い。柔らかい。良い匂い。柔らかい。

 交互に二人の女の子の感触が伝わってきて、あぁもう目が回りそうだよ!


「ふ、二人とも大好きだから。大好きだから一旦離して~……っ」


 必死に声を絞り出したその時には、ワタシはもう体力の限界だった。

 へろへろになりながら二人から脱出する。


「も、もうレアルまで……!」


「す、すまんシアン。二人を見てたらその、我慢出来なくなって」


「うぅ……!」


 じとー、と二人を睨む。

 抱きつかれたり密着するのは良いとしても、あまりにももみくちゃにされるのは困る。

 ましてやお姉ちゃんもそうだけど、レアルもかなりの美少女だ。

 お姉ちゃんがいなかったら『俺』はきっとレアルに惹かれていた――そう思わせるほど、魅力的な女の子なんだ。

 だから、その。


「ふ、二人に抱きつかれるのは……は、恥ずかしいんだ……っ」


 ~~~ああ、もう。

 なんでお姉ちゃんだけでなくレアルにまでこんな恥ずかしいことを言わなくちゃならないのか。

 なんだこれ。なんだこれ。羞恥攻めか? 二人してワタシが恥ずかしがるのを見たいのか!


「……プリムさん」


「そうだね。レアルちゃん」


 立ち上がった二人が、意気投合したように握手を交わした。

 と思えば、すぐにワタシに振り向いた。


「シアンが可愛すぎるのがいけないんだっ!」


「シアちゃんが可愛すぎるんだよ~~~っ!」


「なんでワタシのせいなんだ!?」


 二人がまたワタシ目掛けて飛びついてくる。

 あー、もー、また!

 何気なく力を抜いてワタシが自由に動けるようにしてるし!

 なんだその気遣い。どうしてそんなところで意気投合しているのか!


「はーなーれーてー!」


「ダメだ。オレにもたまにはシアンを堪能させろ!」


「シアちゃんはお姉ちゃんのものだーっ!」


「……ぶるるるる」


 ファルシオンの呆れたような鳴き声が、静かな峡谷に木霊した――。

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