ダークエルフは愉快に遊ぶ。お姉ちゃんはぷんぷんしてる。
「レアルちゃん、シアちゃんと一緒に馬車の中にいて貰える?」
「え、ですけど――」
「いいから。お願い。ね?」
「……うっす」
テオフィラをまっすぐ見つめるお姉ちゃんは、こちらを振り向かずにレアルにそう告げた。手伝おうと鈴を握りしめたレアルも、お姉ちゃんの迫力にたじろいだ。
ゆっくりと背中を見せずに馬車に戻ると、ぶはぁ、と大きく息を吐いた。
「テオフィラ・エリクス・ホーエンハイム……お姉ちゃんでも捕まえられなかった、唯一の相手」
「そりゃまあ、この王国で最も長生きしてる犯罪者だしな」
馬車の中はまだ安全だ。隙を見てファルシオンが逃げ出せるし、お姉ちゃんがしっかりと立ち塞がっている。
レアルは自分の手提げの中から手配書を取りだして、見せてきた。
それはテオフィラの手配書だった。額面はさっき話したとおり、三百万ゴールド。
「『ステータス』」
手配書に記載されているステータスを、引き出す。
完全な情報ではないけれど、ある程度の情報だけでも知ることが出来る。
【テオフィラ・エリクス・ホーエンハイム】
犯罪者ランク:SSS
懸賞金:三百万ゴールド
条件:生死問わず
筋力:C
耐久:A
素早さ:S
魔力:SSS
幸運:B
所持スキル:
『冥路の君主:S』
火、水、風、雷――四属性に当てはまらない特殊属性『闇』の適合スキル。
魔力ステータスが大幅に上昇する。
Sランクならば、最大値まで上昇する。
闇属性魔法を使用することが出来る。
精神耐性:Sを取得する。
『吸血鬼:EX』
吸血種。その頂点とも言える吸血鬼の証。
吸血、蝙蝠変化、霧変化、魅了の魔眼などのスキルが使用できる。
特性:不死を得る。
『ダークエルフの血筋』
普通のエルフとは違う、より魔法に精通し魔力運用に特化した血筋。
魔力を使う動作全てにおいて魔力の消費量が大きく減少する。
また、高速詠唱スキル:Aを得る。
罪状:
・王族暗殺未遂
はぁ!? なんだこれ。なんだこれ!
魔力がお姉ちゃんに匹敵するSSSランクだし、筋力以外のステータスも軒並み高い。
さらに吸血鬼とダークエルフ、亜人のスキルを二個も持っている。
その中でも特別目を惹くのは、不死と高速詠唱だ。
お姉ちゃんの攻撃を受けても全然ダメージを受けなかったのは、まさに不死スキルの恩恵だろう。
非常に、厄介な相手だ。
だって、自分が死なないってわかってるなら、自分のダメージを度外視して攻めることが出来る。
死なないから、防御なんてしなくていい。距離を離されなければいい。
外を覗くと、まさにそのままの光景だ。
「はっはっはぁ。今日も激しいねプリム。そんなに僕が恋しかっのかぁー」
「五月蠅いからちょっと黙ってくれると嬉しいなぁー!」
凄い。お姉ちゃんがあそこまで相手を拒絶している。
馬車の外は酷い有様だ。空から降り注ぐいくつもの雷が的確にテオフィラを狙うけど、直撃してもなおテオフィラはお姉ちゃんへ向かって走っている。
それを上手く風の魔法でいなしている。
「ああもう、これだから不死は!」
お姉ちゃんが少しだけ苛立っている。
いつもなら一撃で倒せるか、弱らせている。それが通用しないんだ。
テオフィラの攻撃がお姉ちゃんに当たるわけじゃない。
テオフィアはお姉ちゃんにとって脅威というほどではない。
でも、退けられない、という点では何よりも厄介なのだろう。
馬車はお姉ちゃんの雷が囲んでくれているから、テオフィラは近づけない。
だから安全だし、お姉ちゃんが負けるわけないともわかってはいるけれど。
「これが、SSSランク冒険者とSSSランク犯罪者の戦い、か」
ぽつりと呟いたレアルの言葉に、ワタシはそっと外の光景を見守ることにした。
どう足掻いてもワタシたちには手の出せない戦いだ。
お姉ちゃんがあそこまで魔法を駆使しても追い詰められない相手。
それが、SSSランク犯罪者。
「で、プリムぅー。あの馬車にいるの、誰なんだぃー?」
「関係ない、でしょ! サンダー・フォール!」
「あいたたたたた」
滝のような雷が直撃しても、テオフィラはダメージを受けていない。
痛い、とは口にするけどダメージを受けているようには見えない。
雷を振り払って、テオフィラはふんふんとずっと馬車を――ワタシたちを見つめていた。
覗かれているようで、気持ち悪い。
「プリムが守ってるって事実ぅー。馬車を守る事実ぅー。明らかに年下だからぁー、依頼主って事はなさそうだしぃー」
「さっさと……捕まり、なさい!」
「うわっと。それはやばいやばーい」
お姉ちゃんが拳に風を纏わせて、懐に飛び込んで拳を突き出した。
でも、寸でのところで気付いたテオフィラが身体を捻って回避する。
突き抜けた拳から放たれた暴風が、直線上にあった大木をへし折った。
「んっもー。しょうがないなぁー」
ぱちん、とテオフィラが指を鳴らす。するとテオフィラの足下に真っ黒な渦が現れて、その中から巨大なスライムが現れた。
「スライム三百体を合成したアルテマスライムだぞぅー。……って、この程度じゃ時間稼ぎにもならないか」
お姉ちゃんは、突如として現れた巨大なスライムに苦戦することなく、炎の剣で両断する。
テオフィラもそれをわかっているのか、はぁ、とため息を吐きながらさらに指を鳴らす。
「それじゃあ次は、魔法の効かない奴にしようかなぁ!」
闇から現れたのは、重厚な騎士だ。三メートルくらいはある巨体の騎士。
首のない、ただただ金属の塊の騎士。
「魔法を反射する金属で作ったデュラハンくんだよぅ。さあプリム、これをどう攻略するのか、僕に見せてくれよぅー」
デュラハンが剣を振り上げ、お姉ちゃんに向かって真っ直ぐに振り下ろす。
魔法が効かない魔物が相手だなんて、そんなのお姉ちゃんの天敵じゃないか!
「お姉ちゃん!」
「せいばーっ!」
「……そんなんありぃ?」
思わず叫んでしまったけど、テオフィラもまた口をあんぐりと開けていた。
いや。だって……ねえ?
迫るデュラハンを前に、お姉ちゃんは臆することなく――風の魔法で周囲に散らばっていた小石を浮かばせて、一斉にデュラハンへぶつけた。
風の魔法によって爆発的に加速した石つぶては、そのどれもがデュラハンを貫いていった。
結果として、デュラハンをすぐに倒してしまった。
「魔法が効かないなら、魔法によって物理で倒せばいいだけだよっ!」
あー、うん。理屈はそうだね。
「た、確かに授業でもちょろっと触れたことはあったけどよ」
「咄嗟には思いつかないよね……」
ここが、SSSランク冒険者として実践を続けたお姉ちゃんの実力か。
崩れ落ちるデュラハンを眺めながら、お姉ちゃんは炎の剣をテオフィラに突き付ける。
「……今日は、逃げるなら追わない」
「あらら。プリムが優しいよぅ」
お姉ちゃんは真面目な顔つきでテオフィラを睨むように見ている。
「うんうんそうだねぇ。そう言ってるなら素直に逃げようかなぁー」
テオフィラの雰囲気が柔らかくなる。そこに敵対する意思は感じられない。
ぺろ、と舌を出して笑うテオフィラが、ゆっくりとこちらを向いた。
「妹、ねぇ?」
「っ!」
ビク、と身体が震えた。見られただけで背筋に悪寒が走る。
「ふーん、ふーん。ねえ、プリムぅ」
「……なに?」
「あの子の血を「ダメに決まってるでしょ!」……ちぇー」
「シアちゃんにちょっとでも触れたら、私は全身全霊を持って――」
「わかった。わかったよーう」
手をひらひらと振り回しながら、テオフィラはおどけて二、三歩後退る。
それが撤退の合図だったのだろう。テオフィラの足下にまたもや浮かんだ黒い渦。
あっという間にその中にテオフィラは吸い込まれていく。
「じゃあプリムぅー。まーたねー。あと妹ちゃんも、まーたねー」
薄れていくテオフィラの声が、やけに頭にこびりつく。
舐められるような嫌な気持ちの悪さだけを残して、テオフィラは消えていった。
「……ふぅ。もう、テオはこれだから……!」
お姉ちゃんが珍しく苛立っているし、それを隠そうともしない。
隠せないというか、それだけの相手、ということなんだろう。
「……お姉ちゃん、大丈夫?」
馬車から降りて、声を掛ける。
お姉ちゃんは肩を震わせていたかと思えば、すぐにワタシに振り向いた。
「シアちゃんすりすりして気分転換するー!」
「わぷっ!?」
き、急に抱きつかないでよレアルもいるのに!?
ああ、ダメ、レアル。見ないで恥ずかしいよー!
「えへへシアちゃんすりすりさわさわぷにぷに~っ!」
あ、ちょ、ど、どこ触ってるーーーーーーー!?




