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お姉ちゃんを独占したい。




「やっぱりシアちゃんのご飯は世界一美味しいよーっ!」


「大げさだよ、お姉ちゃん」


 ソフィア家のご飯は基本的にワタシが作ることになっている。

 お姉ちゃんは冒険者として多忙だし、いつも家の中にいるワタシが家事をこなす。

 とはいえワタシの料理スキルはC。一般人の領域を出ない。

 でも、お姉ちゃんはそんなワタシの料理を美味しく食べてくれる。

 お姉ちゃんは料理のスキルもSで宮廷料理人だって唸らせるほどだけど、それでもワタシに任せてくれている。


 今日の晩ご飯はタイの塩焼きと、ビーフステーキだ。

 それにサラダを添えて、ライスを合わせる。

 この世界はどうやら『俺』の前世にあった食材の大半が存在しているようで、レパートリーには困らない。


「っあむ。むぐ。うん、おいしい」


 ワタシもタイの塩焼きを一口頬張る。

 柔らかな身としっかり付いた塩味がちょうどいい。


 お姉ちゃんはステーキを一口頬張る度に味を噛みしめている。

 まあ、それだけ美味しいって言ってもらえるのは嬉しい。

 思わず頬が緩んじゃうくらいだ。


「……えへへ」


 二人分のご飯はすぐに終わった。お姉ちゃんはけっこう食べるけど、その分作りがいもある。

 食後の紅茶を煎れて一息つくと、徐にお姉ちゃんがワタシを見つめた。

 すっ、とお姉ちゃんの雰囲気が引き締まる。

 途端にワタシの背中を悪寒が走る。

 あーこれ聞いちゃ嫌な奴だ逃げなくちゃ――。


「シアちゃん、お姉ちゃん、大事なお話があるの」


「……はい」


 シアン は 逃げ出した。

 しかし 回り込まれて しまった。


 ……っと、冗談はさておき。

 お姉ちゃんは不安げな、それでも言わなくちゃいけない、って表情をしている。

 話の内容は、察しが付いてる。

 ワタシが前世の記憶を取り戻す切っ掛けでもあった、あの『手紙』についてだ。


「お姉ちゃん、結婚を申し込まれたの」


「……っ」


 わかっている。

 あの手紙は、求婚の手紙だ。封をしていた蝋は、この街に、いや、この国に住んでいる人なら誰でも知ってる――王家の紋章だ。


「シアちゃんも読んだんだよね?」


「……うん。勝手に読んで、ごめんなさい」


 お姉ちゃんが結婚する、って知ってしまったワタシは酷く混乱した。

 そして突然頭痛に襲われて、前世――転生する前の『俺』を思い出した。


「いいの。シアちゃんも知らなくちゃいけないことだから」


「うん……」


 わかっていることだけど、落ち込んでしまう。

 普通ならお姉ちゃんが結婚することを、妹としてお祝いするべきだ。

 今までずっとワタシを育ててくれた、甘やかしてくれたお姉ちゃんの幸せを望むのは、妹として当然のことだ。


 ……でも。


「それでね、そのお返事をするために、王都に行かなくちゃいけないの」


「王都、に?」


「うん。返事は直接ください、って」


 ここから王都はけっこう遠い。

 この街は隣の国との境界線付近にある小さな街で、王都までは歩いて一ヶ月は掛かる。

 お姉ちゃんが本気で走れば三日くらいで着けるだろうけど。


 ……でも、嫌だ。


 お姉ちゃんがいなくなる。

 考えただけで頭がまっしろになる。

 苦しくて、切なくて、悲しくて、寂しくて。

 それでいて、心の奥底で、恋しさを感じてしまう。


 ……ああ、『俺』はお姉ちゃんのことを好きになってしまっている。

 十六年間、ずっと『俺』に愛情を注いでくれた人に。

 いけないことだ。

 だって、『俺』は『ワタシ』だから。


 でも、嫌だ。

 お姉ちゃんは、ずっと傍にいて欲しい。

 ずっとずっと、ワタシを見ていてほしい。


「ワタシも、着いていって、いい?」


「え、シアちゃんが?」


「……うん」


 ワタシは悪い子だ。お姉ちゃんの幸せも祝福できない、我が儘な子だ。

 でも、でも、でも!

 ワタシは、お姉ちゃんが大好きなんだ。

 大好きなお姉ちゃんを、知らない誰かに――いや、知ってる人にも奪われたくない!


 ワタシが、お姉ちゃんを独占したいんだ!

 あの笑顔も、愛情も、なにもかも。

 全部、シアン・ソフィアに向けてほしいんだっ!


「シアちゃんが外に出るの!?」


「ワタシだって買い物とかで外出してるよ!?」


「……あっ! そ、そうだったね」


 お姉ちゃんの中でワタシはヒキニートって扱いだった!?

 ま、まあ確かに魔法学院の授業にもろくに出てないしね。

 あ、あれはいいんだよ! ちゃんと単位は取ったし! 先生からも許可貰ってるし!


「えへへ。そうだったねー。シアちゃんはお姉ちゃんのために勉強頑張ったんだもんねー」


 まるで自分のことのようにお姉ちゃんは喜んでくれる。

 お姉ちゃんが喜んでくれると、ワタシも嬉しい。胸の中がほんわかと温かくなる。

 だからこそ、ワタシは。


「お姉ちゃん、お願い。ワタシも、お姉ちゃんに着いていきたい」


「……危ないよ?」


 お姉ちゃんの心配することは、わかってる。

 王都までの道は長い。一ヶ月の間に夜盗に襲われる可能性だってゼロではない。

 それに加えて、夜には凶暴な魔物だって出現する。キャンプする場所もしっかり考えなくちゃならない。


「お姉ちゃんが守ってくれるよね?」


 あー、卑怯だなぁ。ワタシって。


「もちろん! シアちゃんはお姉ちゃんが絶対に守るよ!」


「だったら、大丈夫だよね?」


「っは!? シアちゃん策士……。い、いつの間にお姉ちゃんを懐柔させる話術なんて思いついたの!?」


 ごめんなさいお姉ちゃん。

 話術というかお姉ちゃんはワタシが頼めばなんでも我が儘聞いてくれるって知ってるから。

 お姉ちゃんの性格は熟知している。それだけワタシがお姉ちゃんを見てきた証拠だ。


「うん。わかったよ。お姉ちゃんがしっかり守ってあげるから、一緒に王都に行こっか」


「……うんっ!」


 同行を許可してくれたお姉ちゃんには頭が上がらない。

 何しろワタシが同行したい理由は、お姉ちゃんには話せない。

 お姉ちゃんの結婚を、失敗させるなんて――そんなこと、言えるわけがない。


「もーでもシアちゃんってばそんなにお姉ちゃんと離れたくなかったの~?」


 によによと頬が緩むのを隠すことなく、お姉ちゃんが笑顔になる。


「そうだよ。ワタシはお姉ちゃんがいないと寂しくて死んじゃうんだ」


「そうなの? じゃあお姉ちゃんがずっと傍にいてあげないとねっ!」


 冗談交じりな口調で笑うと、お姉ちゃんもニコニコと聖母のような笑顔で返してくれる。

 その言葉が、本心からだったらどれほど嬉しいか。


「で、出発はいつなの?」


「明日かなー。準備はいつも済ませてあるんだけど、今回は道中で他のクエストもついでに消化していこうと思ってるから」


 お姉ちゃんが指を折って数えているのは、冒険者ギルドで受ける予定のクエストのことだろう。

 王都に行くまでにどれくらいクエストをこなして、どれくらい収入があるかを計算している。

 暗算とかも全部スキルで処理出来るから、そこら辺は羨ましいなぁ。

 ワタシなんかいつも家計簿付けてるし。


「じゃあワタシも、魔法学院に連絡しておかないと」


 流石に自宅を留守にすることくらいは伝えておかなくちゃ。

 何か通知が来た時に、不在のままでは申し訳ない。

 それに魔法学院は王都に行く途中にある。

 詳しいことは、その時に説明すればいい。


「えへへ」


「どうしたの、お姉ちゃん」


 食器を片付け始めると、お姉ちゃんが嬉しそうな声で後ろに立った。

 洗い物を始めたワタシは振り返ることが出来ない。


「今日は一緒に寝よっかっ」


「え、え!?」


「決定ねー! っふふ、シアちゃんはお姉ちゃんの抱き枕だー!」


 嬉しいんだけど、嬉しいんだけど!

 ちょっと待ってよお姉ちゃん心の準備がー!

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