お姉ちゃんの、冒険者の顔。
「お、うめー」
「うんうん。シアちゃんのご飯は世界一美味しいんだよ~」
「いやいや、世界一は言い過ぎだろ」
「うん。ワタシも言い過ぎだと思う」
「え~~~~~!?」
レアルを交えて三人で夕食を取ることにした。
調理担当はいつも通りワタシ。レアルが薪を用意して、お姉ちゃんが火を付けたり水を用意する。
パチパチとたき火を囲って食事をしていると、レアルがぽつりと食事の感想をこぼす。
「もぐもぐ。こんなに美味しいのに。もぐもぐ」
「料理スキルがCのワタシだよ? 並程度だよ」
「む~~~~~~」
どうやらお姉ちゃんは何が何でもワタシの料理を絶賛したいようだ。
でも、ワタシの料理スキルから考えればどうやっても一般人の領域を出ない。
「まあでも、スキルCとは思えない、ってのは確かだよな。オレもそこには同意する」
「レアル!?」
「だよねっ! ワタシのシアちゃんはお料理が上手だもん!」
「ほんとだよ。こんなの作れるんだったらオレも作って貰えばよかった」
「レアルまで敵に回った?!」
うぅ、二人してどうして褒め殺ししようとしてくるのか。
ワタシは普通でいいんだ。平均でいいんだ。そこで無理に背伸びするつもりはないんだ。
だから、二人に褒められるとすっごく恥ずかしい。
「それに、シアちゃんの料理にはお姉ちゃんへの愛情もたっぷりだもんね!」
「……~~~っ」
いやまあ、そうだけど。
お姉ちゃんに美味しいって言って貰いたくて作ってるわけだし。
「なあ、シアン」
「ど、どうしたのレアル」
ジトー、と。レアルがジト目でワタシを睨んでいた。
「シスコン」
「うっ」
レアルの的確な言葉が胸を貫いた。
じ、事実だし認めてるけどさ。真っ正面から言われるのは想定してないよ!
「でもまあ、シアンと再会できるし、『紅雷の聖母』とも話が出来たってのは光栄だな」
「レアル……?」
レアルの表情は、寂しげだった。
多分、ワタシから事情を聞きたがっている。でも、お姉ちゃんのワタシへの態度を見て、躊躇っているようだ。
……あとで、ちゃんと話をしたほうがいいんだろう。
「あ、そうそうレアルちゃん」
「うぃっす。どうかしましたか?」
食器を空にしたお姉ちゃんが、おかわりをしながらレアルちゃんに尋ねた。
「どうして誘いの峡谷が立ち入り禁止になったの? 私たちはレッドドラゴン希少種の討伐クエストを受けてきたんだけど」
……そうだった。
いきなり止められて、いきなりの再会だったからすっかり忘れていた。
視線を向ければ、誘いの峡谷が大きく口を開くように待っている。
レッドドラゴン希少種の討伐。
それが、お姉ちゃんが受注したクエストだ。
その言葉を聞いて、レアルが表情を歪めた。
「オレの兄さんは、Sランク冒険者のルイス・アゴリーだ」
「あー知ってる知ってる~。魔導国家の守護者って言われてる人だよね~」
お姉ちゃんが言うくらいだから、その人は有名人なんだろう。
しかし、Sランク冒険者か。
レアルも精霊科の主席なくらいだし、優秀な兄妹なんだなぁ。
「そんな兄貴が、レッドドラゴン希少種を倒せずに撤退してきた。腕がほとんど使えないくらいの、怪我をして」
「え……」
Sランク冒険者が、勝てない魔物……?
「……それはおかしいよ。レッドドラゴンはAランク、希少種はSランク。ルイス・アゴリーだったら負けるわけがない。誘いの峡谷はあの人の庭、って言われるくらいだし」
お姉ちゃんが真面目な、冒険者の表情をしていた。
ワタシも見たことがない、お姉ちゃんの一面。
凛とした横顔に、つい見とれてしまう。
「そうなんだ。兄貴が負ける訳がないんだ。……でも、兄貴は気になることを言っていた」
「気になること?」
お姉ちゃんが問い詰めるような口調をしている。
真剣な表情。……ワタシの知らない、お姉ちゃんの顔。
不覚にもドキリとしてしまったのは黙っておこう。
「そのレッドドラゴンは、オーガの足で地面を踏み締め、ベノムスネークを尾にしている、と」
「……なに、それ」
とてもじゃないが、信じられない。
いや、レアルを疑っているわけじゃない。
ルイスさんが嘘を吐いているとも考えられない。
でも、そんな三種類の魔物がごちゃ混ぜになったような魔物がいるのだろうか。
「……」
「お姉ちゃん?」
「ううん。なんでもない。見間違いとかじゃ、ないよね?」
「ああ。兄貴がそんなことで嘘を吐くはずがない。冒険者ギルドから研究のために、この峡谷と相性の良いオレが急遽派遣されてきたんだ」
レッドドラゴンの上体と、オーガの足。
そして、尾にはベノムスネーク。
うん、考えれば考えるほど奇妙な魔物だ。
「それで手練れの冒険者が到着し、調査を開始するまで峡谷を封鎖していたわけだ」
「あ、そうなんだ~」
お姉ちゃんから真剣な気配が消えた。
気を抜いたというか、肩の力を抜いたというか。いつものお姉ちゃんに戻っている。
「だが、偶然でもプリム・ソフィアが来てくれたのは大きい。冒険者を待たずして、調査に入ることが出来る」
「え、私でいいの?」
「というより、あなたがいるのならどの冒険者よりも信頼が置ける。あなたはそれだけ有名人だ」
「あはは。有名人だって~。照れちゃうね」
「あはは……」
「それに、あなたはシアンの姉だ。それだけでオレが信頼するに値する」
レアルは微笑みながらお姉ちゃんを、続けてワタシへ視線を向けてきた。
その優しい微笑みは、昔と何一つ変わっていない。ワタシの知ってる、レアル・アゴリーそのものだ。
「じゃあ、明日。さっそく行こうか」
「ああ。よろしく頼む。冒険者ギルドにはオレから説明するから」
「お願いね、レアル」
レアルが頷くと、話は終わりだとお姉ちゃんは背中を伸ばした。
「シアちゃ~ん。お姉ちゃん先に休むね~」
「え? あ、うん」
なんだろう。お姉ちゃんらしくない。
いつも通りに二人っきりだから抱き枕で寝ようとか言い出すと思ってたんだけど。
疲れてるわけでもなさそうだし。
……あ、そうか。
「気を遣われたな」
「……うん」
お姉ちゃんはそそくさと馬車に戻ってしまった。
それはきっと、再会したワタシとレアルを想ってのことだ。
お姉ちゃんは、ワタシがどうして魔法学院を休学したか、詳しくは知らない。
ワタシが教えなかったから。
答えたくないと拒絶したワタシを、お姉ちゃんは優しく許してくれた。
だから……なにも、知らない。
「シアンは……その、戻って、こないのか?」
「うん」
レアルが言いたいことは、なんとなくわかる。
あの頃のワタシたちはとても仲が良かった。
勉強が苦手なレアルにワタシが教えて、レアルはそんなワタシに尽きっきりで実技に付き合ってくれた。
利害の一致というか、馬が合うというか。
とにかく一緒にいた。
「ワタシはもう、魔法学院に戻るつもりはないんだ」
今のワタシはとにかくお姉ちゃん一筋だ。お姉ちゃんを独占して、お姉ちゃんに甘やかされて、お姉ちゃんに養って貰う。
我ながらダメ人間だけど、もう――あんな思いまでして、魔法使いを目指すつもりはない。
「……そ、っか」
ワタシの言葉に、レアルは黙り込んでしまった。
「ごめんね」
「いいんだ。事情もなんとなくだけど、知ってるから」
「……うん」
レアルには、悪いことをしたと思ってる。
「なあ、シアン」
「なあに?」
ぐい、とレアルがたき火を越えて詰め寄ってきた。
真っ直ぐな瞳がワタシを射貫く。心まで見透かされそうで、思わず顔を背ける。
レアルがぎゅっ、と、手を握ってくる。
「オレは、お前に言いたいことがある」
「ど、どうしたの、いきなり」
「いきなりじゃない。ずっと心に秘めていたんだ。……オレは、お前が――」
「ぶるるるるるるっ!」
「わっ!」
「ひぇっ!?」
レアルが詰め寄ってきた瞬間、ファルシオンが唸った。
びっくりしてレアルの手を払って、お互いに顔を見合わせる。
「ね、寝るか! 明日は誘いの峡谷の調査だしな!」
「そ、そうだね。睡眠不足は身体に響くよ」
まだ、心臓が脈を打っている。
あんなに迫られたら、嫌でも緊張しちゃうじゃないか。
レアルはいったい、何を告げようとしたのか。
……あー。あれかな。
「お前がいなくなったら誰がオレの宿題を手伝うんだよ!」とか?
だよねー。
レアル、主席になるくらい実力はあるんだけど、座学の理解はとことん悪かったし。
むしろワタシがいなくなってよく主席を維持できたものだ。
才能はある人だし、ね。
「おやすみ、シアン」
「おやすみ、レアル」
寝袋に包まったレアルに、昔と同じように、おやすみの挨拶を済ませる。
さ、気を引き締めよう。足手まといは足手まといなりに、サポートだけでもしっかりしよう。




