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閑話 一人の女性の、ゴールとスタート。




 ガタンゴトン、と馬車に身体を揺さぶられながら、私はいつもの光景を眺めている。


「っふふ。父様~っ」


「これこれフリージア。あんまり無茶をすると身体を痛めるぞ」


 お父さん――グレイド・ユリアル様の膝に横向きに座り甘えているフリージア様。

 何気ない親子のスキンシップを見ることが、私の一番の楽しみだ。

 頬が緩むのを気付かれないようにするだけで精一杯だ。

 それだけ私にとって、フリージア様……『妹』は可愛い存在なのだ。


 私の本当の名前は、エリア・ユリアル。

 ユリアル家の長女。子供を産めなくなったことにより、死別したことにされた存在だ。

 思えば子供を産めなくなる奇病、というのも凄いものだ。

 まるで貴族に掛かる為にあるような病気ではないか。


 ……要らない事を考えるのはよそう。昔からどうにも、余計なことまで考えてしまう悪癖がある。


 私は子供を産めなくなった。

 子供を産めない――跡継ぎを産めない貴族の娘が、どのような扱いを受けるか。

 お父さんに聞かされて、騎士として少しの間調べてみて、あまりにも悍ましい、と感じた。


 子無しと陰口を叩かれる。子供を産めないくせに、血筋を絶やすだけの無能だと批難される。子供を産むことしか価値がないのだと、突き付けられる。

 事実、私と似た境遇となった人は皆、自らの手で命を落とすという。


 だから、私はまだ幸運な方だったのだ。

 お父さんは、私に「貴族以外での幸福」という道を開いてくれた。

 口の堅い親戚の家に養子にだし、勉学でもなんでもいいから、普通の人として生きれるように配慮してくれた。


 普通に考えれば、フリージア様が生まれたことで私が用無しになったから、厄介払いをしただけ、と考えるだろう。


 ……でも、お父さんは泣いてくれたんだ。

 病気にうなされた私を。子供が産めなくなった私を。私との離別を。

 そして、私が騎士として戻ってきた時も。秘密を抱えて生きることを誓った時も。

 その全てで、お父さんは泣いてくれた。その涙が嘘であるとは思えない。


 お父さんはどこまでも、私の将来を気に掛けてくれている。

 悪く捉えれば私を追い出したいのかもしれない。

 でも私は、ことある毎に私を気に掛けてくれるお父さんが、大好きなんだ。


 この場にフリージア様がいなければ、私も飛びついていたかもしれない。

 それだけお父さんは優しくて、娘を大切にしてくれる人なんだ。


「父様。フリージアは武術大会で優勝しました。ランもです!」


「そうだな。そうだなー。なにか欲しいものでもあるのか? すぐに手配するぞ」


 お父さんがちらり、と私に目配せをしてくる。

 ……いまここで何かを望めば、お父さんはきっとなんでも叶えてくれるだろう。

 フリージア様もわかっているからこそ、このタイミングでおねだりをしたのだろう。


 何を頼むのだろうか。

 武術や魔法を学ぶために、新しい書や家庭教師だろうか。

 それとも身だしなみを意識して髪飾りといったアクセサリーだろうか。

 可愛らしいフリージア様だ。どんなドレスでもアクセサリーでも似合うと断言出来る。


「ランを養子として迎え入れて欲しいのです」


 だが、フリージア様の願いは予想外すぎるものだった。


 ……なにを、言い出すのだろうか。


「ふ、フリージア。どうしてだい?」


「妾は姉が欲しいのです。プリムとシアンみたいな、仲の良い姉妹が」


「そ、それなら妹でもいいだろう? ランはユリアル家に仕えてくれている騎士だ。我が儘を言うわけにはいかない」


 お父さん――旦那様も困惑している。

 その目が、今まで見てきたどの時よりも弱々しく見えるのは、私の気のせいだろうか。

 旦那様は、悩んでいる、ように見える。


「嫌です。妾は姉が欲しいのです。いえ、言葉が足りないのじゃ。――妾は、ランに姉になって欲しいのじゃ!」


「――っ」


 だ、大丈夫だろうな。今の動揺を、気付かれていないよな?


「ランもじゃ! ランも、妾が妹では、だめか?」


「……うっ」


 動揺は悟られてはいないようだが、今度は私に詰め寄ってきた。

 瞳を潤わせて、私の顔を覗き込んでくる。

 ……それは、やめて欲しい。

 フリージア様を、妹として扱う。

 だってそれは、私がずっと夢見てきた――。


「……フリージア。あまりランを困らせるな」


「で、ですが! 妾は」


 悲しそうな表情を、しないで欲しい。

 私だって。私だってフリージア様と、プリム様とシアン様のような仲になりたいと思っているのに。

 でも、だめだから。私は一度死んだ人間だから、そんな事をしてはならない。


「……ラン。私から一つ聞かせてくれ」


「旦那様?」


 フリージア様を抱き締めた旦那様は、少し苦しそうな表情で私を見つめてきた。

 わかっている。断れ、ということだろう。わかっています。大丈夫です。

 私は旦那様とフリージア様を守るために、自らエリア・ユリアルであることを捨てたのですから。


「お前の幸せは、どこにある?」


「……え」


「ユリアル家当主として、問う。騎士ランスロットよ、お前は――私の養子になることを、喜ぶか?」


 苦しそうだった表情の旦那様は、もういなかった。

 決意を固めた表情で、私の決断を待っている。

 凛とした、強い表情だ。……今までに、見たことのないほど、真剣な表情。


「私は、旦那様もフリージア様もお守りする騎士です。お二人の傍にいられる事こそが最上の幸福であります。ですから――」


「うむ、わかった。ではランスロットよ。お前は今日から私の娘だ。フリージアの姉として、お前をユリアル家に迎え入れる」


 ――っ!


「父様っ!」


「騎士を養子に取るなど前代未聞だが。なに、娘の気持ちを優先してこそ父親だ。お前たちの仲が良いことは知っているし。姉妹のように見えていたのも事実だ」


 ぱぁっ、と表情を明るくさせたフリージア様の頭を撫でる。

 お父さんの表情は、スッキリしていた。

 ずっと、ずっと悩んでいたことの答えを得たような、晴れやかな表情をしている。


「ラン!」


「ふ、フリージア様……」


 喜び勇んで私にも抱きついてきたフリージア様を、優しく抱きとめる。

 ……小さな身体だ。抱き締めては壊れてしまいそうなほどの、小さい身体だ。

 今までに見たことがない明るい笑顔を、フリージア様は見せてくれている。


「違うぞ、ラン」


「え?」


「お前は妾の姉なのだから、そんな仰々しくせんでいいのじゃ」


「……ふ、フリージア」


「うむ!」


「~~~っ!」


 今までずっと、呼べなかった。仕えるべき存在だから、様を付け、敬意を露わにしなければならなかった。


「ラン? 泣いておるのか?」


「……いえ。いえ。大丈夫。大丈夫、だから……!」


「むぅ?」


 必死に涙を抑え込んで、顔を上げる。

 フリージアを抱き締めながら、真っ正面に座る旦那様へ視線を向ける。


「私も『旦那様』でなくていいのだ。……お前はもう、私の娘だ」


 その表情は、凄く柔らかくて――ああ、これだ。この、表情だ。私が、向けられたかった、表情(かお)だ。


「~~~っ、お、とう、さん……!」


「……ああ。ああ……っ!」


 お父さんも必死に涙を堪えていたのだろう。止めどなく溢れ出た涙を拭いながら、それでも流れていく涙に苦笑を零す。

 それに釣られて、私も笑い出してしまう。

 エリア・ユリアルではない。

 死んだ人間は、蘇ってはいけない。

 けれど、ランスロットとして――私は、フリージア様の姉に、お父さんの娘に、戻れた。


「あっ。じゃ、じゃがラン。お前に無理強いさせてしまったか? 妾の我が儘を強引に叶えたから、父様もランも泣いているのか?」


 オロオロと怯えてしまう愛しい妹を、ぎゅう、と抱き締める。


「大丈夫。大丈夫。嬉しいんだ。嬉しいんだよ、フリージア……!」


「そうなのかっ! 妾も嬉しいのじゃ! よろしくなのじゃ、『姉様』!」


「ええ。大好きだよ、フリージアっ」


 馬車は揺れる。

 まるで、これからの私の未来を暗示しているかのように、不安を呼び起こす揺らぎだ。


 私を――騎士を養子として迎え入れることを良しとしない者も数多くいるだろう。


 でもお父さんは、その覚悟を固めて、私を取り戻してくれた。


 だから私も、もう一度、決意と誇りを胸に抱こう。

 騎士として、姉として、大切な妹を守り抜く。

 私の幸せは、ここから始まるんだ。

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