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お姉ちゃんと手を繋ごう。




「換金お願いしま~す」


「はいは――って多いっ!?」


 翌日。

 ワタシたちはフラウロスの冒険者ギルドを訪れていた。

 目的は簡単。

 ふーちゃんたちと出会う前にお姉ちゃんが大量に倒した魔物の討伐報告だ。

 とにかく数をこなせばいいクエストだから、一体一体の額は少ない。でも、お姉ちゃんが纏めて倒せばそれなりに纏まった金額になる。

 マジックボックスに保管していたゴブリンの角を取り出すと、さすがの量に受付のお姉さんも困惑していた。


「……どれくらいあるんですか?」


「数えてないから、わかりませんっ!」


「……あ、あはははは」


 山のように積もった角を見上げながら、お姉さんの笑顔が渇いていく。

 さすがにこれだけの量だから、数えて換金するのに時間も掛かるだろう。

 備え付けのソファに腰掛ける。お姉ちゃんはこの間に次のクエストをもらってくる予定だし、ワタシはのんびりさせてもらおう。


 魔法服の袖の下から、小さな手帳を取り出す。

 簡単な魔法を咄嗟に使える、特別な手帳だ。


 まあ、魔法学院で支給される魔法を扱うための媒体――魔道具なんだけどね。

 本来なら杖に仕込まれる魔法の術式を、手帳のページに落とし込んだものだ。


 杖よりも持ち運びは用意な反面、杖ほど容量があるわけではないから使える魔法も限られている。


 まあその分ワタシは使える魔法自体が少ないから、あまり関係ないんだけどね!

 手帳を貰った時も、クラスメイトにけっこう色々言われたけど――まあ、ワタシが落ちこぼれなのは今に始まったことじゃないから、全然気にならなかったね。


「シアちゃ~んっ。これこれ。これ受けるよ~」


 お姉ちゃんが楽しそうに受注してきたクエストを持ってきた。

 えーっと……。




『猛る真紅竜の討伐』


ターゲット:レッドドラゴン"希少種"の討伐

ランク:S

受注条件:Sランク以上

目的地:フラウロス領西部・誘いの峡谷

クリア条件:

・レッドドラゴン希少種の討伐。

・捕獲である場合、報酬上乗せ。

報酬:五万ゴールド

備考:

誘いの峡谷をいつものように通っていたら、急に霧が濃くなってよ。

いたんだよ。普段のレッドドラゴンとは全然違う、やべー奴が。

ギルドに報告したら希少種、とか言われたし。

あんなのがいたら峡谷を通れねえ。あそこはちょっと危ないが近道なんだよ。




 ……レッドドラゴンの討伐、っと。


 んー。


 ん?


 んんん?


 んんんんんー!?


「お姉ちゃん、なにかの間違い?」


「え?」


「このクエスト……Sランクって書いてあるけど」


 クエストの依頼書には、確かにSランク。レッドドラゴン"希少種"と書かれている。


「そうだよ? また希少種が出ちゃったみたいだから、討伐しておかないとね~」


「馬鹿なの?」


「ひどいっ!」


 だって、だってレッドドラゴンだよ!?

 灼熱の炎を吐いて、鉄をも切り裂く爪で沢山の冒険者を殺したって言われるAランクのドラゴンだよ。

 ましてやその希少種――突然変異体、だって言うし!


「危ないじゃん!」


 そもそも、誘いの峡谷はワタシたちの目的としてるルートからはズレている。

 備考欄に書かれているとおり、地図上では確かに近道に当たるけど、あそこはAランク以上の冒険者がいなければ通れない危険区域だ。

 ワタシじゃ到底敵わない、凶暴な魔物がうろついているエリアだよ!?


「危なくないよ~。シアちゃんはお姉ちゃんが守るから~」


「……ほんとに?」


「ほんとだよ~」


 お姉ちゃんの言葉に嘘はない。たしかにお姉ちゃんがいれば、誘いの峡谷だろうと比較的安全に通れるだろう。

 でも、そこに危険は本当に無いのか、と聞かれたら嘘になる。

 危険な場所を通る以上リスクは抱えなければならない。

 本来のルートなら安全だし、無理に峡谷を通る必要はない。


「だ~いじょうぶっ。お姉ちゃんに任せなさいっ」


 腕まくりまでしてアピールしてくるお姉ちゃんに、ワタシは強く反抗できない。

 せ、せめて手帳の魔法はしっかり管理しておこう。


「ソフィアさーん。手続きが終わりましたー」


「あっ、行ってくるね」


「うん」


 手をひらひらと振って、お姉ちゃんを見送る。

 誘いの峡谷かー。

 魔法学院の授業でも何度も話題に上った、この国の中でもかなり危ない場所。

 学院の授業でも特待生たちの練習のためにたまに訪れると言われてる、あの場所。


 ……なーんか、嫌な予感がするなー。




   *




「うんうん。誘いの峡谷で出てくるモンスターの狩猟クエストも受けてきたから、全部終わればお金た~くさん貰えるねっ」


「まあ、二人で旅してる間はそこまで稼がなくてもいいんだけどね」


 旅をしている以上、お金の扱いはなおさら気を付けなくてはならない。

 家に置いておくことも出来ないし、あればあるだけかさばってしまうからだ。

 お姉ちゃんのマジックボックスがあるから、そこまで気にしなくていいんだけど――どうも、大金を持ち歩くってのは慣れない。


 ……っと、そうだそうだ。


「はい、お姉ちゃん」


 すっ、とお姉ちゃんに手を差し出す。

 恥ずかしいけど、これくらいなら。ワタシの目的を達成するためにも、日頃から小さく積み重ねていかないと。


「え? お小遣い?」


「違うよっ!」


 お姉ちゃんは盛大に勘違いしてしまったようだ。

 というか二人でいる時の家計はワタシが担当してて、お姉ちゃんにワタシがお小遣い渡してるよね!?


「む~……あー、もうっ!」


 むぎゅ、とワタシからお姉ちゃんの手を握る。


「えへへ~。シアちゃんから握ってくれた~」


「わかっててトボけたでしょ?」


「え~。何のことだかわからないな~」


「……もう」


 可愛らしくトボけるお姉ちゃんの手を、もう少し強く握りしめる。

 背の高さからワタシが繋いで貰ってるように見てしまうけど、それでもいいんだ。

 お姉ちゃんがワタシと手を繋いでいる。お姉ちゃんはワタシの物だと、周囲にアピールできるから。


「ふーちゃんたちはもう少しで出発するんだよね~」


「うん。本邸に戻るって言ってたね」


 これから荷物と、謝礼と馬車を受け取りに屋敷に戻る。

 結局ユリアル家にはフラウロスですっかりお世話になってしまった。大会の実況を引き受けた代わりに馬車まで用意して貰えて、何度感謝してもし足りない。


「……ランさん、かぁ」


「えっ! どうしたのシアちゃん! ランさんに恋したとか!? ダメだよシアちゃんはお姉ちゃんの嫁なんだからね!?」


「違うよ!?」


 ランさんには個人的に凄くお世話になってしまった。悩みを聞いて貰って、ランさんの秘密を教えて貰って……ユリアル家への恩義以上に、感謝している。

 ランさんは、ずっとあのままだろうか。

 ユリアルの人間として、ではなく――ランスロット・アーデラとして、一人の騎士として生きるのだろう。

 決意が固いことくらいは、わかっている。

 それにグレイドさんは、気付かれないようにしているけど、しっかりランさんを娘として想っている。

 複雑な親子の関係だけど、それでも確かに二人の間に確固たる絆があるのは明白だ。

 ……でも、知らないふーちゃんは。


「あ、見えた見えた。お~い、ふ~ちゃ~ん」


 お姉ちゃんがぶんぶんと手を振ると、小さい人影もこちらに手を振ってくる。

 大きな馬車が客車を引いている、けっこう豪華な馬車だ。


「これはこれはプリムくん。そちらの準備も終わったのかね?」


「はい。次は誘いの峡谷を抜けて、サンダルフォンですね~」


「誘いの峡谷? まあ、プリムくんなら大丈夫だと思うが――うん、気を付けてくれたまえ」


 お姉ちゃんがグレイドさんと談笑している間に、ワタシはランさんに話をしておこう。

 ランさんはメイドさんたちに次々に指示を出していて、丁度手が空いた所のようだ。


「お疲れ様です」


「シアン様。お疲れ様です。武術大会では実況、お疲れ様でした」


「ランさんも、大会優勝おめでとうございます」


「ありがとうございます」


 スッキリした笑顔のランさんには、何も言わない方が良いのだろう。

 こればかりは本人同士の話だから、知っただけで関わってはいけない。

 ……でも、ランさんはワタシの背中を押してくれたんだ。


「ランさんも……その、上手くは言えませんが。諦めないで、ください」


「っ。……ありがとうございます。シアン様は心優しいのですね」


「いえ! そんなこと、ないですよ」


「いえいえ。……そうでしょうね。そんなシアン様だからこそ、私も打ち明けたのでしょうね」


 クスクスと笑うランさんの笑顔は、やっぱりどことなくだけどふーちゃんに似ている。

 改めて、姉妹なんだな、って思わされる。


「ラーン、準備は終わったのかー?」


 ふーちゃんが屋敷から出てきたところで、この話題は終了だ。

 最後にと、ランさんと握手を交わす。秘密を抱えた者同士の、友情の証だ。


「良い旅を。その果てに、シアン様の願いが叶うことを祈っております」


「ありがとうございます。ワタシも、ランさんたちの幸せを祈ります」


 最後に二人でありがとうの言葉を交わして、ユリアル家の人たちは旅立った。

 ワタシたちとは逆方向に走っていく馬車。その姿が見えなくなるまで、ワタシたちは見送った。


「じゃ、行こっか。出口にもう馬車を用意してくれてるって」


「うん。じゃ、出発だね」


 もう一度、お姉ちゃんと手を繋ぐ。

 色々あったけど、フラウロスでの出会いを、ワタシは忘れない。


 次の目的地は、魔導都市サンダルフォン。


 誘いの峡谷を抜けた向こうにある、この大陸の中でも屈指の、魔法による産業が発達した、大都市だ。

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