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お姉ちゃんに、お任せだ。

 ガン、と低く、鈍い音が決着を物語った。

 悠然と立ち尽くす騎士の姿は、きっと後生に語り継がれるだろう。

 片膝を突く男は悔しそうな表情で、自らを見下ろす女騎士――ランスロット・アーデラを睨んでいる。


『勝負あり! 武術大会フリー部門優勝は――ランスロット・アーデラさんです!』


 お姉ちゃんの快活な声が会場全体に広がると、興奮した観客たちが大歓声を引き起こす。

 木霊するほどの声量に響くコロッセオ。その中心で、ランさんは剣を掲げ勝利をアピールしている。


 この決勝戦は、あまりにも凄い試合だった。

 攻勢を続けるゴードンさんと、それらを全ていなし、手数で勝ったランさん。

 力で押し切ろうとする相手を、上手くやり過ごした技量の高さが垣間見える試合だった。


 けれど、だからといってゴードンさんが弱かったわけではない。

 一進一退の攻防だった。勝利したランさんですらまだ息が乱れている。

 それほどまでに、激しい戦いだった。

 見ているワタシですら、手に汗握る戦いだった。

 ワタシもまだまだ、興奮して胸がドキドキしている。

 こんな戦いは、見たことがない。


『ランスロット選手、おめでとうございます。優勝した感想はなにかありますか?』


 お姉ちゃんと一緒にステージに上がり、ランさんにマイクを向ける。

 ランさんは微笑みつつも、凛とした表情でしっかり応えてくれた。


『一時でも油断をすれば、一撃で敗北していました。ゴードン氏が私を砕くか、私が先に突くか……一瞬の判断が勝利と敗北を分ける、素晴らしい戦いでした。こんなにも心が沸き立つ試合は初めてでした。勝利できたからこそ、余計に嬉しい。ですが敗北したとしても、こんな優れた好敵手に巡り会えた事に感謝することが出来たでしょう』


 僅かに上気している頬は、ランさん自身の興奮を物語っている。

 会場中から贈られてくる拍手を、ランさんは手を振って返していく。


 あ、グレイドさんむせび泣いてる。悪目立ちしてる。

 内緒でしょ! お抱え騎士が優勝して泣く貴族はちょっとイメージ落ちちゃうよ!?

 いや娘だから嬉しいんだろうけどさあ!


「ランさん、優勝、おめでとうございます」


「ありがとうございますシアン様。プリム様も」


「いえいえ~。これも全部ランさんの実力だよ~」


 これから表彰式を始めるために、お姉ちゃんもワタシも一旦ステージを降りる。

 年少の部ではふーちゃんが、フリーではランさんが優勝。

 ユリアル家の令嬢と、その騎士が今回の優勝者。関わった人たちが有名になることは、素直に嬉しい。


「表彰式が終われば私たちもお役御免だし、あ~っ。疲れたね~」


 お姉ちゃんはぐぐ、と身体を伸ばしている。

 さすがに慣れないことをしたから、ワタシも疲れた。

 今日もユリアルの屋敷でお風呂を借りて、丹念にほぐすとしよう。


「あ、じゃあお姉ちゃん。たまにはワタシがマッサージしてあげようか?」


「え、本当!?」


 お姉ちゃんは目を丸くして驚いている。

 昔はよくお姉ちゃんのマッサージはワタシがしていたから、慣れたものである。

 とはいえお姉ちゃんの要望を叶えるだけだったから、こうしてワタシから言い出すのは初めてだけど。


「シアちゃんから言いだしてくれるなんて……うぅ、お姉ちゃんは幸せものだ~っ」


「ちょ、お姉ちゃんストップストップ!」


 まだステージから降りたばかりだから、抱きつかれては目立ってしまう。

 お姉ちゃんもさすがにワタシが目立つのを嫌っているからか、渋々ではあるが離れてくれた。


「えいっ」


「わわっ」


「これならいいでしょ?」


「なんでいいと思ったの!?」


 あろうことか、お姉ちゃんは正面から抱きついてはこなかった。

 後ろから――背中からワタシを包み込むように抱き締めてきた。


「えへへ~。シアちゃんは柔らかいな~」


「はーなーしーてー」


 必死に抵抗するけど、ワタシも嬉しいから激しい抵抗はしない。

 ステージに向けて背を向けているから、ワタシが抱き締められているのは気付かれない……はずだし。


 こうやってお姉ちゃんに抱き締められていると、すごく幸せなんだ。

 お姉ちゃんの匂いも柔らかさもダイレクトに伝わってきて、お姉ちゃんが傍にいることを実感できる。

 はー。これならいいかもー……。


「……何か、騒がしいね?」


「うん。そうだね~」


 あとはスタッフさん専用の部屋に挨拶して、表彰式が終われば解散……なんだけど。

 なんだろう、やけにざわざわする。嫌な感じというか嫌な臭いというか。


「動くな!」


「っ!」


 突然ステージ上に乱入してきたのは、大人しくしているはずのモヒカンだった。

 大声を張り上げるモヒカンに、観客の誰もが視線を向けている。


「このコロッセオは俺が乗っ取った! いいかテメエら、勝手に動くんじゃねえぞ? 爆破魔法をコロッセオに仕掛けてあるからなぁ!」


 観客のざわめきが、増していく。

 布で口元を隠した男たちが、観客席を囲むようにしている。

 全部で……十人や二十人の騒ぎではない。


「何が目的だ!」


 ステージに降りてきたのは、グレイドさんだ。

 この街を預かる貴族として、こんな行為に黙っていられないのだろう。

 ステージで待っていたランさんやふーちゃんがグレイドさんを守るように並び立つ。


 ワタシたちは、ステージの端から見届けることしかできない。


「お、お姉ちゃん」


「…………」


 お姉ちゃんは、ステージの中央に立つモヒカンを見ている。

 睨むわけでも、笑うわけでも無く。


「目的? はっ! そんなん決まってるだろ。金だよ、か・ね! 小娘に馬鹿にされるわ舌は切られるわ、あげく大会は出れねえし。ったく、いい迷惑だよ!」


 いい迷惑だよ、って。そんなことのために、皆を危険に晒してるっていうの?

 モヒカンの考えが、ワタシには理解出来ない。血走り、狂気に染まった目を見れば、明らかに正気ではないことが窺える。


「ゲスが……!」


 グレイドさんの言葉を皮切りにランさんが剣を抜き、ふーちゃんが不快さを露わにする。

 だが、動けない。モヒカンの言葉通りなら、抵抗すれば――このコロッセオが爆破されてしまう。

 壊れることは問題ではない。ここにはまだ、たくさんの観客が残っている。

 つまり、人質だ。

 だから、お姉ちゃんも下手に動けないのだろう。


「ねえシアちゃん」


「な、なに?」


「お姉ちゃんがんばるから、あとでご褒美ちょうだい?」


「ご褒美!? 状況を考えてよ!」


「うんうんわかってる。だから、お姉ちゃんががんばるから。ね?」


 お姉ちゃんが、珍しく額に汗をかいている。……焦ってる?

 何度か口論を交えているグレイドさんとモヒカンは、幸いなことにワタシたちから注意を逸らしている。


「お姉ちゃん、出来るの?」


「うん。シアちゃんが応援してくれるなら、お姉ちゃんは無敵なんだよ」


 ……根拠のない自信だ。

 でも、お姉ちゃんだから。神様から、たくさんのチートスキルを貰っているお姉ちゃんなら、どうにか出来るかもしれない。


「わかったよ。ワタシに出来ることならなんでもするから!」


「約束だよっ! よ~し、準備も終わったし、お姉ちゃんがんばっちゃうぞ~!」


 ワタシの言葉を合図にして、お姉ちゃんが、軽やかに飛んだ。

 すた、とステージに着地するお姉ちゃんは、グレイドさんを守るように中央に立つ。


 ……準備?


「プリムくん!」


「て、てめぇはあの時の! 動くなよ。動いたら観客纏めて爆発させて――」


「サンダー・ブラスター!」


「な――――」


 お姉ちゃんはきっと、すでに使う魔法を選んでおいたのだろう。

 そこで自分の特製である、三回攻撃と全体攻撃を加味していて。

 狙うべき敵を、ロックオンしていた。


 準備、とはまさにそのことだろう。



 ――空より降り注ぐ雷鳴の矢が、次々にコロッセオに点在する男たちに直撃した。


「あばびべぼれん!?」


 モヒカンもまた、雷が直撃している。

 致命傷を与えるほどではないけれど、動きを奪うには十分な一撃だったようだ。

 ぷすぷすと煙を吐きながら、男たちが次々に倒れていく。


「今だよー。おっかない人たちを拘束してくださ~い!」


 お姉ちゃんの指示を聞いて、沢山の人たちが一斉に動いた。

 雷を受けて動きの鈍った男たちを捕まえていく。

 動くことが出来なければ、魔法を使うことも出来ない。


「て、めぇ……なんだ、いまの。知らねえぞ、こんな、魔法……!」


 モヒカンは必死に力を込めて立ち上がりながら、忌々しい表情でお姉ちゃんを睨んでいる。


「えっへん。雷と、風と、水の魔法を合わせた私だけの魔法ですっ」


「複合、魔法……!? そ、そんなんありかぁ!?」


 モヒカンは最後に叫んで、そして意識を失った。

 すぐにランさんが駆け寄って、モヒカンを拘束していく。


「シアちゃ~んっ! 見てた? 見てた? お姉ちゃん凄いでしょー!」


「あはは……うん。凄いよ。さすがワタシのお姉ちゃん」


 あっという間に事態を片付けたお姉ちゃんは、何事もなかったかのようにワタシに抱きついてきた。

 魔法を混ぜるだなんて、普通は出来ないんだけどなー……。


 あははー。うん、お姉ちゃんは凄いなー。


 きっと、ワタシの笑い声は渇いていただろう。

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