お姉ちゃんと初めての実況。
うんざりするほど快晴だ。
雲一つ無い青空。照りつける太陽。そよ風すら届いてこない。
熱い。
でも、この熱さは気候だけの問題ではない。
武術大会の開催を報せる花火がいくつもあがり、その度に空気が少し震えている。
コロッセオはすでに満員御礼で、観客がまだかまだかと開会の時を心待ちにしている。
見ているだけで、観客の昂揚が伝わってくる。
そんな光景を、ワタシはお姉ちゃんと一緒に特等席で眺めている。
――そう、何故かワタシはお姉ちゃんと一緒に、実況席に座っている。
「盛況だね~」
「ええ。なんたって『紅雷の聖母』が実況として緊急参戦! とさらに幅広く宣伝しましたからね!」
「そんなー。私が実況したってたいしたこと言えませんよ~」
お姉ちゃんはにこやかにスタッフの方と談笑をしている。
一方ワタシは落ち着かない。そわそわしながら周囲を見渡している。
「この前はご迷惑をおかして、ごめんなさいね?」
「いえいえ! こうしてソフィアさんと談笑できているだけで儲けものですわ! あのモヒカンも大人しくしてますし、様々ですよ!」
「シアちゃんの席も用意して貰って、ありがとうございます~」
「はっはっは! 実況席で美少女二人を独占できるなんて幸せですわ!」
司会進行のスタッフさんはワタシたちを見て大きく笑っている。
美少女、と言われて悪い気はしない。
でも、お姉ちゃんと並んでたらなぁ。
逆に考えろ。
お姉ちゃんに隠れてしまえば、ワタシは目立たない。その上でお姉ちゃんの傍にいられる。
なんだ。何の問題もないじゃないか。
「ちなみにですが、なにかの縁です。シアンさんにも実況して貰おうと思います」
「っ!?」
「あ~。いいねいいね! お姉ちゃんもシアちゃんの実況聞きたいな~」
「っ!?!?」
何を言い出してるんだこの二人は!
ワタシが実況なんか出来るわけ無いでしょ!?
「むりむりむりむり」
「大丈夫だよシアちゃん。お姉ちゃんも初めてだから!」
「なんでお姉ちゃんはそこまで自信満々なの!?」
お姉ちゃんは昔から冒険者として活動してるから、人前に出ることも当たり前だ。
だから別に実況をしても、人に見られても大丈夫なんだろうけど。
ワタシには無理だ。だってワタシは、目立つのが嫌だから。
「まあそんな肩肘張らないでくださいよ。大きな大会といえど、実況なんておまけですから」
「で、でも」
失言をして、会場が白けてしまったら大問題だ。
最悪を想像してしまうと、途端に尻込みしてしまう。
「えいっ」
「お、お姉ちゃん?」
……そんなワタシの手を、お姉ちゃんは優しく包み込んできた。
にぎにぎとほぐすように揉まれると、心までもみほぐされていく、ような気がする。
「大丈夫。お姉ちゃんがしっかりフォローしてあげるから~」
「……うん」
それなら、いっか。
お姉ちゃんが守ってくれるなら、うん。嬉しいし。
「お二人とも、準備はよろしいですか?」
「大丈夫で~す」
「だ、大丈夫、です」
実況者さんがニコリと笑うと、途端に緊張が走る。
お姉ちゃんが机の下で手を握って、微笑みを向けてくれる。
ざわめくコロッセオが、少しずつ静かになっていく。
実況者さんが、口元のマイクに向かって、吠えた。
声を増幅して、コロッセオのあらゆる場所へ転送する魔法。
『俺』の世界にあったマイクやスピーカーと言ったところだろう。
仕組みは違えど、理屈は同じものだ。
実況者さんの声が、コロッセオに木霊する。
『野郎ども、己の武を誇示し、覇を競う。フラウロス武術大会が、始まるぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』
――オオオオォォォォォォォォォォォォ!!!
張り裂けんばかりの声がコロッセオ中に響き渡る。
観客だけの歓声だというのに、もの凄い熱量を感じる。
『開会式の前にぃ、お前らに朗報だぁ!』
ナンダー?
ハヤクシロー!
カネカエセー!
……なんか不穏な叫び声も聞こえてくるけど、とりあえず今は実況者さんの声に集中しよう。
『今日の武術大会の特別ゲストぉ! 実況を手伝ってくれるのは――今をときめく紅雷の聖母、プリム・ソフィア! そしてその妹! まさかの姉妹揃ってウルトラ美少女! シアン・ソフィアだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!』
ワアアアアアアアアアアアアッ!!!!
「っ」
「わっ。凄いね~」
あまりの声量に怯んでしまう。お姉ちゃんはなんともないのか、けろっとした表情で観客を眺めて手を振っている。
『それでは、お二人に挨拶をしてもらいましょうかっ!』
はい、と何故かいきなりワタシにマイクが渡される。
え、なんでワタシが先なの。普通に考えてメインのお姉ちゃんが先でワタシは後回しでしょ!?
いいからいいから、と実況者さんに強引に握らされる。
う、うぅぅぅ。
「シアちゃん。がんばれ~」
お姉ちゃんが小悪魔っぽい笑顔で応援してくる。
は、はかったな! お姉ちゃんの仕業だな!?
『は、はじめまして。シアン・ソフィアです。じ、実況なんて初めてですが、が、がんばります……っ』
カワイイゾー!
ツインテ! ツインテ!
顔が熱い。多分今のワタシは顔を真っ赤にしているだろう。
頭がまっしろだ。これといった台詞は何も思い浮かばない。
だから、精一杯当たり障りのない努力表明をして、お姉ちゃんにマイクを投げるように渡した。
『は~い。プリム・ソフィアで~すっ! 知ってる人はお久しぶり。初めての人は始めまして! ワタシからは簡単な言葉だけです! 私のシアちゃん可愛すぎないですかぁー!?』
「何言い出してるのお姉ちゃん!?」
カーワーイーイー!
カーワーイーイー!
ヨメニホシイ! ツインテサイコウダー!
『シアちゃんはお姉ちゃんのために料理とか家事をすっごくがんばってくれる偉い妹なんだよー! だから皆、私のシアちゃんをいじめないでねー!』
はーーーーーーーーーい!
シスコンプリムチャンモカワイイゾー!
ソフィアシマイサイコウジャネエカー!
何この羞恥攻め。
いっそのこと殺してくれないかなぁ!
恥ずかしすぎて死にたいくらいだし逃げたいし最悪隠れたいけど実況席が目立ってる所為で逃げも隠れもできない!
『さーお前ら! 今日はこんな美少女姉妹が応援しながら実況してくれるぞ! みっともないところ、見せるんじゃねえぞぉー!』
続けて新しいマイクを握った実況者さんの叫び声が、選手入場の合図だ。
コロッセオの中心、円形状のフィールドに向かって選手たちが四つの入り口から列となって歩いてくる。
そのうち二つの先頭を、ふーちゃんとランさんが努めている。
二人はお姉ちゃんとワタシに気付くと、微笑みを向けてくる。
ランさんは年齢不問のフリー部門。ふーちゃんは十六歳までしか参加できない、年少部門に出場する。
二人が実力を問題なく発揮できれば、優勝だって出来るだろう。
少なくともワタシは二人の優勝を信じているし、お姉ちゃんの目から見ても二人の優勝が堅いらしい。
『有名選手を紹介していくぜぇー! まずはフリー部門の優勝候補、炎の魔法を駆使し、あらゆるものを破壊する斧使い! ゴードン・レイズナー!』
実況者さんが次々に優勝候補の名前を読み上げていく。その中には当然ランさんも入っており、その凄さを思い知る。
「ねえ、お姉ちゃん」
「なあに~?」
この場ではワタシたちは役目がないから、小声で会話が出来る。
ふと気になったことを、聞いてみる。
「この中で、お姉ちゃんが強いなーって感じる人、いる?」
「え~? ランさんだけだよ~」
迷う素振りも見せずに、お姉ちゃんは断言した。
つまり、ランさんはそれだけの実力者、ということだ。
「そ、即答なんだね」
「うん。フリーの優勝はランさんで間違いないかな~」
お姉ちゃんが認めるほど、ランさんは強いそうだ。
SSSランクのお姉ちゃんが認めているって、それだけでかなりの名声に繋がりそうだ。
まあランさんがそういうのを求めてないのは、ワタシがよく知っている。
「じゃあさ、今まででお姉ちゃんが勝てなかった人っているの?」
お姉ちゃんはいろんな人と武を競い、クエストをこなしてきた。
ランさん以外にも、お姉ちゃんが認めた人がいるのかもしれない。
……なんだろう。このもやもや感。
ランさんがお姉ちゃんに認められるのはいいんだけど、それ以外はなんだか、嫌だな。
「勝てなかった……う~ん」
お姉ちゃんは胸の前で腕を組んで考えている。むにゅ、と胸が持ち上げられ、つい凝視しそうになる。
危ない危ない……。
「負けたわけじゃないし、引き分けでもないけど……うーん。負け逃げ? だったらされたことあるよ」
「へ?」
「だーかーらー。私に絡んできた魔物、というか亜人なんだけどねー。そいつだけは倒しきれずに逃げられたかなー」
その言葉は、ちょっと意外だった。
お姉ちゃんが『逃げられた』と断言した、亜人。
それはいったいどんな人物なのだろうか。
「まあ負ける要素は一つもなかったけど。うーんと、手間というか……アレだね。うっとうしい!」
「そんな人がいるんだね……」
「犯罪者だから捕まえれば賞金貰えるんだけどねー。あー、思い出してきたら悔しくなってきたよ~!」
お姉ちゃんはちょっと悔しそうにしている。
珍しいな、お姉ちゃんのこんな表情。
『よーし選手の説明は終わったぞー! 続けて賞品の説明、行くぜー!』
実況者さんの声で現実に引き戻される。
……っとと。次はワタシたちで説明文を読み上げるんだった。
名残惜しいけど、会話は打ち切りだ。
今度、もうちょっと詳しく聞くとしよう。