お姉ちゃんは後ろめたい。
お風呂も終えて、メイド長さんが夕食を用意してくれた。
なんでもかんでも至れり尽くせりで、申し訳ない。
けどユリアルの屋敷ではワタシたちはお客様だから、ここは甘えておこう。
「ふう、良いお湯でした」
「うむ、ランも合流したか」
ワタシたちの後にランさんもお風呂を済ませたのか、いつもの鎧姿ではなく私服で合流してきた。
……うん。お姉ちゃんの方が大きいけど、ランさんも十分――って、何を考えてるのか!
「どこかおかしい所がありますか? 屋敷のもの以外に見られるのはあまりないので、恥ずかしいのですが……」
いつもの凛とした表情とは全く違う、柔らかい表情。
もじもじと恥ずかしそうにしているのは凄く新鮮だ。
ズボンとシャツなんてラフな格好は、盛り上がっている胸元が目立ってはいるけど、ランさんにはピッタリだ。
「っふふ。ランさんの私服が見れてなんだか得しちゃったね~」
「プリム様。からかわないでください……っ」
お姉ちゃんはここぞとばかりにランさんをからかっている。
とはいえランさんの立場はふーちゃんの護衛だ。普段持ち歩いている剣ではないけど、護身用のナイフを腰に差している。
ユリアルの屋敷の中でも、油断しないように気を張っているのだろう。
「まあランはこう見えて寝起きが悪くてすぐ寝惚けるとこがあるのじゃ」
「フリージア様!?」
「はっはっは。屋敷の周囲はしっかり戦闘部隊に任せておる。ランも気を抜けばいいのじゃ」
「なりません。私はフリージア様の騎士なのですから」
「やれやれ。頭が固いのう」
微笑ましいふーちゃんとランさんのやり取りを眺めながら、食堂に通される――その時だった。
「フリージア!」
バン、と勢いよく屋敷の扉が開かれた。
姿を現したのは長身痩躯の金髪の男性。慌てた表情で駆け寄ってくる、ちょっと髭が目立つ。
「お父様!」
「旦那様、――申し訳ありません、このような格好で」
「構わん。それよりもフリージア、ランスロット! 無事か!?」
突然現れた男性は、ふーちゃんを見つけると腕を掴んで抱き寄せた。
ふーちゃんの、お父さん。ユリアル家の当主なのだろう。
「だ、大丈夫なのじゃ父様。傷もなにもないのじゃ!」
「賊に襲われたと聞いた! 大丈夫か? 本当に大丈夫か? 痛い所はないか? あるようならすぐに医者を――」
……うん、なんだろうこのやり取り。既視感があるというか、お姉ちゃんそっくりというか。
ふーちゃんのお父さんは無事を確認すると、嬉しそうにふーちゃんに頬ずりしている。
あーうん。見覚えがあります。ワタシとお姉ちゃんだ……!
「も、もう父様! 恥ずかしいのじゃ! 妾とてもう十四なのじゃ!」
「いくつになっても私の可愛い娘だ!」
「うぅ。き、客人がいるというのに……!」
どうやらふーちゃんにとって一番見られたくない光景なのだろう。
嫌がる素振りはしつつも、ふーちゃんもそこまでお父さんとのスキンシップを嫌がっているわけではないようだ。
そんな親子のやり取りを眺めながら、お姉ちゃんもしきりに「うんうん。シアちゃんもいつまでもお姉ちゃんの妹だしね」と頷いている。
「そうだランスロット。お前も重傷を負ったと聞いたが大丈夫なのか!?」
「ええ、こちらのプリム・ソフィア様に治してもらい、全快しています。それよりも申し訳ありません。私が付いておきながら、フリージア様に危険が及んでしまい――」
「良いと言っている。お前たちが無事ならそれで良いのだ。急なことに対応しきれなかった私の落ち度なのだ。お前が気にすることではない」
「……はい。ありがとうございます」
「……?」
なんだろう。
いや、ユリアル家の当主と騎士のやり取りだから、おかしいところはなにもない。
だけど、違和感があった。
……うーん。
「改めて。ユリアル家の当主、グレイド・ユリアルだ。今回は私の愛娘が世話になった」
「いえ~」
お姉ちゃんはこの手のやり取りに慣れているようで、お礼の言葉も笑顔で返している。
「プリム・ソフィア。私も聞いたことがある。SSSランクの冒険者で『紅雷の聖母』と呼ばれている、と」
「あはは~。そっちの名前はあんまり慣れてないんで、プリム、って呼んで欲しいですね~」
「ふむ、わかった。ではプリムくん。今回は本当に、本当に感謝している。娘を襲った盗賊たちは既に我が家のメイド戦闘部隊が補足し、壊滅させた」
「わ。凄いですね」
「自慢の精鋭だ。……結果的に、間に合わなかったのは私の落ち度だが」
グレイドさんは何度も自分の責任だと責めている。
もとからお姉ちゃんはグレイドさんを責めるつもりはないし、それはこの場の誰もがわかっている。
むしろ、ふーちゃんが一番困った表情をしている。
「父様! 違います。妾が出発を早めると、我が儘を言った所為なのです!」
「だがなフリージア。娘の我が儘を叶えるのも親の務めだ。いくら反対していたとしても、最低限間に合わせ、通すべき筋はあったのだ。お前にも怖い思いをさせた。本当に、申し訳ない……!」
「父様……!」
ひしっ、と抱き締め合う親子を見てワタシもお姉ちゃんも、メイドさんたちも苦笑いしている。
ランさんだけは微笑ましく二人を見つめていて、ワタシたちとの違いを感じた。
「旦那様。夕食がご用意されています」
「おお、そうなのか! 相変わらずメイド長は手際がいいな。では、愛娘を救ってくれたお嬢さんを盛大にもてなそうではないか!」
グレイルさんは溜まった涙を拭いながら、ふーちゃんの背中を押して食堂に入っていった。
……うーん。ワタシ、見事に空気だね!
「いくら感謝の言葉を重ねても物足りない。プリムくん、何か必要なものはないか? 私に出来ることならば、なんでも用意させよう」
「あはは。美味しいご飯をご馳走になってますし、もう十分なくらいですよ~」
「ふむ……。だがなぁ」
ワイングラスを傾けながら、グレイルさんは上機嫌にお姉ちゃんに話しかけている。
ワタシとふーちゃんはその間に食事を堪能している。
何これ美味しい! 食べたことないよこれ!
サザエ! サザエなの!
サザエなんて前世でもあまり食べなかったのに、こんなに食べられるなんて!
「そうだ。プリムくんは婚約を申し込まれていると聞いた。その取り次ぎを受け持とうか!」
「っ!」
「あ、あのー。そ、それは」
「む?」
過剰に反応してしまったワタシと、困ったような表情のお姉ちゃん。
ふーちゃんとランさんは、ワタシたちの旅の目的を知らなかったから、初耳だ。
でもまさか、グレイルさんが知っているだなんて……!
「あはは。そのお返事をするために、王都に向かっているんですよ~」
「そうなのか? だが素晴らしいことではないか。なんといっても王族からの求婚だろう?」
「なんと。プリム、お主そこまで凄い奴だったのか!」
「王族から……。本来は、王都に近い貴族から選ばれる筈ですが。それだけプリム様に魅力がある、ということですね」
「あ、あははー」
お姉ちゃんの声も、どこか乾いている。
ワタシに聞かれたくなかった、というところだろう。
……あぁ、頭が痛い。ズキズキと酷い痛みだ。
「是非とも結婚式には私も呼んでもらいたい。王家ではなく、プリムくん側の出席者として。ユリアル家として全面的に応援しようではないか!」
「うむ。妾の賛成なのじゃ!」
……やめて。
お姉ちゃんは、返事をすると言っただけなんだ。
そんな、結婚するのが当たり前のように、祝福しないで欲しい。
だって、だって、お姉ちゃんはワタシのなんだから!
「シアン様? お顔が優れないようですが――」
「っ……な、なんでもありません。大丈夫です。大丈夫ですから」
「……ご気分が優れないのでしたら、早めに就寝されたほうがよろしいです」
ランさんの気遣いは、ありがたい。
「ありがとうございます。グレイドさん、申し訳ありませんが、ワタシは先に休ませて貰います」
「む? ああ。ゆっくり休んでくれたまえ。医者を呼ぼうか?」
グレイドさんはあまりワタシに興味はないようで、それは声色でわかる。
「……いえ。寝れば大丈夫ですから」
「あ、シアちゃん――」
「おやすみ。お姉ちゃん」
心配して手を伸ばしてきたお姉ちゃんだけど、一瞬の躊躇いが見えてしまった。
いつもならすぐに腕を掴まれたんだけど、掴んで貰えなかった。
まるでそれが、お姉ちゃんの返事のように感じて――。
ワタシは、逃げるように食堂を飛び出した。