お姉ちゃん(の一部)はお湯に浮く。
「ふぅ……はぁ~……」
電気が通ったかのような痺れが心地良い。全身を沈めれば、こつんとお尻が固い床にぶつかる。
自然と浮き上がってしまいそうな身体を押さえながら、はふぅ、と息を吐いて天井を見上げる。
「あー……生き返るぅ……」
ちゃぷん、と水音が跳ねる。視界を塞いでしまいそうなほどの湯気を、ぼーっとしたまま見つめる。
ユリアルの屋敷はどこまで規模がでかいのだろうか。
まさか、こんな大きいお風呂があるなんて予想もしなかった。
前世のスーパー銭湯の大浴場くらいはある大きさで、手足を伸ばすどころか泳げてしまうほどの広さだ。
ふーちゃんの特訓で汗をかくだろうと、ランさんがあらかじめ手配してくれていたそうだ。
あんまり汗をかかなかったワタシがいち早く用意を済ませ、堪能している。
っはー。気持ちいい。
ばしゃばしゃと顔を洗うと、水面に自分の顔が映り込む。
どこからどう見ても、青髪の、女の子。
それもとびきり美少女だ。
普段はツインテールにしている髪を、お風呂に入るから纏めている。
『俺』だったら放っておかないような、こぢんまりとした少女だ。
「ぶんぶんぶんっ」
首を振って、意識を切り替える。
ワタシは『俺』の記憶を持っている。『俺』はこの世界に転生した存在で、何の悪戯か女の子になっていた。
さらには貰えるはずだった沢山のチートスキルは、姉であるプリムが授かっていて――。
……うん、記憶に間違いは無い。
いくら前世が男だとしても、今はもう『ワタシ』なんだ。
いやまぁ、思い出した影響でいろいろ思うことはあるんだけど。
「あー。シアちゃん先に入ってるなんてずる~い」
「っ」
不意に後ろから声を掛けられて、ドキリとする。
振り返ろうとしたけど、思わず躊躇ってしまう。
男であることを思い出して、困ったことがあるといえば、まさにこれだろう。
「ふふ、失礼しま~す」
「お、お姉ちゃん」
「なあに~?」
「……な、なんでもない」
ワタシの隣に座ったのは、赤髪の、女性。幼さを少し残しつつも、しっかりと成熟した人。
プリム・ソフィア。
ワタシ、シアン・ソフィアの実姉であり、たった一人の家族である。
そして、『俺』として心底惚れてしまった人だ。
だから、そんな人が隣に座ればもう緊張してしまう。
「シアちゃんとお風呂なんて何年振りかな~。よく一緒に入ってたよね~」
お姉ちゃんは暑さに頬をちょっと染めながら、昔を思い出している。
「ちっちゃい頃の話だよ」
小さい頃。うんうんそうだよ。ワタシが五歳になるかならないで、だからお姉ちゃんが九歳くらいの時。
参ったなぁ。並んで座ってると、心臓が爆発しそうだ。
ちらり、とお姉ちゃんの方を見る。すぐにそれは過ちだったと後悔する。
う、浮いてる。
お姉ちゃんの大きいおっぱいが、どたぷんって、お湯に浮いてる……!
ワタシの視線に気付いたお姉ちゃんが、小悪魔のように笑いながらからかってくる。
「あ~。シアちゃんのえっち~」
「~~~っ!」
すぐに恥ずかしくなって顔を逸らす。
み、見るつもりはなかったんだよ! お姉ちゃんの横顔を見ようと思っただけだし!
「ご、ごめんなしあ!?」
ああもう恥ずかしくて噛んじゃったよ!
「っふふ。いいんだよ~。女の子同士だし、シアちゃんだし!」
「うぅ……」
お姉ちゃんはクスクスと笑いながら、身体を起こしたワタシを後ろから抱き締めてきた。
あ、暑い。というか熱い!
お風呂で暖まっている状態でお姉ちゃんと密着してる。
背中に押しつけられた柔らかい感触に、ドギマギしてしまう。
「あぅぅぅぅ」
「ん~。シアちゃんかわいい~っ」
「きゃんっ。お、お姉ちゃん~」
抱き締められて頬ずりまでされると、可愛らしい声が零れてしまう。
自分でも驚くほど高い女の子の声。
うぅ、自分が女の子って自覚はあるんだけど、男だった記憶が引っ掛かる……!
「すりすりすりすり~」
「くすぐったい、くすぐったいよ~っ」
ぱちゃぱちゃと水音を立てながら、お姉ちゃんとのスキンシップを堪能する。
ワタシはお姉ちゃんが大好きだ。だからすっごく恥ずかしいけど、二人きりだし、嬉しい気持ちが勝ってしまう。
心臓がドキドキしてるの、バレなきゃいいんだけど……。
あーもう。お姉ちゃん大好きだ。
大好きだ。妹として。そして、一人の女性として。
ワタシは女の子なのに、お姉ちゃんのことが大好きなんだ。
それは『俺』としての感覚でもあるからこそ、なんだけど。
お姉ちゃんを独占したい。
だからワタシは、この旅に同行している。
お姉ちゃんが申し込まれた結婚を、邪魔するために。
王都が目的地だから、相手は貴族か、王族だろう。
……本当なら、絶対にしちゃいけないことだ。
ワタシは家族で妹なんだし、お姉ちゃんの幸せを考えるなら祝福しなくちゃいけない。
でも、だめなんだ。
ワタシにはお姉ちゃんが必要で、お姉ちゃんのいない生活なんて、人生なんて考えられない。
ワタシは何も出来なくて良い。神様からのチートスキルもなにもいらない。
お姉ちゃんがいれば、それでいい。
「大丈夫だよ~。シアちゃんは私のお嫁さんだから~」
「っ……」
まるで心を見透かされたかのように、お姉ちゃんが囁いてくる。
あ、だめ。耳元、くすぐったい……!
「む・し・ろ。シアちゃんはお姉ちゃんのものなのだ~」
「きゃ~っ」
お姉ちゃんはのぼせている。
ワタシものぼせている。
だって、こんなにも密着して抱き締められて間近でお姉ちゃんの色っぽい言葉なんて聞いてたら、頭が沸騰してしまう!
「……………………………お前らに自重という文字はないのか?」
「っ!?!?!?!?!!!!?」
「あ、ふ~ちゃんだ~」
ワタシを冷静に引っ張り戻したのは、ふーちゃんの呆れた声だった。
「出会ってまだ一日じゃが、お前らがどーんな奴かはよくわかったのじゃ」
その声は呆れた、というより疲れた声色だ。
ふーちゃんはやれやれ、と肩をすくめるとワタシたちからちょっと離れたところで腰を下ろした。
「えー。姉妹のスキンシップだから普通だよ~」
いやいや、普通ではない。
普通ではないけど、ワタシたちにとっては普通というか嬉しいというか最高というかお姉ちゃん大好きというか。
「……妾にも姉様が生きてれば、同じようにしていたのかもな」
ワタシたちを見てうんざりしながら、ふーちゃんは不意にそんなことを呟いた。
あまり触れてはいけない話題――とわかっているのに、お姉ちゃんは知ったことかと拾ってしまう。
「お姉ちゃんがいたの?」
「うむ。……妾が生まれた時に病気で死別してしまったらしい」
寂しそうに語るふーちゃんの横顔を眺めながら、ワタシたちも深く湯船に浸かる。
さすがにはしゃげる空気ではなくなったので、お姉ちゃんをワタシを抱き締めるだけに留まっている。
だから背中におっぱいがぁ!
「そっか。だからふーちゃんはランさんが大切なんだね~」
「む? むぅ。まあ、そうじゃな」
お姉ちゃんはわかったとばかりにうんうんと頷いている。
ふーちゃんとランさん。まるで姉妹のようにそっくりな二人。
けれど二人は主と従者。主君と騎士。それは決して姉妹のような関係ではない。
「ランは妾の我が儘を聞いてくれる素晴らしい奴なのじゃ。妾――ユリアルに仕えるよりも、もっと上を狙うべきなのに、な」
「え~? でもランさんはふーちゃんのことが大好きだからここにいるんでしょ?」
「そう思うか?」
「うんっ。いろんな旅はしてきたけど、ふーちゃんとランさんみたいな距離の従者はいなかったよ~」
お姉ちゃんは自分の人生経験をもとにふーちゃんをフォローしている。
ワタシは……うん、特に言うことないなぁ。というか、人生経験ミジンコのワタシが言ったところで……!
「……うむ。うむうむ。ありがとうなのじゃ!」
ざばぁ、と水をかき分けてふーちゃんが立ち上がった。
わ、わ、全裸なんだから隠そうよ! 湯気! 湯気、仕事してー!
「妾とランで、明後日の武術大会を制覇して見せるわ! そして、ユリアル家の名をもっと広めてくれるわ! そうすればランのことを妾が難しく考えなくていいのじゃ!」
「うんうん。がんばれ、ふーちゃんっ」
「ワタシも、応援してるからね」
「うむ!」
ふーちゃんはニカッ、とお日様のような笑顔になってくれた。
人を惹きつける、いい笑顔。
「ってお姉ちゃんそろそろ離れない? 熱いんだけど」
「大丈夫! 私は熱くないから!」
「ワタシが熱いんだよっ!?」
「ふふふ。よいではないか、よいではないか~」
「あ、ひゃん、ちょ、ちょ――!」
……静かにお風呂に入りたいね、うん!