お姉ちゃんの向き不向き。
フラウロスの屋敷に戻ってくると、待ちかねたとばかりにふーちゃんはお姉ちゃんを連れて中庭に向かった。
ワタシはメイド長さんを捕まえて、魔法服が乾いている事を確認する。
うん、やっぱり街中でメイド服は恥ずかしかったしね!
「ふぅ。やっと落ち着いたよ」
幸いなことに魔法服は乾燥まで終わっていた。
いつものシャツに袖を通して、ローブを羽織る。
帽子は……まあ、室内だし被らなくていいや。
ちょうど着替え終わったところで、こんこん、と扉がノックされる。
どうぞ、と声を掛けるとランさんが入ってきた。
「特にシワとかはありませんか?」
「はい、大丈夫です」
「そうですか。メイド長には話を通してありますので、メイド服は洗濯した後にお渡しします」
「……あ。そうでしたね」
メイド服を貰えたから特別嬉しい、ってことはない。
けれど、お姉ちゃんはきっと喜ぶんだろうなぁ。
ランさんも狂喜乱舞するお姉ちゃんを想像したのか、苦笑いを浮かべている。
「シアン様とプリム様は、本当に仲がよろしいですね」
「仲がいいというか、お互いにシスコンというか。おかしいですよね、姉妹なのに」
いくら仲の良い姉妹だからって、ワタシたちの関係はちょっと異常なほどだ――とワタシは思っている。
普通の姉妹なら、もっと殺伐というか、そっけないものだ。
それは魔法学院に通ってる頃によく見た光景だしね。
「いえ、素晴らしいものだと思います」
でもランさんは、笑わないでくれる。
否定しないでくれる。むしろ、肯定してくれる。
「そうですか?」
「ええ。大切な家族なのですから、お互いを尊重し、支え合う。それは立派なことです」
「……えへへ」
困ったな。ちょっと自嘲気味にぼやいたことなのに、ランさんは丁寧にフォローしてくれる。
あまりにもこそばゆくて、くすぐったい。
お姉ちゃんとの絆を認められたようで、すっごく嬉しい。
「私にも、それが出来れば――……いえ、なんでもありません」
「……?」
ワタシを羨んだ眼で見てくるランさんは、ワタシを見て、そしてどこか遠くを見つめていた。
懐かしさと少しの後悔を孕んだ眼だ。
なにか、あったのかな。
「行きましょう。お二人は中庭で稽古をなさっているはずです」
不自然な空気を遮るように、ランさんはにこやかに微笑を浮かべた。
「もうふーちゃんがダウンしてたらどうしましょうか」
ふーちゃんがいくら優れていても、お姉ちゃんとの差は圧倒的だ。
手加減が苦手なお姉ちゃん相手に、ふーちゃんがどれだけ食らいつけるか。
というかお姉ちゃんって誰かに物事教えるの、上手かったっけ?
*
「シアン。シアーン! なんじゃプリムは、なんじゃプリムは!?」
「あーっ。シアちゃん着替えちゃった~!」
中庭に着くや否やふーちゃんが飛びついてくるし、お姉ちゃんが残念な声をあげてくるう。
いきなりすぎてどっちから対応すればいいのやら。
お姉ちゃんはメイド服の事を言いだしてくるから、ふーちゃんだね。
「どうしたの、ふーちゃん」
ダウンはしてないようだけど、飛び込んでくるくらいだから特訓は終わったのだろうか。
いや、多分終わってない。というか特訓にならなかったんだと思う。
「プリムの説明がわからなすぎるのじゃ!」
「……あー」
お姉ちゃんは先生に向いてない。
うん、だいたい予想通りだ。
「え~? そんなことないよ~」
お姉ちゃんは可愛らしくぷんぷんと怒っている。
「……お姉ちゃん、どんな風に教えたの?」
「んー」
ものは試しにと、お姉ちゃんに実演を求めてみる。
お姉ちゃんは口元に指を当てながら少し思案して、中庭に鎮座している木の人形を指差した。
「ふーちゃんが、魔法であの人形を吹き飛ばしてくれ、って言ったから、こうっ」
お姉ちゃんの指先につむじ風が巻き起こる。
ふーちゃんは風属性の魔法しか使えない。だからふーちゃんのために風属性の魔法で再現しているのだろう。
「えいっ」
でも、お姉ちゃんは失念している。
自分の行動は全体攻撃で、しかも三回分になるってことを――。
「……はぁ」
ワタシのため息と共に、木の人形が吹き飛ばされた。
だん、だん、だん、と何回も地面に着地を繰り返して、ようやく転がり落ちてくれた。
地面に落下した人形はもう酷い有様だ。
ぼろぼろのずたずただ。全身は風に切り刻まれ、無残に空に放り出されたのだから、当然だ。
「こう、ぎゅいーんって指先に魔力を集めてずかーんっ! ってやるだけだよ?」
「お姉ちゃん、それで魔法が使えたら世の中から魔法学院の存在意義がなくなっちゃうよ」
「えぇっ!?」
どうやらお姉ちゃんは自分の感性がズレていることに気付いていない。
まあ、しょうがないんだけどね。
一人で冒険者をやっている以上は、誰かに師事したりされたりはなかった筈だし。
「SSSランクで最強のお姉ちゃんでも、向き不向きがあるんだよ。うんうん。感性は人それぞれだからね」
「し、シアちゃんが残酷な現実を突き付けてくるよ!?」
「というかワタシとしては、そんな感覚で難しい魔法ぽんぽんされてた方が残酷だよ!?」
お姉ちゃんが凄いのはわかってたけど、なんか散々勉強してたワタシが馬鹿みたいじゃん!?
「ほらふーちゃん。手を取って?」
「む?」
お姉ちゃんは教えるのが下手。ランさんは魔法を攻撃には使わないらしく、その所為か教えるには向いてないそうだ。
なら、ワタシが教えるしかない。
ふーちゃんの後ろに回り込んで、手に手を重ねる。
「ふーちゃん。ワタシの言葉に従ってみて」
「む? む?」
首を傾げながらも、ふーちゃんはワタシを信じて身を委ねてくれる。
右手を伸ばす。目標は、新しく用意して貰った人形だ。
「まず、目を閉じて、頭の中で魔法をイメージする。ふーちゃんは『風神の契り』だから、風のイメージだね」
「……うむ」
ふーちゃんが目を閉じる。賢い子だから、すぐにイメージは浮かぶだろう。
「次に、魔力を高める。頭の中から全身へ流れるエネルギーを、おへその下辺りに貯める感じで」
そっと、ふーちゃんのおへそ辺りに左手を這わせる。
ふーちゃんの身体が震えたけど、構わずに続ける。
「おへその辺りが熱くなってきたら、手への道を繋げるイメージを。全身からおへそへ、そして、魔法を放つ腕までも全部一つに繋げるイメージで」
「む、むむむ……」
僅かにだけど、おへそを押さえている左手が温かい。
ここまで密着してれば、少しくらいはこうやって魔力の高ぶりを感じることが出来る。
魔法学院に通って三年ほど、ずっとずっと繰り返してきたことだ。
「で、溜まった魔力を解き放つイメージに連動して、手を、突き出す!」
「――ブラストっ!」
ふーちゃんの手から放たれた風の弾が、一直線に人形に激突した。
風は一撃で人形を吹き飛ばす。ぼて、と人形が地面を転がったところで、ふーちゃんはぼんやりと目を開けた。
「で、出来た……のか?」
「…………妬ましい」
「シアン!?」
「ワタシなんかこの反復練習朝から晩までやっても一度も成功したことがないのにどうしてふーちゃんは一度で成功したのずるいよずるくないセンスの塊なの!?」
「のじゃー!?」
なんだろう、このもやもやは。ふーちゃんが魔法を使えて盛り上がる場面なのに。
これはもうずるいとしか言いようが無い。
ずるい。ふーちゃんはずるいっ。
「ワタシのミジンコさが際立ってしまうよ……!」
「妾が知るか!」
うぅ、なんだかすっごく惨めだよー!
「いえ、ですが素晴らしいです、シアン様」
「うんうん。シアちゃん凄いよ~!」
「ランさん? お姉ちゃん?」
二人ははち切れんばかりの拍手をワタシに贈ってくる。
ふーちゃんも少しむくれつつも、ワタシに拍手をしてくる。
「これまでにも何度か魔法を教えようとしたことはあったのですが、ここまでフリージア様が魔法を使えたことはありません」
「……うむ。とてもわかりやすい説明だったのじゃ」
「というかああやって使うんだね~」
お姉ちゃんの爆弾発言は置いといて。
どうやらワタシの教え方はふーちゃんにピッタリだったようだし、ランさんもかなり喜んでくれている。
「シアン。お主は教え方が上手いのじゃ。まるで教師じゃな!」
「えぇ? ワタシそんな歳に見えるの……?」
「違うわっ!」
教え方が上手い、と言われても。
ワタシはこのやり方をずっとずっと繰り返して、ようやく魔法を使えるようになったんだ。
今は手帳でショートカットしたりするけど、ちょっと前まではここまで時間を掛けてようやく、だったんだ。
だからこれは別に、褒められることではない。
むしろ、魔法学院の中でも落ちこぼれだったんだ。
「むぅ……。ま、まあ後は反復練習して、イメージが固まればもっと早く使えるようになるよ」
「うむ。出来たぞ!」
「はぁっ!?」
けらけらと笑いながら、ふーちゃんは何度も風の魔法で人形を吹き飛ばしている。
え、いや、ちょっと。
コツ掴むの早くない!? というかワタシよりもう上手じゃん!
「うむ。これなら十分に実践でも使えるのじゃ!」
「ふ、フリージア様はセンスはあると家庭教師に聞いていましたが……。日常生活で使う程度はすぐにマスターしていましたが、まさか、これほどとは」
ふーちゃんは楽しそうに人形で遊んでいる。
い、良いことなんだけど素直に喜べなーいっ!!!