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お姉ちゃんはちょっとだけ子供っぽい




「本当にいいんですか、ランさん」


「はい。メイド長に話は通してありますし、フリージア様の望みを最大限叶えるのが私たちの役目ですから」


 二日後の武術大会で、お姉ちゃんが実況と解説を任されたので、ワタシたちはそれまでフラウロスに滞在することになった。

 悪いのは絡んできたモヒカンなんだけどなー……。


 で、滞在するために宿を探そうと思っていたら、ふーちゃんが「うちに泊まればいいのじゃ」なんてさも当然のように言ってきた。


「妾が巻き込んでばかりなのじゃ。ユリアルの女は受けた恩は必ず返すのじゃ!」


「え~。私たち、ふーちゃんにそんなにしてないよ~?」


「何を言うかっ。命を救われ、無理難題を受けてもらった。その二つもあれば金一封くらいで済むものでは無いわ!」


 ちょっと困った顔をするお姉ちゃんだけど、ランさんの表情を見るにふーちゃんは意見を変えないだろう。

 だったらお言葉に甘えたほうがいい。

 それに、宿屋に滞在するのもお金が掛かる。

 いくらお姉ちゃんが稼いでくれるとはいえ、倹約は我が家のモットーだ。

 お金は使うべきところでしっかり使う。まあ主に衣食住にね。


「そもそもシアン様のお召し物をお返ししなければなりませんしね」


「あっ、そうでした」


 どたどたですっかり忘れていたけど、ワタシはまだメイド服のままだった。

 慣れてしまった自分が怖い。


「えー。シアちゃん脱いじゃうの~?」


「着替えるよっ。さすがに恥ずかしいし」


「じゃあランさん、このメイド服は買い取らせてください!」


「えっ!?」


 いきなりなにを言い出すのかなこのお姉ちゃんは!

 確かにゴブリンたちの報酬があれば買えるだろうけど、それだと宿屋を使わなかった意味がない!

 お願い、断ってランさん!


「は、はぁ。まあメイド服の一着二着程度なら、代金を頂かずにお譲りすることも可能ですが」


「シアンはメイド服が似合うから、なんならメイドとして雇ってもいいくらいじゃ」


 ランさんどころかふーちゃんまで敵に回った!?


「だめです。メイドシアちゃんはお姉ちゃんのものですから!」


 ワタシの意見は主張する前に封殺されてしまった。


「えっへへ~。シアちゃん、たまにお姉ちゃんのために着てね?」


 うぐぐ。その笑顔はずるいよぅ。

 ワタシがお姉ちゃんの"お願い"を断れないの、知ってるくせに。


「……たまに、だよ?」


「うんっ」


 ああもう、単純な自分が恨めしい。笑顔のお姉ちゃんを見て幸せになっちゃうんだから。

 もう仕方ないんだ。ワタシより大人なのにどこか天然で子供っぽいこのお姉ちゃんが大好きだから。


「っと、そうじゃそうじゃ。泊まるついでにプリムにもう一つ、頼みがあったのじゃ!」


 ぽん、とふーちゃんが手を叩く。

 お姉ちゃんは「ん~?」と間延びした声で返す。


「武術大会まであと一日猶予がある。その間に妾の特訓に付き合って欲しいのじゃ!」


「特訓?」


「うむ。妾の優勝を確実にするために、出来ることをなんでもするのじゃ!」


 そこで情報収集とか誰かを罠に陥れたりしない、という辺りがふーちゃんらしいというか。貴族って聞くと大抵は嫌味な人ってイメージが浮かぶけど、ふーちゃんは真っ直ぐだ。


「ランさんがいるよね?」


「ランとの鍛錬はお互いに手の内を理解しすぎててな……」


「はい。私の戦法ばかりでは視野が狭くなってしまいます」


 ふーちゃんに合わせるようにランさんまで頭を下げてくる。

 そこまでされたらお姉ちゃんだって断らない。


「うん。わかった。私がどこまで協力できるかわからないけどねー」


「ありがとうなのじゃ! ラン、さっさと帰るぞ!」


「畏まりました」


 お姉ちゃんの承諾を受けたふーちゃんに、笑顔の花が咲いた。

 ワタシたちをすっかり忘れて駆け出すふーちゃんに、お姉ちゃんを顔を見合わせて苦笑いする。

 あそこまで真っ直ぐなふーちゃんが、羨ましい。


「シアちゃんも特訓に付き合う? お姉ちゃんが手取り足取り教えてあげるよ?」


「え、いいよ。ワタシは戦闘とは無縁だから」


 そもそもワタシじゃふーちゃんの特訓相手すら務まらない。

 ワタシは自分のステータスは把握しているし、ある程度魔法が使えればそれでいい。


「えー、シアちゃんと一緒に汗かきたいなー」


「お姉ちゃん」


「うん?」


「人には向き不向きがあるんだよ?」


「大丈夫大丈夫! 疲れたら私がすぐに治して――」


「人には向き不向きがあるんだよ? あるんだよ? わかる? ねえ、わかった?」


「わ、わかりました。……し、シアちゃんが怖い」


 怖い?

 なんのことだろう。ワタシはじーっくりお姉ちゃんに言い聞かせただけだよ?

 人には本当に向き不向きがある。

 ワタシは戦闘どころか魔法使いにだって向いてない。

 秀でたスキルも持ってないけど、お姉ちゃんの生活を守るくらいはできる。


 そう、だからワタシは戦わなくていい。

 お姉ちゃんが稼いでくれる。ワタシはそれでお姉ちゃんを支える。

 うんうん。最高な図式だ。


「……うぇー。シアちゃんにこの話題はアウトだったの忘れてたよー」


「ミジンコステータスのワタシを知っていてどうしてその発想が出るのか、そっちのほうが不思議だよ」


 なんせワタシのステータスは一般人以下だ。とてもじゃないが異世界転生した存在とは思えない。

 お姉ちゃんがいなければ生きていけないちっぽけな存在、それがワタシだ。


「あ、シアちゃんほらほら。クレープがあるよ食べよっ?」


「誤魔化す気満々だよね!? ……食べるけど」


 お姉ちゃんは明らかに誤魔化すために街角のクレープ屋に駆けていった。

 そういえば、こっちの世界にクレープなんてあるんだね。

 記憶を遡ればこっちの世界で食べたこともあるんだけど……うん、ついつい前の世界と比べちゃうね。


 クレープ、か。

 小麦を使った生地に生クリームとかチョコとか果物を挟んで巻いて。

 口の中に入ればそれらが折り重なった濃厚な味が広がって……。


 じゅるり。


 うん。思い出したら急に食べたくなってきた。


「シアちゃーんっ! チョコと生クリーム、どっちがいい?」


 両手に一個ずつクレープを持ってお姉ちゃんが戻ってきた。


「うーん。チョコ!」


 生クリームも好きだけど、やっぱりここはチョコレートでしょ!

 少し悩んで上で、チョコを選ぶことにした。

 好きなんだよね、チョコレート。


「はむっ」


「あむあむ……。うん、やっぱりクレープは美味しいね~」


 口の中で蕩ける甘み、ほんわり感じるビターな苦み。それらを包む生地自体の甘さが堪らない。

 惜しむらくは中に果物が何も入ってないところ。バナナとか入ってたら嬉しいんだけどなー。


「……じー」


「……どうしたの?」


 三口ほど食べたところで、お姉ちゃんからの視線に気付いた。

 じーっと、チョコのクレープを見ている。

 顔を向ければお姉ちゃんの手にはもうクレープはなかった。

 ……物足りないのかな?


 お姉ちゃんは、たまにどうしても燃費が良すぎる時がある。

 時々だけど、異様にお腹が空いてしまうらしい。

 冒険者っていう過酷な職業の影響なのかなぁ。


「お姉ちゃん、食べる?」


「えっ」


 ワタシの言葉に、お姉ちゃんは「いいの?」と視線で語りかけてくる。

 だからワタシは、押しつけるようにクレープを渡す。


「チョコも美味しいから、お姉ちゃんにお裾分け」


 これが、ワタシたち姉妹の合い言葉。

 ワタシがどんな理由を付けても、お姉ちゃんはワタシを優先しようとする。

 だから、ワタシから分けたって言えば、お姉ちゃんも渋々だけど受け取ってくれる。


「えへへ。シアちゃんは優しいな~」


「そんなことないよ」


 ワタシはお姉ちゃんの笑顔が見たいんだ。

 お姉ちゃんはわかりやすいから、美味しいモノを食べるだけでもワタシの大好きな笑顔を見せてくれる。


「そんなことないの。シアちゃんは昔からずーっと、お姉ちゃんに沢山いろいろくれてるんだから」


 誰よりも幸せそうにクレープを頬張るお姉ちゃん。

 はぁー。可愛い。ワタシより年上で二十歳なくせに、なんて子供っぽくて可愛いんだ。


「お姉ちゃんの食事はワタシが支配してるしね」


「うんうん。お姉ちゃんはシアちゃんがいないと生きていけないんだよ~」


「そんな大げさな」


 でも、お姉ちゃんからそう言ってもらえるのは、本当の本当に嬉しい。


「しかも今日はシアちゃんと間接キスできたしね! クレープの味も百倍増しだよ!」


「っ!?」

子供っぽい二十歳って凄く魅力的じゃないですかぼくはそう感じてます。

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