お姉ちゃん、実況を引き受ける。
「……そー。うん。誰もいないね」
お姉ちゃんが路地裏から顔を出して通りを伺う。
流石にあれだけの騒ぎを起こせば誰かがワタシたちを探していてもおかしくないけど、どうやら杞憂だったようだ。
ワタシたち、というよりお姉ちゃんを探している人はどこにもいない。
こっそりと、逃げるように路地裏から表通りへの脱出に成功する。
「どうしよっか」
「コロッセオに戻ろうか、お姉ちゃん?」
「やだ」
「やだって……」
お姉ちゃんはつーん、と唇を突き出して拗ねてしまう。
気持ちはわからないでもない。コロッセオに戻れば否が応でも矢面に立たされる。
「シアちゃんを苛める人がいる場所に戻る必要なんて、ないんだよっ」
これである。
ワタシを思っての言葉だからあんまり否定できない。
「でも、ふーちゃんたち置き去りにしてるんだよ?」
「……あ」
ワタシたちはコロッセオを飛び出してしまったから、ふーちゃんやランさんを置いてきてしまった。
二人ともこれから武術大会のテストを受けるはずだ。
約束はしてないけど、黙っていなくなるのは流石にダメだ。
「ほら、戻ろう。ね?」
「……いーやーだー」
「お姉ちゃんっ」
「いーやー! シアちゃんを危ない目に遭わせるくらいなら自決した方がマシなのー!」
むぎゅぅ、と抱き締められる。
ま、またおっぱいに埋もれる、おっぱいに溺れる!
抱き締めてくるお姉ちゃんの手をタップして、辛くも解放して貰う。
ぜー、はー。
「お姉ちゃん、いいから行くよ」
「やーだー!」
「大丈夫。ワタシは比べられることなんて慣れてるから」
……あんまりお姉ちゃんに嘘は吐きたくないけど。
正直に言えばお姉ちゃんと比べられることはいつでも嫌だ。
でも、ワタシになにもないのは事実だし――それに。
「お姉ちゃんはワタシを守ってくれるでしょ?」
「うぅ。そうだけど~」
「だったら大丈夫だよ。ワタシの大好きなお姉ちゃんが傍にいるから、ワタシも怖くない」
「シアちゃん……うぅ、シアちゃんは天使だ~~~~~~っ!」
「だったらお姉ちゃんは女神だよ~~~~~~っ!」
はぐっ!
もう一度お姉ちゃんと抱き締め合う。
「……何をやっとるのじゃ。お前らは」
「姉妹仲がよろしいのはけっこうですが……衆人観衆の前では控えた方が、その、よろしいかと」
「「……ごめんなさい」」
聞き慣れたのじゃ口調かと思ったら、ふーちゃんが呆れるような視線でワタシたちを見つめていた。
ランさんなんかは少し頬を赤く染めている。
「あははー、で、ふーちゃんとランさんはテスト終わったんですか?」
それでもワタシから離れようとしないお姉ちゃんはたいしたものだ。
ワタシなんか恥ずかしくて顔から火が出そうなのに。あ、お姉ちゃんから離れるわけじゃないけど。
「まったく問題ないのじゃ」
「ええ。無事に終了しました。あとは当日を待つだけです」
「よかった~。騒ぎ起こしちゃったから、中止にさせちゃったら悪いからね~」
「いえ。事情が事情ですから。あの男性は適切な治療を施した後、運営スタッフより厳重な警告が与えられます」
……っほ。
それならお姉ちゃんに何かお咎めが来たりはしないだろう。
そもそもナンパしてきたのはあっちなんだ。ワタシたちは何も悪くない。
「ですが、その」
「どうかしたんですか?」
ランさんが少し言いづらそうに、言葉に詰まっている。
「運営としても、出場禁止にしてるプリムがコロッセオにいたことの事情を説明してほしい、と言っておったのじゃ。まあそれは妾たちの護衛兼付き添い、ということで納得はしたが」
「したが?」
ランさんに変わってふーちゃんが一歩前に出た。胸の前で腕を組んで、やれやれとため息を吐く。
「『紅雷の聖母』の影響力はそれだけあるのだから、そこを当人にきちんと理解して貰うこと。そして」
ふーちゃんが空を指差した。
頂点で目映い光を放つ太陽に宣言するように。
そして、お姉ちゃんを指差した。
「お咎め無しの代わりとして、明後日の武術大会で解説にはいってほしい、とのことじゃ」
「ほぇ?」
「解説?」
……えー。どうしてお姉ちゃんが。
「そんな不満顔をするでないシアン。妾とて抗議はした」
「ですが運営側も一度起きてしまった騒ぎを沈静化させるために相当苦労していましたので、断りづらく」
この街を取り仕切っているのはふーちゃんのユリアル家だ。
けれど、武術大会はその規模から考慮するとユリアル家の一存で決めてはならない部分もあるという。
ふーちゃんとしてはそれが最大限譲った結果らしい。
「ちなみにあのモヒカンには騒ぎを起こしたとして罰金刑にしたのじゃ」
「うっ」
「まあプリムなら払える額じゃが、騒ぎを起こしておいて金で解決した、はイメージが悪くなると思ってのう」
まあ、ふーちゃんの言いたいことはわかる。
騒ぎが起きた以上は、どちらにも非がある。
ワタシたちが被害者ってのはあの場にいた誰もが理解してくれているが、お姉ちゃんの高名さを考えれば落ち度がある。
というか、そういうケチを付けられてしまう。
お姉ちゃんはそれだけ有名なのだ。有名税、と言えばいいのか。
「むー」
「むくれるなシアン。お主らが王都への旅をしているのは知っておる」
ふーちゃんはお姉ちゃんが『どうして』王都に行くのかは聞いていない。
そこら辺を探らないあたり、ふーちゃんは器が大きい、とワタシは思っている。
お姉ちゃんの人柄を知っていれば、悪いことをするわけではないってすぐにわかるしね。
「そこで、じゃ。プリム、お主が実況・解説を引き受けてくれたら、ユリアル家の馬車を貸し出そう」
「……うーん」
ふーちゃんの申し出は非常にありがたいものだった。
お姉ちゃんは基本的に倹約家だから、王都への旅に馬車を使う予定は全くなかった。
けれどふーちゃんから馬車を借りることが出来れば、大幅に時間の短縮と労力を減らすことが出来る。
「でもー、参加できない大会の実況をしてもつまらないよ~」
「お、お姉ちゃん……がくり」
どうやらお姉ちゃんが渋っていたのは――自分が大会に参加できない不満を抱えていたからだ。
「別に徒歩でも辛くないしね~。シアちゃんが疲れたら私が抱っことかおんぶすればいいし!」
「やめてそれだけは恥ずかしくて死んじゃう」
「じゃあ鞄にしまっちゃうよ! っふふ。そしたらシアちゃんを独占だぁ」
お姉ちゃんはどこまでもマイペースだ。
……ワタシとしては、お姉ちゃんの実況もとい、お姉ちゃんが携わってきた事に興味がある。
冒険者として魔物を狩るだけではなく、他の冒険者たちと武を競い、そして勝ち取ってきた過去がある。
その空気に少しでも触れることが出来れば――ワタシはもうちょっと、お姉ちゃんのことを知ることが出来る。
「お姉ちゃん、引き受けようよ」
「え~?」
「馬車を借りれれば、何もなければワタシを抱き放題だよ」
「わかった任せてふーちゃん! お姉ちゃんが完璧な実況も解説もしちゃうから!」
ば、馬車の荷台の中なら見られることもないし、それくらいならワタシもどんとこいだし!
け、けっして全部ワタシの我が儘を通してるわけじゃないし!
そう、これは作戦なんだよ! 馬車の中でお姉ちゃんと密着できればお姉ちゃんはもっとワタシにメロメロになるから、そのまま結婚しない流れに出来るでしょ!
「お、お主らはどこまでマイペースなんじゃ……」
お姉ちゃんのころっと変わる対応にふーちゃんが頭を抑えている。
うんうん。お姉ちゃんが冒険者になったばかりの頃はワタシもそうだったよ。
「えへへ。姉妹だからねっ」
お姉ちゃんはそんなふーちゃんのことなんてお構いなしに女神の笑顔を向けてくる。
「そうだよ。お姉ちゃんとワタシは仲良し姉妹だよっ」
「ねーっ!」
二人で笑い合うと、ふーちゃんに我慢の限界が訪れた。
「この、シスコン姉妹がー!」
ワタシたちはひとしきり笑い合って、フラウロスへの滞在が決定した。