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お姉ちゃんはご立腹。




 コロッセオの中は一際暑苦しかった。

 わいやわいやと賑わっているけれど、基本的に人柄が悪そうな人ばかりだ。

 顔に傷があるのは勿論、至る所に傷が残っている人もいる。

 見るからに痛そうだ。


「フリージア・ユリアル様ですね。はい、年少の部で受付しました」


「うむ、感謝なのじゃ!」


「続けてランスロット・アーデラ様ですね。フリー部門への受付、完了しました」


「ああ、ありがとう」


 ふーちゃんたちは無事に受付を済ませることが出来た。

 武術大会への申し込みはこれで完了だけど、次は体調面・精神面でのテストがある。

 大きな大会だから、けっこう気を遣っているらしい。


「懐かしいなぁ~」


 お姉ちゃんは辺りをキョロキョロしながら懐かしさに耽っている。

 昔のお姉ちゃんは、お金を稼ぐ、という目的のためにこの大会に出場していた。

 結果は優勝。

 それも、試合にすらならないほど圧倒的で。


「お姉ちゃんの時とそんなに変わってないの?」


「そうだねー。あーでも、昔よりピリピリしてないかな~」


 当時の光景を思い出すように、お姉ちゃんはうんうんと頷いている。

 しかしながら、やけに周囲の視線が気になってしまう。


「おい見ろよ。プリム・ソフィアだ」

「『紅雷の聖母』だろ? 出場禁止になったはずだぜ」

「おいおい思った以上に美人じゃねえか。隣にいるメイドも可愛いしよぉ」


 いやまあメイド服のワタシがいて、さらにその隣にお姉ちゃんもいるからね。

 お姉ちゃんはワタシたちを眺めてる視線に気付いてるのかいないのか、いつも通りののほほんとした表情で受け付け付近をキョロキョロしてる。


「なあアンタ、プリム・ソフィアだろ」


「はい?」


 そんなお姉ちゃんに声を掛けてきたのは、モヒカンが実によく似合う褐色肌の大男。

 モヒカンで、肩パッドして、全身傷だらけ。

 わーすごい。一昔前によく見掛けたモブキャラとそっくりだ。


「出場禁止なはずだが、っへへ。どうしてこんなとこにいるんだい? 男でも探しにきたか?」


 モヒカンのゲスい声が気持ち悪い。

 ヘビのように舌なめずりをして、お姉ちゃんをつぶさに観察している。


「いえ? 私は付き添いで来ただけですよ~。出場は禁止されちゃってますし、ね」


 お姉ちゃんは慣れたように答えていく。

 あ、そっか。お姉ちゃんは美人さんだから、当然こういう風に絡まれることも少なくないはずだ。

 ワタシの知らない所でお姉ちゃんが困ってるっていうのは、もどかしいな。


「付き添い、ねえ。じゃあもう用事は済んでるだろ? 俺様と少し遊ぼうぜ」


 ……モヒカンは明らかにお姉ちゃんを『そういう目』で見ている。

 下心満載というか、気持ち悪い視線だ。


「え~? 大丈夫ですよー。私、この街にはちょっと用事があって寄っただけですから、すぐに出立しますし」


 お姉ちゃんはできる限り穏便に事を済ませようとしている。

 こんな奴、さっさとボコしちゃえばいいのに。

 お姉ちゃんの対応にちょっと不満を抱きつつも、巻き込まれないように静観する。

 お姉ちゃんもワタシを巻き込まないためか、モヒカンからの視線を集中させるように一歩前に踏み出した。


「いいじゃねえか少しくらい。俺様は顔が広いんだ。なんだったら馬車でもなんでも用意してやるから――」


「結構です。しつこい人は嫌いです」


 しつこいモヒカンの言葉を、お姉ちゃんはピシャリと拒絶の言葉で遮った。

 奥の方でくすり、と笑い声が聞こえた。

 そりゃ大観衆の中でナンパが失敗すれば、笑いものになるのは当然だ。


 ざまーみろ。べー。


「っけ。いいぜいいぜ。だったらよ、そこのメイドさんが付き合ってくれればいいぜ?」


「うぇ!?」


 何でいきなり矛先がワタシに向けられるの!?

 うぅ、気持ち悪い。全身を舐められるような視線がとことんワタシを不快にしていく。


 ワタシの腕を掴もうと、モヒカンの腕が伸びてくる。


 ――怖い。


「なあいいだろ。楽しく、そして気持ちよくしてやるからよぉ」


「ひっ……」


 手を伸ばしてくるモヒカンから逃れるように、お姉ちゃんの背中に隠れる。


「っへ、隠れんなって――」


「――黙りなさい」


 バン、て音が聞こえたと思ったら、いつの間にかモヒカンは腕を押さえて後退りしていた。


「……お姉ちゃん?」


「私の大切な妹に、手を出さないで」


 お姉ちゃんは鋭い目つきでモヒカンを睨んでいた。

 そのあまりの迫力に、誰もが足を止めて状況を見守っている。


「いてて……ったく、妹だぁ?」


 モヒカンは表情に怒気を混ぜながら、威圧するように一歩詰めてくる。

 近づかれれば近づかれるほど、その巨体さに尻込みしてしまう。


「こ~んな魔力もなにも感じないちっぽけなガキが『紅雷の聖母』の妹だぁ? おい聞いたかお前ら! 髪も目もなんも似てねえで姉妹だぁ? おいおい、『紅雷の聖母』様はいつから嘘つきになったんだぁ?」


 モヒカンの言葉で、周囲がざわめきだす。

 ……それは、ワタシ自身が一番知っていることだ。

 ワタシとお姉ちゃんは、髪の色も、目の色も、ステータスも、何もかもが違う。


 端から見れば姉妹とは思えない――けっこう昔に、やんちゃな友達に言われたことがある。


 わかってる。わかってるよ。

 ワタシは、お姉ちゃんの妹なのに――何もかもが違うし、誇れるモノなんて、なにもないってことくらい――!


「黙れ、と言ったのが聞こえなかったの?」


 ひゅん、と小さな音と共に――お姉ちゃんの声が、周囲を黙殺した。

 モヒカンが後退り、口を抑えている。

 風の魔法で、舌を切られた?


「あ、が……! し、しら()が、しら()がぁっ!?」


「シアンちゃんは、戦うことしか出来ない私とは違う、優しい妹。シアちゃんを侮辱する人を、私は絶対に許さない」


 それは、今まで見たことのないお姉ちゃんの一面で。

 いつものほわわかな空気は一切なくて。

 凛とした表情で、お姉ちゃんは周囲を睨み付けていた。


 ぎゅ、とお姉ちゃんが抱き締めてくる。

 温かい。柔らかい。甘い匂い。

 いつもの大好きなお姉ちゃんだ。


「……わ、悪かった」


 誰が言い出したかはわからないけど、どこかから謝罪の言葉が漏れた。

 誰も寄せ付けないオーラのお姉ちゃんから逃げるように、周囲の人が身体をずらしていく。

 出来上がった道を、お姉ちゃんは歩き出す。

 ワタシはお姉ちゃんにしがみついて、一緒に歩く。


 ……あ、ふーちゃんもランさんも置いてきちゃった。

 でも、今のお姉ちゃんを放っておけない。




 コロッセオから出たワタシたちは、一目散に路地裏に逃げるように駆け込んだ。


「……お姉ちゃん、大丈夫?」


「え? あ、ああうん! 大丈夫だよ!」


 やっといつもの表情に戻った。でも声に力はなくて、弱々しい。

 お姉ちゃんのこんな表情は、一度しか見たことがない。

 お父さんと、お母さんがいなくなった日――あれ以来、こんな弱ったお姉ちゃんは見たことがない。


「それよりもごめんねシアちゃん!」


 ……なんで、お姉ちゃんが謝るんだろう。


「怖い思いしたよね。もう大丈夫だからね?」


 お姉ちゃんは、ワタシを心配してくれている。

 どこまでも温かい思いをワタシに向けてくれる。


 なんて言えばお姉ちゃんが喜んでくれるか、わからない。

 だからワタシは、ぎゅぅ、とお姉ちゃんを抱き締めた。


「……シアちゃん?」


「ぎゅー」


「あはは。苦しいよ~」


「ぎゅーっ」


「……うん。ごめんね」


「謝ることなんてないよ。お姉ちゃんは悪くない」


 むしろ、出来損ないのワタシが悪いだけで。

 ああ、嫌なことを思い出しそうだ。

 ワタシとお姉ちゃんは違うんだ。大好きなお姉ちゃんだ。

 だから――比べないで。


「お姉ちゃんは、ワタシの自慢のお姉ちゃんだよ。SSSランクの冒険者で、ワタシを守ってくれる、凄い人なんだ。ワタシはそんなお姉ちゃんが、大好きなんだっ」


「~~~っ! シアちゃんシアちゃんシアちゃ~~んっ!」


 ぎゅぅぅぅ、とお姉ちゃんがもの凄い力で抱き締めてくる。

 く、苦しい。でも、嬉しいんだ。

 お姉ちゃんがワタシのために怒ってくれる。

 もうそれだけで、ワタシは幸せ者だ。

百合の間に入ってくる男はいらないんだ。

作者は壁となって二人を見守りたいだけなんだ。

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