その日ワタシは、思い出した。
プリム・ソフィアは世界最強の冒険者で、ワタシの自慢のお姉ちゃんだ。
――シアン・ソフィア。
艶やかに流れる赤い髪は、肩甲骨辺りまでストレートに伸びている。
透き通る青空色の瞳は、星が輝くような煌びやかさを抱いている。
幼さを残しつつも、「美人」と断言出来る整った顔立ち。
少し垂れ目だけどそれもまた愛らしい。
豊満な肢体。締まるところはしっかり引き締まっている抜群のボディスタイル。
まさしくぼん、きゅっ、ぼーん。
街を歩けば男の人がすぐに振り向くほどの絶世の美人さん。
優しさは聖母もかすむ慈愛の精神。
朗らかさに誰もがお姉ちゃんに心を砕く。
それでいてお姉ちゃんも気さくに振る舞うから、同性にも異性にも友人が多い。
それが、ワタシの四つ年上のお姉ちゃん――プリム・ソフィアだ。
ズキン、と頭の奥に頭痛が響く。
パサリ、と手に持っていた手紙が床に転がった。
「……あー、いったい」
風邪を引いた時とは違う、どこか違和感のある頭痛。
……あれ。ここ、どこ?
違う。ここはワタシたちの家だ。
……俺は、水無瀬瑠璃、だよな?
違う。ワタシはシアン・ソフィア。
頭の中がぐるぐるする。
うずくまって、耳を塞ぐ。
俺は普通の男子高校生だ。/ワタシはちょっと引き籠もりの、学院生。
「シアちゃん、大丈夫!?」
声が聞こえてくる。
ワタシを心配してくれていて、それでいて優しさが感じられる声。
ワタシの好きな声。俺も好きな声。
「……おねー、ちゃん?」
「そうだよ。シアちゃんのことが大好きなお姉ちゃんだよ! どうしたの大丈夫回復魔法かけてあげようか!?」
がくがくと身体を揺さぶってくるお姉ちゃん。
あーもーやめてやめて余計にあーたーまーがー……。
「……きゅう」
「シアちゃーーーーーん!?」
消えていく意識の中で、俺はぼんやりと思い出した。
ああ、そうだ――俺は、水無瀬瑠璃は。
死んだんだ。
*
なんてことのない平凡な人生だった、と水無瀬瑠璃は自覚している。
普通の高校生だ。特にこれといった特徴もなく、強いて言うならラノベを読むのが好きなくらい。
あーあと、こんな名前で性別:男だったからよく同性にからかわれてたか。
とはいえそれくらいなだけで。
俺はある日に、交通事故に巻き込まれて、死んだんだ。
「……ん」
目が覚めれば、頭痛はすっきり消えていた。
むしろ意識がはっきりしている。
俺――いや、ワタシは、自覚した。
自覚してしまったからこそ、頭がすっきりしたのだろう。
「シアちゃん起きたーーー! よかった、よかったよ~~~~!」
「わぷっ!?」
目覚めてすぐになにか柔らかいモノに包まれた。
ふよんふよんのぽよんぽよんだ。大好きな枕でもこれほど極上な柔らかさは感じられない。
「シアちゃんシアちゃんシアちゃーーーん!」
耳に届くワタシを呼ぶ声はお姉ちゃんのものだ。
頭をわしゃわしゃと撫でてくる。あ、これ、好き。
「お、お姉ちゃん。く、くるしいって」
「苦しい!? どこが悪いの!? なんだったらお姉ちゃんが万能薬取ってくるよ!」
「待ってそれってSランクのクエストじゃなきゃ手に入らない奴!」
どうやらワタシはお姉ちゃんのおっぱいに押しつけられているようだ。
心配するお姉ちゃんに抵抗して、もがいておっぱいから脱出する。
「ぷはっ」
「きゃんっ」
お姉ちゃんから身体を引き剥がす。
あ、危なかった。もう少しで別の意味で昇天しそうだったよ……。
「本当に大丈夫なの?」
「……あー、うん。大丈夫」
顔を覗き込んでくるお姉ちゃんにドキリとする。
あ、あれー。どうしてお姉ちゃんにドキドキしてるんだろう。
ワタシを心配してくれている表情。
お姉ちゃんの不安げな感情は、ワタシだけに向けられている。
どくんと、心臓が脈打つ。
ドキドキして顔が熱くなる。見つめ合うお姉ちゃんの顔を真っ直ぐ見られない。
わかっている。
これは『ワタシ』ではなく、『俺』の感情だ。
ワタシとして大好きなお姉ちゃん。
そして俺は、目の前の人を好きになってしまっている。
参った。完全に一目惚れだ。
……いや、一目惚れというのは少しおかしいのかもしれない。
だって、シアン・ソフィアとして十六年間も傍にいたから。
「顔が赤いよ? 熱があるの?」
「~~~っ!」
お姉ちゃんはいつものようにワタシのおでこにおでこと当ててくる。
あ、近い近い近い近い~~~~~!!!
少し動けばもうくっつけちゃう距離にお姉ちゃんがいる!
いや、いつもこんな距離感だけど!
甘い匂いにくらくらしてしまう。
し、姉妹なのに! 女の子同士なのに! どうしても意識しちゃう!
「あぅあぅあぅあぅ」
「熱はないようだけど……ってシアちゃん、目が回ってるよ!?」
「も、無理」
心臓が、心臓が爆発するぅ!