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Knight and Maid  作者: 白狼 ルラ
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はじまりと暗示 07

 備品の中から適当に見繕ってカバンに詰めると、街道付近に立ち並ぶ商店郡に赴いた。

 馬を使って一足飛びに進みたい所だが良い馬は一様に値が張る。シルフィは人見知りはするが、性格の優しい駿馬だった。彼女が居ればあっという間に着けるだろうが、目の肥えている者ならその価値が一目で解ってしまう為、残念ながらこういう旅には向かない。

 情報を集めながら商人などに紛れて行く事になり、新街道でケイが辻馬車を探して来るのを待ちながら行きかう人々の世間話に耳を傾けていた。男たちはポーカーの勝負の話、女たちは食べ物や子供の話ばかりで全くもって平和だ。

 熱さでボーっとしていると人が近づいてくる気配がして顔を上げた。けれど見上げた先には誰も居なかった。確かに気配がしたんだが、この暑さで感が鈍っているのかも知れないとぐったりしながら、飲み物を買って来ようと立ち上がった瞬間、肩を叩かれ反射的に体を反転させて距離を取った。

「あの……」

 遠慮がちに声を掛けて来た女性はビイだった。本を読み耽るのがよく似合う分厚い眼鏡を掛け、存在感が薄いのを気にしてかやたらと装飾品を身に付けているが、趣味が良いとは言い難い物でどこか不気味だ。

「ビイ、どうしてここに?」

 彼女は少し前から治療薬などの知識を得る為に医者の爺の所へ住み込みをしている筈だ。もうしばらくはあちらに滞在しているものだと思っていた。

「先生が私の知識が必要になるだろうからケイさんに同行するようにと仰られまして、お手紙をお預かりしております」

 ビイから差し出された手紙は兄からの物だった。調査はケイとビイに任せ、旧街道沿いの様子を調べて欲しいとの事だった。新街道の警備の強化で人手不足に陥っていたが、何も問題は無いとの連絡しか届かないのが妙だと疑っているらしい。手紙とは別にメモ紙が同封されており、そちらにはケイトの誕生日までには帰るようにと書かれていた。相変わらずマメな人だと苦笑した。

「ビイちゃーん、久しぶり!」

 いつの間にか戻って来ていたケイが場違いなほど明るい声を上げながら、ビイを背後から抱きしめた。

「ご無沙汰しております」

 ビイはケイの行動に動揺する事も無く無表情で答えたが、ケイはなぜかより一層嬉しそうにしていた。

「ビイちゃん、さり気なく鳩尾に肘が喰い込んでるけど?」

「わざとです」

「ビイちゃんたら、相変わらず冷たいなー」

「この気候ですし、ケイさんには丁度良いと思います」

 その後もしばらく二人の取り止めもないやり取りが続いたが、大人しく傍観していた。口では色々言う割りには、ビイは無理矢理ケイを引き剥がすという訳でも無く、そのままの体勢を維持していた。

「二人は恋人なのか?」

 ふと疑問が口から零れると、無表情ながらもビイの目が鋭く光った。

「違います」

 きっぱりと言い放つビイにケイはただニヤニヤしていた。

「ご存知かと思いますが、ケイさんは私の武術の師です。これは常日頃から隙を作らず、相手を撃退する為の訓練の一貫なのです」

 ビイが説明している間、ケイは彼女の髪の匂いを嗅いだり、無表情ながら嫌がってそうな彼女の頬にヒゲを擦り付けたりやりたい放題だった。

「撃退方法はいくつかあり、隠しナイフなどの武器を使えば拘束を解くのは容易ですが、怪我をさせる訳には行きません。力の無い私に出来ることは限られています」

 ビイはわざわざジェスチャーを交えてやり方を説明していたが、肘辺りでガッチリと掴まれている為か実際に行う事はしなかった。彼女曰く既に行った事のある技は封じらた掴まれ方をしているらしい。

 確かに、二人の体格差では圧倒的にビイが不利だ。それに相手の手を固定して中指を反らせる方法も足の甲を踵で踏み付けるのも彼女の状況を見ると難しそうだ。

 一体、どうやって抜け出すのだろうと傍観していると、ビイがケイの方へ顔を向けて耳元で何かを呟き、その瞬間に僅かながら動揺したケイの腕が緩んだように見えた。するとビイは体を捻るようにしゃがみ込むと同時にケイの片足に一撃入れ、更に回転しながら相手の顔面に肘を打ち付ける。余りにも素早く華麗で、踊っている様だった。

「いかがでしょう?」

 体勢を崩しながらも彼女の肘打ちを寸での所で止めていたケイは倒れはしたが無傷のようで、困ったように笑っていた。

「まさか心理攻撃で来るとは、なかなかヤルね」

「恐れ入ります」

 ビイは軽く身なりを整えると一礼した。

「では、私は知り合いに馬車を頼んで参ります」

 何事も無かったかの様に歩き去る後姿を見送ると、まだ寝転がったままのケイを助け起こした。

「辻馬車は見つからなかったのか?」

 体についた土埃を払いながらケイは渋い顔をした。

「あんな辺鄙な所へ行くのは住民位だとさ。ビイちゃんは薬草の採集やら売買やらであちこちへ行っているからな。案外と知り合いが多いんだ」

 あんな格好でうろうろしていたら不審がられて遠巻きにされそうだが、怪しい格好だからこそ効能が期待できる薬草を持っていそうに見えるのかも知れない。人の心理は謎だらけだ。

「ところで、随分と変わった訓練をしてるんだな。まさか、皆にやってるんじゃないよな?」

「容赦なく急所を狙って来そうなアルなんかにはやらんさ。初心者のビイちゃん相手の特別訓練ってとこだ」

 確かにビイは組織に加わってから日が浅い。現に一緒に仕事をしたことは無く、体の調子が悪い時に視て貰った事が二、三度あるきりだった。ほとんどの仕事でケイと組んでいるのは経験値や技能面での補助が可能だからだけではなく、二人がずっと以前からの知り合いだからだと聞いた。ビイは何か目的があって組織に入ったんじゃないかと兄が話していた事がある。

 それにしても、特別訓練とは無理のある説明だが、突っ込まない方がいいのか悩むところだ。

「さっき、何を耳打ちされたんだ?」

「あー……秘密だ。自分の弱点を吹聴するなんて阿呆だろ」

 それはそうだが、つまりケイはビイに何か弱味を知られているという事かと考えると妙だった。

「変な詮索してないで、さっさと自分の仕事をしに行けや」

 そう言って手を振り、荷物を持つとケイはビイの行き先を知っているのか、何の迷いも無く歩き出した。

「おい、気を付けろよ!」

「ああ、言われるまでもない」

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