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箱庭の国 side.R  作者:
第一章
3/7

1-2

ルナーリアの母国、グランティエ公国はリートベルク王国を中心とする同盟連合国家の一国に数えられている。

歴史を辿れば、元はリートベルクに戦を仕掛けて負け、属国とされていた立場の弱い国だった。

ちなみに、これは今から百年以上前のことである。


ところが、先の大戦で風向きが変わった。

肥沃な土地を求めて侵攻してきた北の帝国ルザンに対抗すべく、リートベルクが提起した同盟連合。

属国故に半強制的に参加させられたグランティエだが、そうは言っても北の脅威は他人事ではなかったため、祖国の先人たちは死力を尽くしてルザンに立ち向かった。


結果として、グランティエは同盟国の支援を受けながら北からの侵攻を自国の国境で食い止め、ルザンを撤退に追い込むことに成功。

リートベルクはその功績を称え、他の同盟国の口添えもあって、グランティエはめでたく属国から正式な同盟国に格上げされ、国家間交渉における対等な権利を保障された。


これには帝国を退けるほどの底力を持つグランティエを属国とし続けることで、リートベルクの軍拡を恐れた他の同盟国が結託してリートベルクに圧力をかけ、グランティエの独立を認めさせた、という裏事情があるが、それはさておき。


ようやく書面の上ではリートベルクと対等の立場を手に入れたグランティエは、その地位を確固たるものにすべく邁進した。

過去の苦い経験から軍事力ではリートベルクに及ばないことを痛感したグランティエは、逆にリートベルクへ恩を売ることにしたのだ。


古くから両国の間には交易があったが、属国となってからリートベルクは物流の要としてグランティエを重用するようになっていた。

当然、それは独立後も急に変えられるものではない。


グランティエは1年を通して比較的温暖な気候の土地が多いため、作物の育ちがよく、自国のみならず他国へも安定した食料供給率を誇っている。

更に、独立してからは海に面した立地を生かして海路を利用した自由貿易を盛んに推奨し、リートベルクを始めとする内陸国と海外の国と中継を担った。


結果、グランティエは商業国として独自の発展を遂げ、国庫は多いに潤った。

国が豊かになったことで、人が集まり、貴族は富み、娯楽としての芸術が盛んになる。

ここ数十年でグランティエは経済的にも文化的にも無視できない存在感を示すことに成功した。


富める国として発展したものの、それゆえに他国から狙われやすく、強国の後ろ盾が欲しいグランティエ。

いざとなれば周辺諸国を捻じ伏せる軍事力があっても、無駄な争いを避けてこれまで通りグランティエの恩恵に与りたいリートベルク。

両国の利害は完全に一致していた。


そもそも、リートベルクによるグランティエの支配は、戦敗国に対する措置とは思えないほど良心的だった。

これにはリートベルク側にも止むに止まれぬ事情があったのだが、結果的には、支配関係にあったにも拘らず両国の関係はむしろ戦前より良好なものになっていた。


ここまでくれば、あとは両国の結びつきを強めるだけだ。

即ち、権力者同士の婚姻である。

古典的でありきたりだが、内外にアピールするために、これ以上の手段はない。


だが、ここにきて問題が発生した。

両国はいずれも後継者に恵まれていたが、女児が生まれなかったのである。


理想としては、歴史的に見ても立場が上のリートベルクへ、グランティエから公女が嫁ぐのが望ましい。

そこで白羽の矢が立ったのが、グランティエ公国の公主と血縁関係があり、なおかつ本国の経済発展の立役者ともなったガティネ家だった。


幸いにして、ガティネ家にはリートベルクの王太子の二つ年下となる女児が誕生していた。

それが、ルナーリア・ド・ガティネである。




* * *




静粛な教会に、扉の軋む音が響いた。

ルナーリアは、はっと目を見開き、肩越しに背後を振り返る。


両開きの扉から教会へと足を踏み入れたその人は、眩い光を背中から浴びて、さながら言い伝えにある聖者のようだった。

ただ、当然のことながら、彼は聖者の白いローブを身に纏ってはいなかった。


「ルナーリア」


穏やかな声音で呼ばれたはずだが、ルナーリアの心臓は落ち着くどころか早鐘を打ちだした。

ここにいるはずのない人だった。

だが、ルナーリアが彼の声を聞き間違えるはずもない。


ルナーリアは慌てて身体ごと向き直り、淑女の礼を取って迎えた。

最後に顔を合わせたのは、いつだっただろう。

会えなかったここ二、三年のうちに、彼は急激に成長したらしく、ルナーリアに掛かる影は記憶にあるより長く伸びた。


「顔を上げて、ルナーリア」


言われるままに顔を上げると、まず闇色の髪が視界に入り、次いで優しげな亜麻色の眸と目が合う。

たったそれだけで頬に熱が昇る気配を自覚して、ルナーリアは慎ましく睫毛を伏せた。


「お久しぶりでございます、で――」


挨拶を口にしようとしたルナーリアを片手で制してから、人差し指を自身の唇の前に立てる。


「お分りかと思うが、ここに来るには身分を隠して来ています。

だから、名前で呼んでくれますね?」


亜麻色の眸が、悪戯めいた輝きを帯びていた。

普段は歳不相応なほど知的な落ち着いた態度で振る舞っている彼が、時折こういう一面を無自覚で見せてくるので、ルナーリアはいつも敵わないと思ってしまう。


「……承知いたしました、ヨシュア様」

「うん」


ヨシュアは、気負わない口調で話題を変えた。


「ところで、少し見ないうちに、綺麗になりましたね」

「この教会ですか?」


ルナーリアはくるりと視線を巡らせる。

確かに、出会って間もない頃、ここへはヨシュアと訪れたことがある。

だが、頻繁に通っているが、これまで改修などは行われていないはずだ。

首を傾げるルナーリアに、ヨシュアはさらりと告げた。


「いや、君が」

「……」

「祈っている姿も、聖女のようだった」


白い頬を朱色に染め上げて絶句するルナーリアに、ヨシュアは邪気のない顔で微笑みかける。

二人の間に、面映ゆい沈黙が落ちた。

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