九本目:毛玉、飛ぶ?
「兄上ッ!慈美に珠々(シュシュ)をもっと触らせて下さい!!」
元気の良いこの声の主は…燕様の妹姫の慈美様。愛らしい笑顔が眩しい14歳。
「ほら…」
燕様は妹君の要求に私を抓み上げ、両手を受け皿の様に待ち構えている慈美様の白く小さなそこに私を置いた。
程好い弾力が私を受け止め、コロと美少女の手の上で私は仰向けに弛緩した。
そしてそこをすかさず、慈美様は私をナデナデ攻撃…。
「きゅっ…きゅ~…」
「…もう!もう!もう~!もう、ずっと…珠々を慈美に貸して下さい!!」
熱烈に求められてます、私。美少女のふにふにお手々の上でお澄ましです。
まぁ、燕様はまだ包帯ぐるぐる状態だからね。慈美様はお見舞いに来たのだ。
そして、慈美様と一緒に来た少女…。
スラ~ッとした容姿の仮面の女の子、慈美様の護衛兵だそうで。見ていて凛々しそう…ってか、格好良い…。褐色気味の肌に、綺麗な長い銀髪は一本に高い位置で結い上げられてて…ま、ポニテね。そして仮面で瞳の色が分からないのが残念だけど、いつか見てやる!…ってのが、私の密かな野望。
しかもね、しかもね!この子、多分…胸、おっきい…!鎧の胸部の膨らみ具合が、それを無言で語っていると見た!!
…そんな予感するの…。あの硬質な銀の鎧の下には柔らかお肉が詰まってるのよ、…きっと!!私には無いお肉が…!ううう…。
「きゅぅうう~~…きゅぅう~~う~…」
「?珠々、絽花がどうかした?」
お肉が~お肉が~…。羨ましいお肉が~~~…。
私はいつの間にか身体をユラユラさせながら、慈美様の後方に控えている仮面の守護人・絽花を見ていた。
「きゅ…」
そして慈美様ずっとは私の身体を指先で軽く押し、私の身体はそれに合わせて"ふにんふにん"と形状をかえている。ふにんふにん。ふにんふにん。搗き立て餅か、私は。
…それにしても慈美様も本当、美少女ねー。黒髪、黒目、顔つきは燕様より陛下を連想させる垂れ目ワンコ顔。お父さん似なんだねぇ。
押される事で視界が上下に伸びたり縮んだり…縮んだり縮んだり縮んだり。縮んだり?
「慈美、それ以上押したら珠々が平な毛状の生物になるから、止めるんだ」
「きゅ?!」
「ぁあ…つい…手の平全体で柔さを味わいたく…潰してしまいました。ごめんなさい」
「ぎゅぎゅッ!??」
んなぁ――!?ガタブル!がたぶるー!!
「慈美様…珠々殿が震えてます。お貸し下さい」
「そうね。かわいそうな事をしたわね…。はい、絽花」
「きゅ???」
おぉ!?ハスキーボイス!絽花様は?素敵ハスキーボイスの持ち主!
そして絽花様は平らになった私を伸ばして転がして元のふわふわの丸い毛状にしてくれたのだけど、何、私…平らとかってモップみたいじゃない!?
想像してみたけど…何となく今より怪しさが増すわね…。ワサワサ動くモップ。
とにかく『平面 → 立体』に戻った私は、戻してくれた絽花にお礼の意味を込めて頬擦りをした。
「珠々殿…くすぐったいです…」
「きゅ~~~」
お?イやがらない?なら、調子に乗っちゃおうかな!
私はそう決めて絽花の頬にグリグリと身体を擦り付けた。
「きゅ!きゅ!」
「ふふっ…」
わーぃ、絽花様のほっぺたスベスベやわーい!
「…珠々…羨ましい奴め…」
「きゅ?」
あれれ?燕様、何だかちょっと怒り気味?
ちょっと遠いし小声だから何を言ったか分からないけど、…燕様も頬擦り欲しいの?
そこで私は絽花様から慈美様の肩を経由して跳ねながら、燕様の方へ向かった。
慈美様の肩から、布団の上にダイブして着地後はコロコロと前転を繰り返して燕様の下まで転がり、"テテテー"と腕を駆け上った先の燕様の頬に…
―スリスリ…
「きゅ、きゅ!」
「しゅ、しゅ…?」
……人の姿ではこんな行動はしない…と思うけどね。しかし、今の私は無垢な毛玉生物なのである!
燕様の頬の感触は絽花様とは当然違うけど、どちらもスベスベだ。
そんな新たなスベスベを堪能してた時、新たな見舞い客が…。
やや重めな足取りの人物は丁寧に扉を叩き、それに「良いぞ」と燕様が返事をすると扉を開け、姿を現した。
「燕様、お見舞いに参りました」
「ん?…あ、斯季か。忙しい中わるい…」
「…ぎゅぉッ!!!?」
私は見舞いに現れた人物…斯季、様、に驚いて尾の毛が"ボワワワワ!!!"と大きくなり、私はプカリと浮き上がった。
あ、あれ?あれ?上昇、してる…!何だ、これは!風船みたいじゃないか!!
浮き上がった私に皆が驚いた視線を向けてる…。
うう…私だって、びっくりだよ!仰天してるよ。あめーじんぐ!!
―パタパタパタ…
あ。これ。バタ足をすると地味に進める…。
そこで私はワタワタパタパタと足を動かし、逃走を試みた。
チラと扉の方を見れば、扉の前には斯季様がまだ呆然と立っている…っぽいので、燕様の脇の大きな窓が開かれていたのを良い事にそこから外に出た。
別に逃げる必要は無いんだけど…こ、心の準備ってものが…!?
そんな感じで外に出た私はすぐさま…
―ブォオオォォォオオン………
強い風に浚われた…。
毛が空気を含んで、一気に持って行かれてしまった!
上昇しながら、窓が遠のく…!!やだやだ…!怖いよ…っ!
「…しゅしゅ…!!!」
「きゅっ…!」
燕様が直ぐに窓から身を乗り出して私の方に手を伸ばしてくれたけど…やっぱり届かなくて、窓から落ちそうになった燕様を斯季様と絽花様が抑えて内側に引いてる始末…。
そう…燕様の自室は三階だからね!?落ちたら…!うわ…!不味い!不味い!
でも、何とか二人が燕様を引っ張ってくれて…そこは安心だけど、私は…ぁ…。う、うううッ…!
「きゅー!きゅー!!」
泣き声だけを残して私は風に乗り、漂った。
―…それこそ、当ても無く…。
この毛玉…浮けるし、風に乗れるくらい軽いんだ…。今後は気を付けよう…。
でも、これってなかなか便利かもしれないよね?うーん…?注意してやれば…?いやいや…キケンでしょ!
…ああ、それにしても、私…どうしょう?燕様の下に帰らなきゃ…。でも、既にここがどこだか分からない…。
「……きゅーきゅー…!!きゅーきゅー…きゅ――!!!」
こんな鳴き声を上げてもどうしょうも無いのに、私は大声で鳴き声を上げた。上げ続けた。
そしたら…
―ぼふッ!!
「!?」
突然、視界が薄闇に…!?
「……、どうしたんだよー?急にそんな高い木の上で、アホみたいに布袋なんか振り回してさー?」
「…何か…変な生物、確保した」
―…え!?私…確保されちゃました!???