八本目:その皇子、ラック0
「幸せを願う相手は…一人だけ。
それが"幸福をもたらす"月使の役目なのです」
「………」
静かに発せられた言葉の中に感じる、"二心"に対する釘刺し…。
まだどこにも向いていない…であろう、私の心に対する言葉。
でも、そんな情報を耳に入れられたら、意識しちゃうじゃん!?
なら、"主人"となる人物の幸福を最大に願えば良いのかな?
そりゃぁ…いっぱい可愛がってくれるヒトを、私は幸せにしてあげたい。だってそう最期に願ったから。
後は、私の構ってくれる人…良い意味で!
人には色々な性格があるからね!私を食い物にしようとする御方なんかはノーセンキュー!!お断りします!断固拒否ッ!!
ここまで一気に加速して、私はふと、ある事を思い出した。
「…そうダ。お爺ちゃんは朝来るハズじゃ?」
「実は朝、この部屋に来れなさそうなので、この時間帯に迎えに来たのです。予想外の…問題が…起きまして」
「迎え?何デ?」
「燕様が…はぁ…誕生日の日にこんな事になるなんて、さすがと言いますか…。はぁ…」
「???」
ええ?何で少し…遠い目…?
「実は燕様の誕生日の宴を、少々先延ばさないといけない事態に…なりまして。でも、陛下からは貴方は皇子の誕生日の日に贈る様に、と」
「ソウなンダ?私、燕様に贈られル?この、姿、デ?」
私はそう言いながら、自分のヒラヒラした薄衣の袖を振った。
「まぁ…引き合わせまでも元に戻らなければ…そうなりますな」
「そっかァ…。大丈夫カナ?」
「何がです?」
「この姿の私…ここで見た人達はミンナ綺麗な人バカリ…。あの毛玉の方が…まだ…可愛がってもらえソウ…かな、トカ…んと…えと…」
「月使殿の容姿は可愛らしいですよ?」
「うへぇ!?」
まさかそんな言葉を返されると思わなかった!変な言葉も出ますよ、そりゃ!!
やっぱり真顔…で、そんな…?お、おじいちゃぁん!!?
「…そうだ。自己紹介がまだでしたね。私の名前は"犀怜"」
「犀…」
「"お爺ちゃん"で構いませんよ」
「ワカタ。犀お爺ちゃん」
言いかけた私に"お爺ちゃん"で良いと言ってくれるなんて。"様"とか付けた方が良いかなーと思ってたんだけど。
ここの世界観的に結構普通に"様"付けとか?何となく、"さん"ではなくて、"様"や"殿"な感じなんだよね…。
「……ところでなぜ、陛下に咬み付いたのです?」
…あ。お爺ちゃん、ちょっと怒ってる?
「実は…男のヒトが、怖いデス……」
へにゃへにゃと泣き言を口にした私に、お爺ちゃんは「ハテ?」と僅かに頭を傾けた。
「…私は大丈夫では?」
「お爺ちゃんは年齢が上目だから…大丈夫ナノかも、デス。多分、20~50歳台が、コワイ…です」
「…………そうですか。なら、燕様は一応、大丈夫ですかねぇ…?」
「燕様は幾つ…?」
「明日で19歳に成ります」
「…なら、多分…ダイジョーブ?前世の私の一つ上…」
"前世"…。妙に意識しちゃうな。あーあ、私…死んじゃったんだなぁ…とか。
「…ところで、何で男性が怖いのです?」
「………それハ…」
そこで私は犀お爺ちゃんに、ポツポツと自分の前世を抓んで話した。
両親の勝手な借金で堅気じゃない人に急に売られ、その人に…無理矢理………されそうになって、逃げたと。
記憶が曖昧になるくらい、男の人の手に服を乱暴に剥ぎ取られる恐怖と、身体を押さつけてきた力が怖かった…。
どこにも、逃げ場が無い、好かれてない両親から出て行く勇気が最期まで無かった子供な自分が……悲しかった。
そうとう勇気が要るかも知れないけど、家から出たり…何か方法があったかもしれない。
でも、与えられた場所以外動けなくて……逃げても、結局帰るであろう家と自分を迎えてくれない両親を考えて…………
…消えたくなった。
胡乱な意識の中で行き着いた答え。だけどそこで、私は今まで見ない振りをしていた自分の答えを見た。
だから、最期に決めた一時の夢に逃げた。描いた夢が終わったら、"終わり"、と決めて瞳を閉じたのだけど…
なぜか、ここで毛玉として目覚めた…と。
言いながら、どんな表情を作ったら分からず困り笑いをした私に、お爺ちゃんが服の袖から薄紙に包まれたお菓子らしきものを私の前に開いてくれた。
中から出てきたのは、干した黄色い果実の砂糖菓子。ドライフルーツ?雰囲気的にはマンゴーみたい…。
「…大変でしたね。でも、ここは大丈夫です」
ふわりと甘く、優しい香りに私は無言でそれを口内に収めて頷いた。
犀お爺ちゃんの皺々の大きな手が私の頭を撫でる。イイコイイコしてくれる。…私は全然良い子じゃないのに、そうしてくれる。
与えられた優しさが温かくて……甘く、私は単純だけど、その場でしばし涙を流した。
そして干した黄色い果実の甘い砂糖菓子を口内で溶かしながら、もう…あの世界では無いのだと、私は変に実感を強めた。
パタパタ…バタン、バタン…パタパタ…パタパタ…
―…早朝なのに…とてもバタバタしてる…?
これが犀お爺ちゃんが言っていた事かな…。
そして私は朝陽を浴びた途端、あの毛玉に戻った。わぁお。
今はね、最初の部屋から別な部屋の来てるの。
最初より広くて、立派な部屋…。お爺ちゃんが使ってる部屋なんだって。
でもね、ここは"宮廷"の一室て、お爺ちゃんは別にお屋敷も所有していて…って、すごいなぁ…。階級高そう…。
そして私は直ぐに燕様の元へ連れて行かれると思っていたのだが、実際は夜も更けてからになった…。
コツコツと靴音を鳴らして、グネグネと角を幾つも曲がり、私はお爺ちゃんと数名の従者、女官さんと燕様の部屋に来た。
私は透明な器に入れられてるけど、上から布を被されて周りの状況が全く分からないままここに来ていた。
「燕様、これが月使です」
「ああ」
犀お爺ちゃんの言葉に答えるこの声の人物が、燕様ね。
そして透明な器からお爺ちゃんの手で出され、私は床の柔かな布団の上に置かれた。
瞳を上に定めれば、寝巻きの袷から包帯が見隠れしてる姿の燕様が居た。
彼が燕様…。
黒髪、黒目…のイケメンくんでしたか。目元がちょっと陛下に似てるかな?ワンコ顔なのね。
「こんな姿で悪いな…。俺は、燕…宜しくな、月使」
「?」
名乗られて一頭身的な身体をコクコクと頷かせ、私は彼の前をウロウロした。
だって…怪我…?ヒドイ怪我、してそう…。
「実は…昨夜、訓練後に暴れ馬に蹴られて派手に壁にめり込んでな…。
しかも何とか自力で脱出後、フラついて階段に躓いたり、落ちかけたりして…。ま、最後は仰向けに落ちたんだが。
今まで…丸一日、意識が無かったんだ。…こうした事故の連鎖は、俺的に良くある話なんだが。
また皆に迷惑を掛けてしまった…。はぁ…」
「!??」
な、何ですと!?それはとっても大変じゃないですか!!
しかも、"こうした事故の連鎖は、俺的に良くある話"!?
燕様、色んな意味でよく生きてたな…!
そうか、これが誕生日の宴を延期する羽目になった原因…か!
うん、これは…無理…だなぁ…。うん…。
そ、そうだ!痛くないの!?私とこうしてるのも、結構無理しているのでは…!
「きゅ~きゅ~!!?」
「ははッ…。何だ?俺の心配をしてくれてるのか?」
…あ。この燕様、陛下と一緒だ。"話し掛けちゃう"タイプの人。
「ぎゅぅ…ううぅ~~~」
「へぇ?怪我を擦ってくれるのか?ありがとうな」
い、痛いの、痛いの飛んで行け~!燕様から出てっちゃえー!えいえい!!
そんな事を思いながら、私はサスサスと燕様の腕の包帯部分をそっと尻尾で撫でた。
すると、燕様は私のそんな尻尾を上から擦ってきた。そこで私は腕を擦るのを止めて、燕様の手に尻尾さを好きにさせてみた。
そしたら、そんな擦りはいつの間にか、尻尾を掴む形を取っていたの…。えええ?
「…お前は俺が触れても逃げないんだなァ?犀の話だと、"男"相手だと暴れて逃げるそうじゃないか。多少、覚悟していたんだがな」
「きゅッ!?」
「ま、俺は19歳だから、だな」
「きゅ…」
まぁ…とにかくね、ふにふにと尻尾を握られても、全然へーき。年齢制限的に大丈夫だからね、一応。
ただねー、尻尾を持ち上げて、本体ごとプラプラさせるのは止めてー。意外と怖いよ!怖いよー!下ろして!
「きゅッきゅぅうう~~!」
「それにしても、軽いし、小さいし…でも、声は大きいな」
そう言いながら、黒い瞳で私を面白そうに見てくる。私は、毛の隙間からその瞳をパチパチと見返した。何かな?
「…少しずつ仲良くなれば、一年後、俺が20歳に…成人しても…大丈夫だよな?」
「…………」
「な?」
「……きゅ」
「妙な間を作るな…。焦るだろうが…」
だって、分からないもん。慣れていれば大丈夫そうだけどね。
でもね、何だろうね?この直感は…。そう、私達、多分…上手くやっていける。
「さて…そろそろ俺が名前を付けてやろうな」
「ぅ?」
「"珠々(シュシュ)"」
「きゅきゅ?」
「はは…珠々、宜しくな」
「きゅきゅッ」
そう言いながら、燕様は私の尻尾で本体の方を撫でてきた。ちょ…自分の毛が思いの外、くすぐったい…。
さて……斯季…様?に対しての…まだ名前の無い感情をこのまま、ゆったりとした日常に溶け込ませて無くしてしまおう。
あの、感覚は、不味い。あの、胸が"きゅぅ"ってなるあの感覚…。
「珠々、ふわふわで可愛いな」
私は燕様に優しく撫でなれながら、そう決めた。
私が最大の幸福を願える相手は…
「これから俺がお前をいっぱい、可愛がってやるからな」
一人だけ、なのだ。