六本目:水面(みなも)の乙女
ポンポンコロコロ…ポンポンコロコロ…ポンコロコロ………
跳ねたり転がったり…私はそうしながら笛の音に引き寄せられる様に移動中です!
そう…見えない糸に…いや、見えない手に毛を引っ張られているかの様に、淀みなく突き進んでおります~!
そうして誘われた場所に私は思わず声を上げた。
「…ッきゅ!?」
これは…蓮……睡蓮の池…?しかもかなりの大きさ…。
笛の音は向こう側…対岸から聞こえる。
辺りを見回すと、迂回するにしてもそれなりに距離がありそうだし、綺麗に迂回出来るかも分からない…。
「…きゅ~~。~…う!!!」
そうだ!この睡蓮の葉っぱの上を跳んで行けば良いんじゃない?
急がば回れ、って諺もあるけど、ここは最短距離の攻めの姿勢で行っちゃおう!
私はそう単純に考えて、ポン、と蓮の葉っぱに乗る行為をほんの数回して、気が付いた。
こ、これ…葉っぱが沈んだりする前に進路を決めて跳ばないと不味い!あー、あー!も~…私の馬鹿ー!
そんな事を考えながら、笛の音にも意識を、自分の跳躍にも意識を使っていたら、何となくこんな結末が見えてきそうじゃないかな?
そう、私は跳ぶべき葉っぱが無くなった事に、大きく跳んだ後で気が付いてしまったのだ!
足元の葉っぱは私の毛玉の重さにゆっくりと水面に沈んで、無言で耐えられなさをアピールしてきてる。えー!この毛玉、なかなか重いっての!?
―…ズズズ…ズズ…ズプ…プ…
ぅ、うわ、ぁ!?お、溺れちゃう!この毛玉じゃ水を吸って溺れちゃう!!失策だった!
やっぱり『急がば回れ』って、昔から言われ続けているだけあるわ!
私は無駄だと思いながらも、天上の満月に「きゅー!きゅー!」と鳴きながら、心の中で"助けて!助けて!"と叫んだ。
そしてヒンヤリとした感覚が足元を襲い始め、私は遂に水が触れたのだと思い、きゅう、と瞳を閉じて身体を強張らせた。
沈んじゃう!!溺れちゃう!…そして最期はこの池で睡蓮に囲まれて眠りに…。…で、で、で…溺死しちゃうんだぁ!!~~~~ッ!
…でも、私は…それ以上…"ヒンヤリ"とはしなかった…。
その事に疑問を感じ、私は恐る恐る閉じた瞳を再び開いた。
「…?………!!!?」
溺れていない!?しかも、視線が上がって、る…?ほぇ?
私の視界は水面と睡蓮、天上と双子の水上の満月を捉え、私が水中に居ない事が分かった。
しかも…私…
「ヒトにナってル……の?」
…ん?発音が怪しいけど…言葉も喋れてるのかな?
「ドユコト?」
そう、私は水面の上にぺたんと座っている状態でいるのだ。
私が起こした波紋で、闇の中で煌々としている満月と同じな双子の満月と、無数の睡蓮が揺れている…。
身体や薄い布で出来た天女サマが着ているようなヒラヒラした服はもちろん、水面に広がっている長い髪の毛一本すら濡れていない…。
非現実の様な、現実…。
……ま、まぁ、人化の原因はとりあえず後回し!うん!
そう無理矢理決定して、私は立ち上がり…笛の音向けて水面を走った!
は、走れる…ってか、歩いたり、跳んだり…私の足裏、どうなっちゃったの!?
そして調子付いて興奮して来た私は…
いつの間にか、笛の音に合わせて水面の上で踊っていた。
まぁ、正確には踊りながら進んでいる…と言うか。
アイススケート、って言えば良いかな?イメージとしてはそんな感じで。
笛の音に乗せて踊るのが気持ち良い!こんな感覚、以前は無かった!
この笛の音が好き。好き。出会ってしまった!私は、この音に…出会ってしまった。もう、逃れられない…!!
そして興奮気味な私の視界に、遂にこの笛の音の奏者が…
「…って、オトコっ!??」
あわわ…。いくら驚いたからって、声は不味い…!
私は慌てて口元を押さえ、その場に動きを止め、ゆっくりと視線を前方の奏者へと向けた。
視線の先の奏者…背も高いし、外套に鎧兜姿は全身黒っぽい…。なかなか趣向が凝らされた物を纏っていると感じる。位は高そう…。
まさか前方の男の人が…あの素敵な笛の奏者だったなんて…。
さっきまでの楽しい気分が、ユラユラと池の底に沈んでいく様…。
でも、私は…その反面、惹かれた自分は否定出来ない。
あの笛の音と、目の前の人物に…心が…揺さぶられた。
だって、あの"音"はこの人が奏で作り出した音。つまり、この人の"音"。
「…ん~…?」
月明かりの中で、目を凝らして男性を見てみると…兜で少し分かり辛いけど、私好みな予感…。
ん…。今は男性恐怖症に偏っている私も、こうなる前はそうではなかったと言うか、フツーに異性に恋愛感情をですね…。ええ…。
で、でも、今は男の人は怖い…。無理…。
私は水面に浮いたまま、彼の方へこれ以上動けなくなってしまった…。
静かに…聴いてるだけなら…このままでも…。第一、運が良い事にまだ気が付かれてない模様。
―…♪……♪…♪…♪♪♪…♪…♪…♪……
だが、踊りたい。この音に合わせて…さっきみたく…。
そう…こう、くるくると睡蓮達の間を縫って、揺らして、水上の満月を跳び越えて…
「あはッ♪」
そして私は聞こえてきた音に結局…身体の反応が抑えきれなかった。
…でも、欲望に身を任せ過ぎると…身を滅ぼすんだね…。
―……♪…―……
「………?」
―…笛の音が…止んだ?
「……人、が…浮いて、る?」
「………!」
いつの間にこんなに近く…私、笛に惹かれすぎちゃった…!?
私はまだ池の水面にいて、気が付かれた笛の奏者との距離は…4メートル位?
どうしよう…。
「…君は…何者、なんだ…?………そもそも"人"…?…精霊…?幽霊?」
「………」
「…な、名前…は?…俺は、"斯季"…」
「………」
名前…。
―…我輩は毛玉である。名前はまだ無い…。
って、某有名文学をパロってる場合じゃないな!
そう…私は"人"だった時の名前を思い出せない。
いや、たとえ思い出せても、もうそれで呼ばれたくないのが本音…。
「………」
「………」
答えを持たない私…。そして、別な名前も、無い。
確か"月使"とか呼ばれていた気もするけど、それって何か違うでしょ?
「………」
「………」
…ちょっと…無言はつら…
―…斯季…、どこだ…?斯季――…?
「…ぁ…」
「!」
…今だ!!
私は男性…"斯季"が誰かの呼び声に気を取られた隙に、素早く身を翻して元来た方向へ…水面上を走った。
足を水面に下ろす度に、睡蓮を波紋で揺らしながら私は遠くの対岸を一直線に目指した。
「~~~…ま、まて…!待ってくれ…!ま―………」
…後方から何か聞こえてきたけど、無視。無視。
こういうのは「待て」と言われて、待つものじゃないでしょ?
…ねぇ?