五本目:誘(いざな)いの夜笛
あれ?あれ?あれ?あれ?あれれッ?
私、また器の中に…!?
せっかくあのまま出ていられると思ったのに…残念…。
そう思うと毛先が勝手にへにゃへにゃと下を向いてしまうよぉ…。
さっきまで大きな桃で上がった気分が、一気に真逆化してしまい、私は器の中で自分の尻尾を掴んで顔を埋めた。
私が不貞腐れた格好をした時、誰かがこの部屋に入ってきて陛下に話し掛けた。
「―…陛下、将軍がお戻りになられました」
「うむ。分かった…向かおう」
言葉の内容に陛下は直ぐに"将軍"の元へ向かうと答え、「犀、先に行っておるぞ」とお爺ちゃんに声を掛けてゾロゾロと御付きと思われる方々を伴い、この部屋から出て行ってしまった…。
残されたのは、お爺ちゃんと数人の女官さん達。
チラチラと毛の隙間から陛下達の様子を窺ってた私に、お爺ちゃんはこんな言葉を掛けてきた…。
「…"逃げない"と約束してくれるなら、この器から出して柔らかな座布団の上にあなたを置きましょう」
「…!きゅ!きゅッ!」
私はお爺ちゃんの言葉に、それこそ"跳び付いた"。
全身でピョンピョンと跳ね、約束すると表現したのだ。
「では、出しましょう」
「きゅぅ~!」
そしてお爺ちゃんは言葉通りに私を器から出して、本当に小さな座布団の上に置いてくれたの。
この座布団はお爺ちゃんの指示で女官さんが持ってきてくれたんだけど、素材は絹なんじゃないかな…?高級そう…。
そして座布団の出現に興奮してる私に、お爺ちゃんが釘を刺してきた。
「…月使はこのまま、ここで眠りなさい」
お爺ちゃん、お爺ちゃんもやっぱり行ってしまうの?
あの透明の器から出してくれたのは嬉しいけど、何だか流石に不安だよ…。
私は急にこの世界に来たばかりなのと、突然広い空間に出された事にオロオロしだしてしまった…。所詮、やっぱりどこか小心者なんです…。
「…きゅ…?」
「朝にはまた来ます」
私にそう残して、女官さん達を全員先にこの部屋から出し、お爺ちゃんは一番最後にこの部屋から出て行った。
残された私はしばらく薄暗い部屋の中をウロウロして、寝床を窓辺に移そうと決めた。
それは月明かりが綺麗なのも理由の一つだが、最大の理由は月光に当たるのをこの毛玉の身体が強く欲していると感じたからだ。
そして何とか満月が見える窓辺に例の座布団を引っ張り整えて、私は月光の当たり具合を確かめた。
何度か位置を動かして、一番自分が気に入った位置に座布団を設置し、私はその中心に跳び乗った。
うん。ここなら…たくさん光りを浴びれそう…。
そうしてとりあえず、私は自分のふわふわの尻尾を枕にして眠る事にした。
寝そべり始めは緊張でドキドキしていたが、全く慣れていないこの毛玉の身体に私は疲れていたようで…。
直ぐに眩暈の様な眠気に襲われ、呆気なく意識を"ポイ"と投げ捨てた。
くるくると回転しながら落ちていく感覚をそのまま受け入れて、私は身体をへちゃりと緩めた。
そして深夜…私はとある"音"に反応して、眠りの淵から何時の間にか意識を引き上げられた。そう、それは…。
―…笛の音…?
微かに聞こえてきた笛の音…。どうしょう…ドキドキしてきた…。
この笛の音が気になって気になって…、気になってしょうがない。
どこで、誰が…奏でているの…?
お爺ちゃんは…「逃げない」事を約束に、私を自由にしてくれている…。
一種の"試し"を含んでる言葉だよね…、何となく…。
………そう。そうだ…。"
"逃げなければ"…良い…のかな?
そう、ちょっと確かめて、また"ココ"に戻ってくれば…。
…………………………………………自分解釈でごめんね、お爺ちゃん……。
「……きゅ!」
私は一声鳴いて、寝床とした座布団から床へと跳ねた。
私が迷ってる間はどの位だった?
まだ笛の音は聞こえているけど、早く見つけなければ…大げさな話、一生…会えないかもしれない。
ドキドキがバクバクに変わっていく…!
この加速は笛の音に?それとも、この場を自分解釈で一時離れる事を決めた不安から?
期待と焦りと不安で身体がヨロつきそう…!
私は何とかそんな自分の身体の強張りを修正しながら、いかにして笛の音の元へ行こうかと辺りを見回した。
薄闇に大分慣れてきた私の視界の中で、私は必死だった。
そして、"それ"に気が付いてしまった…。
―…あれ?…扉が…少し、開いてる…?の?
その光景に気が付いた時、私は扉の隙間から外に出る為に毛玉を強引にそこへ捻じ込んだ。
―…そう。それがお爺ちゃんが私を試す隙間だと、感じながら…。
私は行為を止めなかった。