二本目:私を捕らえる手
「陛下…ついに今夜ですね…」
「ああ…。上手く捕まえられれば良いのだが…」
老齢な男に"陛下"と呼ばれた豪華な服装に身を包んでいる男は、視線を窓へと向けた。
外は既に闇に支配されており、その天上には唯一の光りである…満月が…。
「今夜の月明かりは特別…特別、なのだ」
「はい。あの"木"に月の力が満まで…大体百年は有しますし、それに綿毛…二つに分裂した毛玉が必ず現れるとは限りませんから…」
男達は今度は眩い天上の月から、己の闇に溶け沈む足元へ視線を落とし会話を続けた。
「そうなのだ。だから…だから、我が息子の為に…どうか、どうか…現れてくれ…」
豪華な衣装の男の言葉は徐々に弱々しい小声になりながらも、その内なる想いは逆に強く大きくなってく様だった…。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
―…ゆ~らゆ~ら…ゆ~ら…ゆ~ら…
ここは…どこ?私は…ダレ?
…なんて、言葉を案外真面目に呟いてしまう…。
心がざわつく生暖かい風が、私を囲ってる毛の隙間から入ってきて、私の"毛"を撫で、ゆらゆら緩く揺さぶる。
そう、私は"人"で無くなった。
じゃぁ、何なのかと問われれば、その答えを私は返せないだろう。
つまり、自分も良く分からない"毛状の生物"になったのだ、私は…。
そして柔毛に周りが塞がれて、"毛"と"風"以外の情報が全く無い。
何なんだろうなぁ…?
私が堂々巡りをしてるその時…
―ぶわわわわわわ…!!!!
「…!!?」
一際大きな風が来た、と思ったら、私は空中に…他の毛と共に"外"に放り出された!
「!!!」
私は突然、闇の色の空中に自分が出たのに気が付いた。
視界には先程の"毛"と、今度は"闇"、そして…眩しいと感じる位の"月明かり"。
そして、自分が"浮いている"、と感じる浮遊感があり、瞬間的に焦りが来たが、不思議な事にゆっくり地面に無事着地した。
コロコロと冷たい地面の上を転がり、私は毛の塊に当たった事で転がる運動が止った。
突っ込んだ自分より大きくなった毛の集合体である玉状の物から、跳ねるように飛び出した時、私は新たな別情報を得た。
「―…この毛玉……、動いたぞ!」
…人?人なの?
私はその"声"に驚き、確認する為に身体をフルフルと左右に回転させた。
「…これだ!これに違いない…!…見つけた!!俺ってば、大勝利じゃね!?」
上からの声は歓喜に満ちていた。
私はその声色に動きを止め、今度は上を見ようとしたら…視界が一気に上昇した。
そして視界に広がったのは、ちょっと釣り目の20代中盤そうな男の人の顔……。
「!!!」
「おお~?本当に二つの毛玉なんだ…」
鋭そうに見えるこの人物はあの、スーツの男とは似てはいないが、あの雨の日の記憶が蘇る。
しかも、今の私はこの人物に摘み上げられてる…捕まっている状態…。
そう認識した時、私の中に一気に大人の男の人に対する感情が爆発した。
私の何かのスイッチが押された…。
怖い…怖い…!!大きな男の人…怖い…!
しかも、捕まってる…!
―…嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!
「きゅ…!きゅううううぅ!!!きゅー!きゅー!」
「ぅわ!?鳴いた…??わ、わ…暴れ出した…!と、とにかく…陛下へ報告せねば…!」
そう言うと私を摘み上げた人物は革製の小袋に私を放り込むと、どこぞへと走り出した。
私は袋の中で上へ下へ右へ左へ…とポンポンと跳ね転がりながらやはり「???????」な状態でいた。
む、無力だぁ~~~~~!!!!
そして外からは彼の大声が…。
「陛下、捕獲しました!捕獲しました~~~ッ!陛下~~~!!」
もう!何なの!訳分からない!!!
「そ、そうか…!これがあの…"月使"…!はぁ、はぁ…ふー…はぁはぁ…。で、でかしたぞ!」
「はい!陛下!この二つに分裂してる薄蜜の毛玉…間違いないと思われます!…はぁ、はぁ…はぁ…んんッ、はぁ…はぁ…ありがとう御座います…」
えぇ?このいかにも偉そうな格好の人も…汗だくで私を探してくれたの?
開かれた小袋を覗く、変に息が荒い二人の男性…。両方走ったからだと思うのだけど…。増えた…。格好良いおじさまが増えた。
多分、この格好良いおじさまが"陛下"なんだな…。
私は何となく、無意味なのだが彼らの視線から逃れたくて袋の隅へと移動した。
「案外、小さいのだな…。おお…怖がらなくても大丈夫だぞ…。よ~し、よ~し…」
「………」
この人、ペットとか動物にフツーに話し掛けちゃう感覚の持ち主だ…。
そして陛下は…優しい声色で「よ~しよ~し」と言いながら今度は手袋を外して、私へ手を伸ばしてきた。
そんな私に迫ってくる"陛下"と呼ばれる大きな男の人の手…指先…に、私は…
―…かぷ!
咬み付いた。