十四本目:毛玉が幸せ
「はい。行きます」
「そうか!」
斯季将軍の言葉に玄少年は直ぐに乗った。
玄の言葉を受けた斯季様は、傍目でも分かる喜びを露にした。
もしかしたら、感情が直ぐ出るタイプの人なのかもしれない…。内面がワンコ属性な将軍。
「はい。珠々を燕様の元へと考えていたので、正直、良かったです」
「なるほどな」
「あの…、家の者に断りと準備、してきても良いでしょうか?」
「ああ、そうだな。では、俺はここで待っている」
「分かりました。僕の家はこの坂を下った所にある屋敷です。では、一旦…」
「うむ」
それから私と玄は将軍と一旦別れ、玄少年の暮らしてる屋敷に戻った。
これは朔兄さんに事情を話して、将軍に着いて外出する許しを貰う為だ。
玄は屋敷に戻ると私を机の上に置いて、台所に立ってた朔兄さんを引っ張り椅子に座らせると将軍の話しをし出した。
私はと言うと、朔兄さんとは一番離れた対称な位置に移動し直し、黙って座っていた。
そうして玄の話しを聞き終えた朔兄さんは特に変化無く…。
いや、少し寂しそうに遠くを見る視線を外に向けてから朔兄さんは無言で立ち上がり、帰ってきたと思ったら一つの甘い香りが漏れる袋を抱えていた。
朔兄さんは袋を玄の目の前に置き、彼に話し始めたの。
「話は分かったよ。それじゃぁ…玄くんは、あの宮城に行くんだね?」
「…朔兄さん。うん、行くよ。月使はそこから来て、将軍もそう言っていた」
私は始まった二人の会話を、机の端で黙って聞く事にした。
「…斯季様だね…。そうか…なら、爺さんにこれを。僕が作った杏の砂糖菓子」
おお?この甘い香りは"アンズ"だったんだ。しかも朔兄さんの手作り?
「うん、分かった。会えたら、渡しておくね。…会えなかったら、月使と食べても良い?」
袋を受け取りながら玄少年が朔兄さんに聞けば、彼は玄の前に袋とは別な杏の砂糖漬けをくれた。
目の前出された、山吹色より橙色に近い果実の砂糖菓子。こ、これは食べても良いんだよね?ね?ね?
私が杏に興味津々でいるのを察した朔兄さんは、「月使も良かったら、どうぞ」と一言くれた。
朔兄さんの言葉を受け、玄は私に皿の上から実を一つ取ってくれ、自身も一つ口に放り込んでいた。
口に含むと、甘い実と砂糖の味わいが溶け合い、ゆっくりと解れて無くなっていく実に、私は何とも言えない幸福感を味わった。
これは…うま――――い!!!
「これは昔から爺さんが僕に強請る手紙を書くくらい好物な物だから、会えなそうならこれを餌に爺さんを呼んでもらえば良いよ。
…僕もたまに使う手だし、分かっている人が多いから遠慮なく使うんだ。忙しくても、大体…爺さんは会ってくれると思う」
ほほう?ヤミツキ、ってヤツですか?うん、確かにこれはそうなりそう。
そして杏に釣られるお爺さん…。しょうがない。あれ相手はに、しょうがない。
「そうなの?」
「そうだよ。それに爺さんは玄にとても会いたがってる。そろそろ社会勉強の為にこちらに預けないかと、話が杏等の砂糖菓子を取り寄せる手紙に毎回書かれている」
「…朔兄さんは?」
朔兄さんの説明を受けた後の玄少年の言葉に、朔兄さんは「う~~~ん」と呻ってから、柔らかく話しだした。
「……僕は向こうでの生活に疲れたよ。この辺でのんびり暮らしてる方が良いんだ。
だから玄、向こうで生活したかったらそのまま爺さんの下に止まっても構わないよ。
…こんな言い方で誤解されるのは困るから言うけど、僕は玄が視野を広める良い機会なのかと、考えたんだ。
そりゃぁ…寂しいけど、大丈夫。玄の好きにするんだ。僕はここに居るからね?」
「…うん」
「ああ、そうだ。向こうで生活すると決めた時は、早めに僕に手紙で知らせてくれ」
「分かった」
「良し。それじゃぁ、気を付けてな」
「うん、ありがとう、兄さん」
…ああっ!何だか兄弟って良いなぁ…!私、一人っ子だったから…。出来れば、上に欲しかったな…。
そして私は無い物強請りな視線で玄を見た。
それから私は柔らかい布の斜め掛け巾着に入れられ、玄に運ばれる事になったのである。
玄はどうやら将軍の後ろにしがみ付きながら馬に乗っているらしく、馬の揺れにたまにポンポンと突き上げられる様な揺れを見せた。
そして風を切る音や木々の葉と獣達のざわめきから、やがて段々と人の声が大きく、増えてきたようになってきた。
きっとあの街に近づいて来たんだ…。
当然、巾着の布は透けてる訳ではないので、私は勝手に袋の外の景色を想像して楽しんだ。
私はてっきりそのまま街中に入るのだと思っていたのだけど、街の音は遠ざかり、再び静かになった…。
そしてポクポクとした馬の足取りが止んだと同時に、今度は斯季将軍の大きな声が聞こえてきた。
「斯季だ!戻った!門を開けてくれ!」
力強い将軍の声を受けて直ぐに、別な男の人の声が上の方から聞こえてきた。
「…!将軍!お帰りなさいませ!ただいま開けます…」
「ああ、頼む…」
会話の遣り取りから、どうやら宮城に着いたようね…。
ここはとても静かだし、もしかしたら裏門的な場所なのかな?
そして"ギギギ…"という軋む音の後、将軍の馬が動き出し、どうやら無事に中に入れたようだった。
「昨日、急に"月使を見つけてくる"と慌てて出掛けられて驚きました。副官の飛那様が"仕事が…!訓練指揮が!報告文や書類の署名がぁ!"と慌ててましたよ…。
…でも、こうして戻られたのなら、月使は無事に…」
「ああ、月使は見つかった。この少年が保護していてくれたんだ。
早速で悪いが、今から燕様に会いたい。先に行って取り次いでいてくれないか…」
「は、はい!」
少し遠くの方で展開した会話…。布越しだし、良く聞き取れないな…。玄には聞こえた?
そして、始まった兵士の言葉を早口で言葉を切るように用事を頼んだ斯季様は、小さく「ふぅ…」と息を吐いてから別な兵士を呼んで馬を預けていた。
その間、玄少年は巾着の布の上から私をサワサワと撫でている。…緊張、しているのかな?
「…ね、珠々、斯季将軍はやっぱり"ただの"朝の散歩であそこに来たわけじゃなかったんだ」
「……きゅ?」
何?玄、急にどうしたの…?
「昨日からずっと珠々を捜していて、あそこに来たんだ」
「………」
私は玄少年の言葉に、鳴き声を返せなかった。
鳴き声が出ない代わりに、私の内部が"ほわっ"と温かくなった。
そして、「斯季将軍…が、私を捜しに来てくれた…」という心の声だけが幾度も湧き上がり…
………杏の実を食べて得た、あの甘い多幸感より更に強いものに包まれてしまった…。




