十三本目:"たまたま"、ですか?
「その…懐から飛び出た蜜色の"毛"は何だ?」
そう…。私の毛は玄の服の糸の隙間から毛を飛び出させている状態なの。抜かったわ…。
しかもこの声、数度しか聞いた事が無いけど、たぶん斯季将軍の声。
今、将軍は馬から下りて玄少年の近くに来たのだろう。声が近く感じる。
でも、まぁ…、この状況…どうしよう?
そんな私の失態を受けながら、玄少年は服の上からフワリを一撫ですると彼は将軍に答え始めた。
「僕の腹毛です」
「はら…っ!?」
「さすがに冗談です。ごめんなさい」
…び、びっくりした…。
でも、将軍相手に知ってか知らずか何という答えを…。
相変わらず変に動じないのが玄少年の良いところなのか、何なのか。うーん?頼もしいトコロなのかしら?
将軍相手にこの会話。玄少年…ある意味凄すぎる。
私が玄の態度に驚いていると同じ様な空気を、実は斯季様からも感じる。彼も玄に対してそう感じたのだろうか?
そして、斯季様はその中に面白みを感じている節があるんだよね…。
そんな感じ方の感想に私が行き着いた時、斯季様が玄少年に話し掛け始めたの。
「………俺は"斯季"。名は何と?」
「斯季…様?では、斯季将軍…、ですか」
「ああ、そうだ」
「僕は鵬玄。玄、とお呼び下さい」
じ、自己紹介…か。しかも、玄少年は直ぐに斯季様が"将軍"だと…。
斯季様、有名人なのかしら?私、本当にこの世界の事…まだまだ疎いからねー…。
「…何で将軍直々にこんな所へ?」
「あ、朝の散歩中でたまたま、ここまで…走らせてみたのだ…!」
朝の散歩であの宮城から、ここまで?
案外近そうでも、"散歩"と括るには結構な距離がありあそうなんですけど…?
でもでも、ここは玄少年を煩わせずに燕様の下に帰るチャンスなのではないかな???
「…それで、玄よ…。その毛の主は"月使"ではないか?」
「…………」
あ。やっぱりバレてた。
玄は将軍の問い掛けに答えないでいるみたい…。もしかして、私の事で、気を使ってくれている?
だってさっきから撫でた手を服の上に置いて、まるで私を抱えて…ガードしてくれている様なんだもの。
そこで私はモソモソと玄少年の着物の袷から身を乗り出し、コロリを地面に落ちた。
落ちた先で斯季将軍の方を見上げれば、彼が案外近い位置に立っているのが分かった。
自分に大きく掛かる斯季将軍の黒い影に、私は僅かに垂直に跳び上がって「ぴきゅ!」と鳴いた。
怖い。怖いけど、ここで逃げてはけない!な、何とか自分で行動を起こさなくは…!
そこで私は斯季将軍がヒラリと纏ってる長めのマントの端を掴んで、引っ張った。
怖い怖い怖い怖い…!怖いけど、今度は将軍のマントを放してはけない!
そして、玄少年の腕も同じく放してはけないのだ…!………と言うか、私が放せない!!
私は斯季将軍のマントの端を震えながらも"ギュゥ"として力を緩められない手で握り、尻尾を最大に伸ばして玄少年の腕に巻きつかせたまま、二人の間で何とか踏ん張った。
中間でガタガタプルプルと震えてる怪しい毛玉と化した私は、「放してはいけない」以外の思考が全く出来なくなっていた。
「…っ、きゅ、きゅ~ぅ、きゅ~~ぅ…!」
「…珠々(シュシュ)、大丈夫。僕はまだここに居るよ」
尻尾の毛玉を玄少年にゆっくりと撫で触られて、私は少し震えが治まってきた。
よ、よし!落ち着くんだ…。
「俺では怖がってしまう月使も、お前なら怖がらないのだな」
そうしてると、私を寂しく見下ろす斯季様の呟きが上から降ってきて、パラパラと雨の様に私の身体に当たってしみ込んだ気がした。
何だろう…この罪悪感は…。いや、実際…そう、なのかな?
「…俺も毛玉に触れてみたいのだが、どうも…許してくれない…。これでも動物には好かれる方なのだが…自惚れだったか」
「…将軍は、毛玉に触れたいのですね?」
「きゅ…?」
溜息混じりの将軍の言葉の後、玄少年は私に近づき抱えて将軍へと差し出した。な、なに?
「僕がこうして珠々を捕まえておくので、ちょっと、撫でてみますか?」
玄!?少年!?君は何を言っておるのですか!??
あ、あ、あ!斯季様も"ごくり"とか喉を鳴らしたり、急に期待の眼差しをしないで…!!!?
「珠々、良いよね?」
「きゅ~~!きゅ~!きぃ!きゅう!!ぎゅ――!!?……ぎゅぎゅぎゅッ!!」
「……いや、残念だが、止めておく。これ以上嫌われたくない…」
私の物凄い拒絶具合に、斯季様は明らかに凹んでしまった…。
だって、直だよ、直!マントでも死にそうだったのに!
玄少年は私が"男"の人がとても苦手なのを知らないから…、そういう行為をしたんだろうけど…!
駄目なモノは駄目、無理なモノは無理!!!
と、とにかく…今は、無理で駄目でお断りします…!
ジタバタと玄少年の手の中で暴れ出した私を見て、斯季将軍は別な話題を振ってきた。
「…ところで、何で…その…。名前を知っている?」
「…この月使が教えてくれました」
「…?」
「……もしかして、まだ…知らないのですか?月使、この珠々は場合によっては喋る事も出来るのです」
あー…。確かに。
姿が変わるのは燕様は知らないからね。犀お爺ちゃんだけだったな、知っているのは…。
「…こちらの知らない月使を知っている様だし、良く懐いてる…」
玄少年の言葉に斯季将軍が纏う空気に、僅かに硬質さが加わった?
何だか変に緊張してくる~~…。
でも、斯季将軍は一体何を…?
私がそんな疑問を抱いた時、将軍は言葉の続きを紡いでいた。
「少年、月使を連れて俺と一緒に、宮まで来てくれないだろうか?
その月使は、燕様の物なのだ。その月使を保護してもらった事で、燕様に会ってもらいたい。
俺では…暴れて無理だろうが、玄なら大丈夫そうだからな。どうだろう?」
…何とも幸運な…申し出だった。




