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虹彩レジェンド~purple iris princess~  作者: 花凛兎
憎悪の烈赤~ゾウオノレッカ~
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赤の覚醒


「十五年前、エデンの屋敷が何者かに放火され、全焼した事は知ってるな」



「もちろん。当時、原因不明の流行病でふせっていた領主夫妻は逃げ遅れて、アミーナだけがウチのジジイに助け出された」



 ダンの言葉にロギが小さくうなずく。



「いち早くそれに気づいたのが、当時、王都にある私の実家で執事をしていたヴォックスで……その縁で当家がアミーナを一時保護した。その時に私は初めて彼女に出会い、そのシンパシイも目にしたんだ」



 ロギの生家であるウェイハウンド家は、今も王都フレミアにある。



 元をたどれば王家とも繋がりのある旧家であり、ダンの一族と同じ、守り人の家系だ。

 だがここ数十年ほどで、守り人というより、王家の忠実な騎士の家柄として定着しつつある。


 現にロギの父であるウェイハウンド候は、現在、王の近衛隊長を務め、名実ともにこの国最高の騎士の地位を持つ。



「これも知っていると思うが。私は今の父の末の妹……もう亡くなっているが、その人とちょっと身分のある人との間にできた子でな。今の父母は育ての親だ。それを知ったあの頃は、私のせいで父や母に迷惑をかけていないかとか、生まれてきて良かったのかと随分思い悩んでいた」



 ロギの胸に、あの頃の行き場のない重い感情が蘇る。


 今となっては理解のできる事情も、当時はただ自分の存在を全否定されたように思えて受け入れることは出来なかった。



 そんな中、我が家に突然やってきた女の子の赤ちゃんは、ロギにとって宝物のように愛しかった。


 その子もロギがおぼつかない手つきで抱いてやると、天使のように笑ってくれる。


 無条件に自分を頼り、安心して眠るその子に、ロギの胸は泣きたくなるような切ない嬉しさで一杯になったものだ。




 そんなある日、ロギがアミーナを抱いて屋敷を散歩していると、通りかかった廊下の奥の部屋から大きな声が聞こえた。



「証拠なんかいらない! こっちは領主とその奥方も殺されてるんだ。黙ってやり過ごせとでも言うのか!」



 その声は語尾が怒りで震えている。



「そうは言っていません。ただ、相手が相手だ。証拠がない限り、下手に手出しはできません。おわかりでしょう」



 後の声の方が落ち着いてはいたが、かえってそちらの方が遥かに鬼気迫るものを感じて、ロギはとても恐ろしかった。


 続けて、ガンと壁を叩く音。



「許さん……! 絶対に。我がエデンに手出しをした事を必ず後悔させてやる……!」



 その時だった。


 ロギの腕の中から、獣のような低い唸り声が聞こえたのだ。



(……何? 今の……)



 ロギの背筋に、何かゾクッと冷たいものが走る。


 そして次の瞬間、



「ウオアアーーーーーーーーー!!」



 アミーナが叫んだ。


 生まれて一年足らずの子が出す声とは思えない。

 それは何かがほとばしるような、まさに咆哮だった。



「アミーナ、どうしたの。何? 何なの?」



 訳がわからず、恐ろしい声で何かを叫ぶアミーナをロギが揺さぶる。



 その声に奥の部屋から、先ほどの声の主たちが何事かと飛び出してきた。


 父と、この家の執務長のヴォックス、それに知らないグレーの髪の男の人だ。



「え……? アミーナの目が……」



 ロギが腕の中を覗き込むと、アミーナの瞳が銀色に光っている。



(何……これ。さっきまで薄い茶色だったのに?)



 そう思うのもつかの間、今度はみるみるうちに赤く染まっていった。



「わあああ! アミーナの目から血が……!」



「血……? いや違う!」



 グレーの髪の男の人がアミーナを覗き込んで叫ぶ。


 続いて駆け寄ってきたヴォックスも、それを見て顔色を変えた。



「皇女の、憎悪の烈赤……!」



(ヒメミコノ……レッカ?)



 ロギは今聞いた言葉を心の中で繰り返した。



 意味はわからない。


 けれど何か恐ろしい事がアミーナの身に起きているのだと感じる。



「いかん! 我々の感情に完全にリンクしてしまっている……。代々受け継がれるエデンの皇女の神力はシンパシィだ!」



 父が叫んだ。


 その間もアミーナは、地底から湧き出すような声を上げ続けている。



「だ、だめだ……なんとかリンクを止めないと……。ヴォックス、お前にも見えるだろう!」



「ええ。命が漏れ出してしまっている……!」



 ロギはその言葉を聞いて血の気が引いた。




 ――自分にも見える。


 アミーナの身体から何かモヤモヤとした白い霧のようなものが、上へ上へと立ち昇ってゆく。

 その霧は、どんどん濃く深くなっていくように色を増す。



「この白いのがアミーナの命なの? だめだよアミーナ、そんなのダメ!!」



 ロギは無我夢中でアミーナの身体から立ち昇る霧を片手で掴んでは戻し、掴んでは戻し……けれど霧は手でかき混ぜられるだけで、その勢いが止まることはない。



「この子……見えているのか? 我々と同じ守り人の力が……?」



 グレーの髪の人がそう言ったように聞こえた。


 何のことだか分からなかったが、今はそれどころではない。


 アミーナがいなくなってしまう。

 ロギはそれだけが心底、恐ろしかった。



「アミーナだめ! 戻って! ぼく……ぼくが傍にいるから! お願い、アミーナ!!」



 その時だった。


 アミーナの頬に顔を押し付けて泣き叫ぶロギの額が、カッと白い光を放った。



 それはほんの一瞬。


 だが、辺りすべてを白一色にしてしまうほどの、目もくらむような強い光。



「これは……! 間違いなく……」




 やがて、自分の泣き声だけが聞こえていることに気づき、ロギは恐る恐る顔をあげた。


 腕の中のアミーナが、何事もなかったかのように笑って自分の頬に手を伸ばしてくる。


 その虹彩の色はいつものはしばみ色に戻っていた。



「ローイ、オーイー」



 アミーナがロギの名を初めて呼ぶ。



「う……、うわあああああん!」



 ロギはアミーナを抱きしめて、大声で泣いた。


 父は呆然と立ち尽くし、グレーの髪の人がその場にヘナヘナと座り込む。



 そしてヴォックスが唇を震わせて呟いた。



「シンパシイを制御する力……。新しい守り人の覚醒だ……!」






「――その後、エデンの屋敷の改築を待って、アミーナは帰ることになった。私と……ヴォックスも一緒に」



 いつのまにか焚き火の火は消え、灰が燻ぶるだけになっている。



「マリカさんは?」



「あの人は元々エデンの屋敷にいた人だ。火事の日はたまたま実家に帰っていて難を逃れた。領主様たちがかかっていた病を治す薬を調合しに行っていたらしい。彼女の実家は有名な薬師なんだ」



「ふうん」



 ダンはそれ以上何も言わなかった。


 ロギは遠い過去の自分に思いを馳せ、ゆっくりと空を仰ぐ。



「それからの日々は幸せだったよ。やっと自分を必要としている人がいて……自分の居場所を見つけたような気がした。だが私の力は戦闘には役に立たない。だから剣の腕を磨いた」



 傍らの長剣、エクスカリバーに目を落としロギは続ける。



「ヴォックスはああ見えて腕の立つ剣士でね、私の素晴らしい師だよ。マリカさんからは薬学を学んだ。アミーナには外部の人間との接触を禁じて力が発動しないようにしてきた。そうやってアミーナをあらゆる事から隔離してきたんだ。でもそれでは、確かにアミーナは人として成長できない……」



 ロギが自嘲気味に微笑むと、おもむろにダンが立ち上がり焚き火に水をかけた。


 ジュワッという音と煙が立ちのぼり、火が消える。



「ロギの力は、不安定なアミーナにとって不可欠なものだろう。それって、戦闘に役立つよりもずっと必要で価値があるんじゃないか? 恐れないで、あいつにいろんな事を教えてやろう。……二人で守りながら」



 ロギは驚いてダンを見上げた。


 澄んだ目でじっとこちらを見つめる彼はとても大きく見える。



「お前の言うとおりだ。しかし、お前は本当に聡いな。それがお前の守り人の能力なのか?」



 ダンがちょっと肩をすくめ、いつものようにニッと不敵に笑う。



「まあ、それも一部ではあるけど……。でも、守り人にむやみに能力を訊ねるのはタブーなんじゃないの? 俺たちの力っていわば隠し玉だろ。知ってる人間は少ないほうがいいんだぜ」



「はははっ、それもそうだ。まあ、いずれ分かるだろう。さあ行こうか。夜までに次の町に着きたいんだ。野営はなるべくしたくないからな」



 ロギが颯爽とマントを翻し、馬車のほうへ歩き出す。



 その心は不思議と晴れやかだった。





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