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虹彩レジェンド~purple iris princess~  作者: 花凛兎
憎悪の烈赤~ゾウオノレッカ~
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皇女の神力



 まだ夜も明けきらぬ早朝、辺りは乳白色の霧に包まれている。


 澄んだ冷たい空気が、屋敷の庭を濡らす。

 用意した馬車に繋がれた二頭の馬が、ブルルと首を振った。



「じゃあ、いってきます。ヴォックス、マリカ、留守をお願いね」



 アミーナは屋敷に残る二人に向かって、ペコリと頭を下げた。



「いってらっしゃいませ、皇女。つつがなく儀式を済ませてお戻りになりますよう、祈っております」



 ヴォックスはアミーナの手をとり、マリカは震える唇をぎゅっと結んでアミーナを抱きしめる。



「いってらっしゃい、皇女。ロギ様の言うことを良く聞いて。髪は毎日、櫛を入れてくださいね。それと食事にも……気をつけて」



 最後の言葉は涙のせいで小さくしか届かない。


 母親がわりに育ててくれたマリカの気遣いが胸にしみる。



「うん……わかった。マリカも身体に気をつけて。ちゃんと皇女のお役目、果たしてくるからね」



「なんだよ、アミーナの泣き虫はマリカさんの影響か?」



 マリカがダンの軽口をキッと睨みつけ、大きな身体のわりに素早い動きで彼をひょいと抱え上げた。



「なな、なにすんだよー!」



 暴れるダンの頭を押さえ、自分の肩に押し付けてマリカが言う。



「ダン、あんたはお腹を出して寝ないこと。それとちょっと気管が弱いから、乾燥しないようにこまめに水分を取るんだよ、いいね」



 ダンはマリカに抱かれたまま目を見開いている。


 ここに滞在したわずかの間にダンの身体の事を理解し、そして気遣ってくれる事に驚いているのだろう。


 けれど、マリカがそういう人間であることをアミーナは良く知っている。



「……わかった」



 ダンも素直にうなずき、マリカを上目遣いに見上げた。



「皇女の事、お願いね。あんたの皇女だ。あんたが守るんだよ」



「うん、まかせろ!」



 マリカが笑ってダンを下へおろすと、御者席のロギが静かに声をかける。



「……行くよ、アミーナ、ダン」



 二人はうなずいて馬車に乗り込んだ。


 ロギが手綱をとると、馬は軽くいなないて屋敷の庭から丘の道へゆっくり出て行く。



 窓から振り返って見ると、だんだん小さくなるヴォックスとマリカは、いつまでもそこに立っていた。






 社に向かい出発し、半日ほど進んだ森の中。



「――――私に、世の中の事を教えてください」



 ロギとダンが何事かと手をとめる。


 三人はマリカが作ったお弁当で昼食にしようと、この森で休憩しているところだった。



 アミーナの真剣な顔にダンはため息をつき、頭をポリポリ掻く。



「お前、極端なんだよ……」



「だってこの旅は世の中の事を知るいい機会だって言ったじゃない! それだけじゃなくって、私、剣も使えるようになりたい!」



 そのセリフを聞いて、ロギがダンを軽く睨んだ。



「ダン、何かアミーナをたきつけたな」



「やめてくれよ。俺はこの旅でいろんな事を体験して成長しようって、ものすごーく当たり前の事を言っただけだよ」



 ダンと、あからさまに渋い顔をするロギのやりとりをアミーナが固唾を呑んで見守る。



「……まあいいんじゃないの? よし、じゃあ手始めに俺が剣の使い方を教える」



「本当?」



「ダン!」



 ロギの反応などおかまいなしに、アミーナは無邪気に手を叩いて喜んでいる。



「なんだよ、アミーナだって護身用に剣くらい使えた方がいいだろ? 世の中の事は、ロギが教えてやれば?」



 ロギはしばらく何か考えこむようなそぶりを見せ、やがてため息をついた。



「仕方がない。ただし、それで敵に向かおうなんて思わないでくれ。あくまでも護身程度だ。いいね、アミーナ」



 言い終わる前に、アミーナがぴょんとその首に抱きつく。



「わかってる! ロギに心配かけるようなことはしないから。やったあ!」



 首にぶら下がるアミーナの背中をロギはトントンと優しく叩き、苦笑いで応えていた。






 ――その後、食事をしている間中アミーナは上機嫌で、片付けも自分がすると言って馬車に荷物を運んでいたが……、いつのまにか荷台で昼寝をきめこんでしまった。



「のんきなお姫様だな」



 ダンはひとしきり笑うと、ロギに向かって視線を投げかけた。



「……それで?」



「え?」



「俺に何か言いたいことあるんだろ? 余計な事言いやがって、とか」



 たき火に小枝を放り投げて、ダンがニヤリと笑う。



「ああ……いや」



 ロギは小さくかぶりを振り、ダンの隣に腰を下ろした。



「そんな事を言うつもりはないよ。ダンの言うことはいちいちもっともで……私が過保護すぎるんだ。……恐くてな」



 ロギも手にした小枝を火の中に投げ入れる。



「皇女の神力の事か。だから世の中や人からアミーナを隔離してる」



 たき火を見つめたままの青い瞳がピクリと揺れた。



「本当になんでも知ってるんだな。確かに自分の皇女の神力の事を聞いてないはずはないが。じゃあ、私の力の事も?」



「ジジイが最初に言っただろ。俺には守り人として必要なことは全て叩きこんであるって」



「そうだったな……」



 たき火の小枝が爆ぜるパチパチという音だけが小さく聞こえている。


 やがてロギの重い口が静かに語り始めた。



「アミーナの……エデンの皇女の神力はシンパシィ(共感)。人の心がアミーナの意思に関係なく入り込んで、その感情が彼女を支配する。より強い感情を持った人間が傍にいれば、勝手にリンクしてしまうだろう。……皇女が神力を使うと……」



 それきり黙りこんだロギの瞳に、焚き火の赤がユラユラと映りこむ。



「……皇女の神力の行使は、自分の生命力と引き換えになされる……だろ?」



 ダンが静かに後を継ぐと、ロギは苦痛の面持ちでその瞳を閉じた。



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