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虹彩レジェンド~purple iris princess~  作者: 花凛兎
神降りの金色~カミオリノコンジキ~
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初恋とかたつむり



 自室の窓から見える町の灯りを、アミーナはぼんやりと眺める。


 祭りで賑わう町はいつもより明るく、その溢れる活気が浮かび上がって見えるようだ。



 アミーナは、この丘の上の領主家敷地内からあまり外に出たことがない。

 町へ降りるのは、様々な祭事や葬儀の時に限られている。


 いつもこうして遠くから、屋敷を囲む低い塀越しに眺めるばかり。



 幼い頃は外に出たいと言っては、親代わりのヴォックスとマリカを困らせたものだ。


 ヴォックスはそんなアミーナを慰めるため、屋敷の敷地内に広い花畑を造ってくれた。

 そこで毎日ロギと遊ぶうち、なんとなく外への執着は諦めへと変わっていった。


 けれど、それもついに今夜限りだ。



「……娘たちよ皇女ひめみこよ。心の虹彩こうさいを得よ。百の年月を経てあいまみえん。父の降り立つ神の社にてその役割を果たせ。さすればその地、百の歳月恩恵を授けん……」



 代々、領主家に伝わる伝承を口にしてみる。



 百年に一度、各領地の皇女たちが国の中心に位置する「神の社」と呼ばれる大樹に集まり、それぞれの地の繁栄を願う儀式。


 その儀式を終えて初めて役目を果たしたことになり、皇女と守り人の持つ特殊な能力は失われるという。



 もともとこの国の領地は、神が自分の娘達に国を分けて与えたのが始まりとされ、王族でもない彼女達が皇女と呼ばれるのは神の娘という意味合いがあるからだ。


 それがこの国の「皇女伝説」。



 アミーナも、明日からその儀礼の旅に出ることになる――。




 そこへ、ノックもそこそこに部屋のドアが乱暴に開いた。



「アミーナただいまー。まだ起きてるかー?」



 ダンが大きな包みを抱えたまま、足でドアを押さえている。



「おかえり。でもなあに? その荷物。何を買ってきたのよ。旅の荷物は少ない方がいいってロギが……」



「ごあいさつだな。どこかの皇女が大好きな砂糖菓子だっていうから、頑張って運んできたのに」



「え、そうなの? わあ、さすがロギ。いっこ食べちゃおうっと」



 中身が判明した途端、アミーナは包みに飛びついた。


 その様子を横目で見ながら、ダンは小さな身体を部屋のソファへゆったりと沈める。



「なんだよ、儀式の舞の時はホントに神の娘みたいに見えたのにな。やっぱり俺のイメージ通りだったか」



「ふぉえ? いめーいって?」



 アミーナがさっそく口に頬張った菓子をムグムグと溶かしながら小首を傾げる。


 ダンは心底呆れたような長いため息をついた。



「綺麗で儚げで、守ってやりたくなる精霊のよう……ってのが一般的な皇女のイメージ。んで、その真逆がアミーナ」



「ちょっと待ってよ! なんでそんなひどいのが私なの!?」



 アミーナが慌てて菓子を飲み込んで、憤然と抗議をする。



「ひどくないよ。俺は今みたいなアミーナに会うのを楽しみにしてたんだからな」



 予想外な言葉に今までの勢いが完全に行き場を失う。


 戸惑うアミーナの手からダンは菓子を一つつまんで自分の口に放り込んだ。



「俺の兄貴がさ、小さい頃アミーナに会ったことがあるんだって。俺達の皇女は元気で可愛いってずっと聞かされてたから」



 アミーナの目が思わず丸くなる。



「俺達って……、ダンのお兄さんも守り人なの? だったらどうして今回、来てくれないの」



「とっくに死んじゃったから。事故で」



 ダンはこともなげに言ったが、アミーナは言葉に詰まってしまった。



「兄貴もさ、その頃はジジイに連れられて、あちこちで修行してたんだ。それでこの町に来てアミーナを見たんだって。いつも走ってきて、転んで笑って、とっても可愛かったってよく話してくれたんだ。お兄さんらしき金髪の美少年がいつも一緒だったとも」



「ああ……それはロギね?」



 アミーナの心が自然とその話に引き込まれていく。



「ま、そうだろうな。それである日、兄貴は思い切って声をかけて遊ぼうと思ったんだって」



「ええっ? 私、そんなの覚えてない」



 ダンはふっと笑って、肩をすくめた。



「あたりまえだよ。結局、声をかける勇気が出なかったんだと。で、そのまますごすごと帰ってきてそれっきり」



「え……そうなんだ。私、ダンのお兄さんに会ってみたかったな。どうして声をかけてくれなかったのかしら」



 アミーナが頬をぷーっと膨らませる。



「ひとつは、ジジイに会っちゃいけないって言われてた事。兄貴はうちの一族の秘密兵器だったから、時が来るまでかなり厳重に隠されてたらしい。もうひとつは、アミーナとロギがあんまり仲がよかったんで、入っていく勇気が出なかったんだって。情けないだろ」



「そんなこと……」



 アミーナはその情景を想像してみた。



 幼い頃の自分とロギ。


 それをそっと遠くから見つめていた、ダンに良く似た男の子。



「当時の兄貴は喘息もあったらしくて、ちょっと身体が弱かったんだ。それもあって、次に会う時までに気後れなんかしない男になろうと、修行に明け暮れた。でもよく言ってたよ、あの子が自分の皇女で嬉しいって。兄貴の、今思えば初恋だったんだろうな」



 ダンが遠い目をして薄く笑う。


 思いがけず知らされた幼い恋心が、アミーナの心を切なく揺らした。



「で、兄貴の初恋の人がどんな美少女に成長してるのかなーって、俺としてはすごく楽しみにしてたって訳」



 ちらとこちらを見るダンに、アミーナの胃の辺りがキュッと絞まる。



「そしたら一般的なイメージに反して、小さい頃のイメージのまんまの皇女だった……実に愉快」



 カカカと笑うダンをアミーナは小さく睨むと、こぶしでそのお尻をポカッとやった。



「痛ってーな。だって走ったり転んだりってとこ、やっぱり今もあんまり変わってなさそうじゃないか」



 アミーナはまた反論出来ずに、ただぷーっと膨れるだけだ。



「いいんじゃないの? その頃の兄貴は本当にしんどい毎日だったと思うんだ。修行は辛いし、身体も思うようにならない。でも元気なアミーナに会って、あの子の為なんだって思ったら毎日が変わったって。いろんな事があまり苦にならなくなったんだって」



 そんな風に言われるとなんだかちょっと照れくさい。

 ……と同時に、引っかかる事もある。


 それはアミーナが、皇女と守り人の関係において常々不思議に思っていた事でもあった。



「ねえ、どうしてお兄さんもダンも、私が自分の皇女だってわかったの? もちろん守り人として何かの能力はあったんだろうけど、他にも西や北に皇女はいるのにどうして私だって……」



 するとダンは少し驚いたような顔をしてこちらに目を向けた。



「なんだよ、知らないのか? 守り人は会って顔を見れば自分の皇女かわかるんだ。手を握ればもっと感じる。なんとなくじゃなくて確信できる。それが能力のひとつでもあるんだ。ただし、皇女の方から守り人はわからない」



「え? どうして」



 それは今までロギやヴォックスからも聞いた事のない、初めて耳にする話だ。



「守り人の中には、アミーナが知らない方がいいような能力の持ち主もいるんだ。汚れ役に徹しなければならないような。そういう奴は名乗り出ないで、密かに役目を果たす。皇女の心に負担をかけない為だと言われてる」



 アミーナは訝しげに首を捻った。


 ダンの話は難しい。

 この子供とは思えない優れた思考能力がダンの守り人の力なのだろう。



「汚れ役って……。ようするに何か危険な、私が知ってたら絶対嫌がる能力を使って守ってくれるって事?」



「そうだよ。例えば、そうだな……。一回、力を使うと爺さんになっちゃうとか」



「そんなのダメに決まってるじゃない! そんな、私の為に誰かがリスクを背負うなんて嫌よ」



 声を荒げるアミーナに、ダンは急に険しい顔つきになった。



「……ひとつ言っておく。俺達守り人は自分の能力に誇りを持ってる。それがどんな能力でもな。皇女を守るために与えられた力は、俺達にとっては何物にも勝る宝だ。だから皇女であるアミーナがその能力について良いだの悪いだの言っちゃダメだ」



 厳しい目で見据えられた途端、アミーナの涙腺が突然緩んだ。



「はあ? お、おい、なんで泣く!?」



 ダンがオロオロとソファから立ち上がり、テーブルの上のナプキンをアミーナの顔に押し付けてくる。



「だって……そんなにまでして守ってもらう価値が自分にあるのかな。私の皇女の力ってすごく面倒くさくて……役にもたたないし。それのせいで外に出た事ないから世間知らずだし、こんなんじゃ社への旅が終わっても私、ちゃんとした領主様になれるかどうか……」



 ナプキンに顔を埋めてぐずるアミーナに、ダンは困ったように頭をかいた。



「あのなぁ、俺たちが皇女を思う気持ちって特別って言うか本能なんだよ。いいじゃないか。これから少しずついろんな事を知って成長していけば。今回の旅も、外のことを知るいい機会だろ」



 涙でぐしょぐしょになったナプキンを握り締めて、アミーナが顔を上げる。



「……そんな、のんびりでいいのかな……?」



「いいよ。一緒に悩んだり考えたりしようぜ。そういうのを全部知って、その上で笑えるように強くなるんだ。エデンの皇女はいずれ、立派な領主様になるよ。俺が保障してやる」



「ダン、あなたって……本当はいい子ー!」



 こみ上げる甘酸っぱさに、洪水のように涙腺が決壊してしまう。



「うわああ。お前ってよく泣くな。泣いたって何も解決しないだろが。もうナプキンもないぞ!」



「だって、だって……ふわああああん!」



 もう止まらない。


 ダンって意外と優しい。



「あああ、わかった。これもやるから、もう泣くな!」



 ダンがポケットからなにやら小さな物を取り出して、アミーナの手元に押し付けてきた。



「……かたつむり?」



 アミーナの手の中には、丸い渦巻きが楽しいかたつむりの形をした蜜色のキャンディーがある。



「あの……町で見つけてさ。おもしろいから買ってきた……アミーナが喜ぶかなと思って。でもやっぱり変か」



 ダンは自分のシャツの端を持って、アミーナの顔を乱暴にゴシゴシと拭いた。



「う……ふええ。ううん、変じゃない……。ありがと……嬉しいよダン。あたし、がんばる。もっと強くなるから……。ちーん!」



「うわー! 俺の一張羅で鼻かむなー!!」



 夜が明ければ、いよいよ神の社に向けて出発する。




 それは忘れられない旅の始まりだった――。




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