表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虹彩レジェンド~purple iris princess~  作者: 花凛兎
神降りの金色~カミオリノコンジキ~
5/52

二人のナイト



「この店で最後だ。早く来い」



 ロギが町の居酒屋に、ずかずかと足を踏み入れた。



「なんだよー。なんかさっきからずーっと怒ってないか?」



 続いてダンがチョコチョコとその後を追う。


 居酒屋は大変な賑わいだったが、幸いにも空いていた小さなテーブルを見つけ二人は席についた。

 

 

「お前がアミーナに変なことを言うからだ」



 普通の客を装うためにもロギは簡単なつまみとワイン、ダンにはケーキを注文する。



「いいじゃんか。そのおかげで上手く煙に巻いて、すんなり出てこられたんだから。大丈夫、アミーナは何の事かわかってないよ」



「それはそうだが……、万一私がそういう人間だと思われたら信用問題にかかわる」



 すぐにテーブルに注文の品が運ばれ、二人は揃ってウェイトレスにニッコリと笑顔を向けた。



「私は日頃から、アミーナ以外のものに心を奪われる事がないように気を付けている。他のものに執着すると、いざと言う時迷いが出るからな」



 ワインをロギが一気に煽るのを、ダンはケーキを口に運んびながら怪訝な顔つきでじっと見つめる。



「……ロギって二十歳は越えてるよな。まさかその精神で、いまだに清いカラダ……?」



「だからなぜ子供のお前がそういう事に精通してるんだ! ……まあ、それとこれとは話が別だ。心さえ囚われなければ何の問題もない」



 ロギはしれっとそんな事を言い、またグラスにワインを注いだ。



「うわ……なんかタチ悪ぃ。うちのエロジジイと同じタイプか」



「ん? それはまさかエリシス殿の事か? ふうむ、あの方が……。人は見かけによらないものだ。実に理想的だな」



 ロギが穏やかに微笑む。


 その優しい雰囲気と中身はどうやら随分と違うようだ。



「うん。やっぱ俺、ロギとはうまくやれそうだ。ところで後ろを見てくれ。……振り返らずに」



 ダンは口にくわえたフォークでわずかにその方向を示した。



「全くお前は……無茶ばかり言うな……」



 ロギは銀の水差しでグラスに水を注ぎ、それをテーブルにドンと置いた。


 そしてさりげなく、僅かに水差しの角度を調節する。


 よく磨きこまれた水差しの側面が、ロギの後ろの様子を映し出した。



「あれは……」



「どーお?」



 ダンが可愛い声で、白々しく小首を傾げる。



「間違いない、当たりだ。ただの商人があんな底に布を張った靴を履いているわけがない。足音を消すための用心だろう」



「ていうか、その手の気配がダダ漏れ。どうみてもありゃ、素人だなぁ」



 ダンが笑いを噛み殺して、ケーキを口に放り込んだ。



 その男は、室内なのに帽子を目深に被り、目だけは油断無くあたりを窺っている。

 周りの客の会話に聞き耳を立てているようにも見えた。



「どうやる?」



 ダンが楽しそうに聞くと、ロギはちょっと考えてから作戦を耳打ちしてくる。



「えー? それじゃ、俺の出番少ないじゃないか。つまんねーよ」



「いいや、お前の役は重要だ。お前の演技力と可愛らしさに期待してるよ」



 ダンの頭をくしゃっと撫でてから、ロギは席を立ち食堂の奥にある手洗いに消えていった。



「なんだよ……ロギの奴、自分ばっかり楽しんでないか?」



 ブツブツとぼやきながらも作戦は決行。

 ダンは頃合いを見計らって席を立った。



「ごちそうさまぁ。すっごく美味しかったー」



 演技の声でそう叫ぶと、テーブルの食器を重ねて片付け始める。

 ダンはクリームのペッタリ付いたフォークをうまく親指で押さえ、例の男の方へ歩き出した。


 そしてすれ違いざま、親指をうまく滑らす。



「ああっ! ごめんなさーい」



 クリームの付いたフォークは見事に男の膝の上におち、ズボンを汚した。


 男は椅子から飛び退き、自分の膝を唖然と見下ろしている。



「何やってるんだ、このチビ!」



 男がダンに向き直り、眉を吊り上げた。



「ごめんなさい、お兄さん。ああ、ボクなんて不注意なんだろう。こんなカッコいいお兄さんの服を汚しちゃうなんて。早く水で落とさないとシミになっちゃう」



 ダンが申し訳なさそうに目を潤ませると、男は可哀相になったようで語気を和らげた。



「あ、ああ……。まぁいいよ。拭けば落ちるだろうし……」



「僕、マスターに言って布巾をもらってくる! お兄さん、先におトイレに行ってて」



「ん……そうか。そうだな」



 素直に男が席を立ち、言われるままに手洗い場に向かっていく。



「……はい、一丁あがり。ホントに悪ぃな、オッサン」



 男の後姿を見送り、ダンはププとほくそ笑んだ――。





 ――その後、ロギが手洗から戻って来るのを待って、二人は悠々と居酒屋を後にした。



「やはり、今回の旅の日程とルートを探っていたらしい。見知らぬ男に雇われて、屋敷の周りを見張ったり、町の噂なんかを拾ったりしていたそうだ。雇われ者なんで、あまり情報は得られなかったよ。とりあえずトイレのフックに吊るしてきた」



 思った通り、今回の儀式の妨害を企てている者が存在する。

 敵、と呼んでもいいだろう。


 どうやら快適な旅と言うわけにはいきそうにない。



「ふうん。やっぱりそういうコバエが動き出してるんだな。ロギもそれを確かめに来たんだろ? 買い物どころか、宿屋や食堂ばかり覗いてるじゃないか。だと思ったから俺もついてきたんだ」



 ダンが得意げに鼻を鳴らしてみせる。



「本当にお前は賢いな。……さあ、帰ろうか。明日は早いからな」



 ロギはそれだけ言うと、ダンの背中を押して宿屋街を抜け、商店街に出た。



「ああ、待っててくれ。この菓子屋に寄っていきたいんだ」



 ロギが傍の小さな店に入っていくと、ダンもなんとなくその後に続く。


 店の中は色とりどりのキャンディーや焼き菓子の甘い匂いで溢れていた。



(こんな店でいい大人が何を買うんだ?)



 そうは思ったがダンは珍しい音符の形のキャンディーを見つけ、何気なく手に取った。


 少量ずつ、小分けの袋に入っている。



「おお、それじゃ! わしが求めておった、ぐるぐる模様のキャンディーは!」



 突然、ダンの手にしたキャンディーを取り上げ、一人の老人が嬉しそうに声をあげた。



「くぉらっ! ジジイ! それは俺が最初に見つけたんだぞ!」



 欲しかった訳ではなかったが、思わずそう叫んでいた。


 老人は怪訝な顔でダンを見つめている。



「なんじゃ、ぼうず。わしに取ってくれたんじゃないんかの? 同じやつならほれ、そこにあるじゃろ」



「え? どこ?」



 そう言われて商品棚を見回したが、同じ音符の形の物はない。



「なんだよジジイ、どこにあるって?」



 振り向くとそこにはもう、老人の姿はなかった。


 ダンはキョロキョロと辺りを見回したが、やっぱり見当たらない。



「あ……やられた! くっそー!」



 横取りされたと思うと、急に残念になってくる。


 アミーナに買っていってあげれば、喜んだかもしれないのに。



(しょうがない。これでいいか)



 ぐるぐる模様に影響されて選んだのは、蜜色のカタツムリ形のキャンディー。


 ところが、ダンが支払いをしようと会計に行くと、やけに高価だ。



 店員にそれを問いただすと、信じられない返答が返ってきた。



「え? 先程のおじいさんの分と合わせてその値段です。孫の君が払うからって、もう出て行ったわよ。どうぞお支払いを」



 ダンの口が開いたままパクパクと鯉のように動く。



「あんの……クソジジイー!」




 ――そんなハプニングに見舞われながらも、ダンとロギは賑わう町でそこそこの収穫を得て、帰路についた。



「それで、そのご老人の分も払ってきたのか! あっははは!」



 ロギが、ふくれっつらのダンの頭をポンポンと叩いて笑う。



「いいよ、もう。でも金の事よりも騙された事の方が悔しい」



 ダンはもう、頭を叩くロギの手に抗議する気力もない。



「ところでさ。俺が持たされてる、この大量の菓子はなんなの?」



「ああ、それはアミーナへのお土産だ。その店の砂糖菓子は彼女の大好物なんだ。しばらくエデンには帰れないからな」



 荷物を持ち上げたまま、ダンは呆れ顔になって、はぁーっとため息をついた。



「あんたの頭の中は本当にお姫様の事でいっぱいだな。可愛いっちゃ可愛いけど、色気はねえし、能天気で悩みとか全然なさそう」



「こらこら、何を言う。アミーナは素敵なだぞ。惚れるなよ」



「俺はしっとり美女が好みなんです。まあ、ロギに見捨てられたら可哀相だから拾ってやるかな」



 夜道を歩きながら声を揃えて笑う。



 笑いながらダンは、アミーナへのお土産のキャンディーが入ったポケットの膨らみをそっと荷物で隠した。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ