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虹彩レジェンド~purple iris princess~  作者: 花凛兎
泡沫の夢~ウタカタノユメ~
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決戦の火蓋



 一陣の風が木々の枝葉を巻き、その白い大木の前に突然アミーナとマグナは姿を現した。



「はは。思ったとおり皆さんお揃いだな」



 マグナはアミーナを地に下ろし、腰だけは人質らしくしっかりと引き寄せる。


 瞬間移動の残像がまだチラチラするアミーナの目に、前方の木陰に座り込むロギとリアン、そしてカナンの皇女の馬車が見えた。



 すると、ふとロギが顔を上げこちらに目を凝らす。



「アミーナ!? ダン、アミーナが……!」



 ロギの大声に、馬車の荷台からダンが飛び出してきた。


 全員が一斉にこちらを見つめ息を飲む中、ダンだけは悪鬼のような顔でこちらに向かってくる。



「ダン!」



「オラアアァ!」



 地面を蹴って跳び、大きく振りかぶった拳から飛び出すジャマダハルがマグナに叩きつけられる。

 ガツンッと音がして、拳の刃は白い大木の幹をえぐった。


 だがマグナとアミーナの姿は当然そこから消え失せている。



「……やれやれ、血の気の多いガキだな。再会の抱擁にしちゃ乱暴だぞ」



 背後の木陰からアミーナを抱えたマグナが現れ、振り返ったダンが物凄い形相で睨みつけてくる。


 

「ダーン! 奴の力は瞬間移動だ。やみくもに向かっていくな!」



 後方からロギが叫ぶ。


 それをマグナはチラと見やり、視線は彼の腕を掴むリアンで止まった。



「マグナ……!」



 リアンの小さな呟きと彼女自身を、ロギが自分の背中に押し込める。



 その時、突然ダンが木立の中心で、大きく息を吸い込んだ。



「アミーナの……バカヤローーーー!!」



 周りの枝葉をビリビリと振動させ、獣のように咆える。


 言われた本人のアミーナは勿論、他の者も目をパチパチと瞬かせた。



「アミーナのバカ! アホ! マヌケ! お前の様子がおかしい事くらい、この俺様が気が付かないとでも思ったのか。結局何も言わないまま一人で先走りやがって!」



 ダンは真っ赤になって怒っている。

 あまりの剣幕にアミーナはついマグナに寄ってしまった。



「知ってたんだ……。えと、私に怒ってたの……」



「当たり前だ! お前がそっと出て行った時、俺もロギも気付かないフリしてやり過ごした。しばらくしてから追いかけたら……俺の目の前でそいつと消えやがった!」



 ダンはビッとマグナを指差す。



「おい、てめえ! 今までそいつ連れてどこで何してやがった。返答しだいでは明日の太陽は拝めないと思えっ!」



 マグナはしばらく唖然としていたが、やがてプッと吹き出し小さくアミーナの耳元に囁いた。



「お前が面白いのは奴の影響か」



(そう……なのかな)



 反論できずアミーナが複雑な心境で俯くと、その肩をマグナがこれ見よがしに抱き寄せる。



「勿論、こいつは俺の女にした。それにお前にはもう飽きたそうだ」



 アミーナが目を丸くしてマグナを見上げる。



 するとダンは小さく舌打ちし、横目でマグナを睨みつけた。



「……そんな訳あるかボケ。虹彩なんか見なくたって俺にはわかるんだよ」



(……! ダン……)



 アミーナの胸に、驚きと共に熱い想いが広がる。



「そんな事になってたらそいつは俺の顔なんかまともに見れねえよ! そういうのじゃなくて、その肩抱いてるのもムカつくし、俺の見てないとこで手ぇ握ったりとか、まさかキスとか……!」



 秘かに青ざめるアミーナにマグナがフッと笑った。



「その程度の事で騒ぐな。冗談だ、こんなガキを相手にする趣味はないんでな。指一本触れちゃいないぜ」



 アミーナがマグナをそっと盗み見る。



「……噛まれた事は二人の秘密だ。その方が俺にとっちゃ面白い」



 そう小声で言うと改めて皆に向き直った。



「よく聞け! 俺は取引にきた。見た通りお前たちの皇女は預かってる。無傷で返して欲しければ……」



「待ってくれ!」



 突然ロギが叫んだ。


 今まで見ようともしなかったロギにマグナがゆっくり視線を巡らす。



「取引の前に、あなたに話がある。リアントロナをこの先は私に任せて欲しい」



 ロギの真摯な申し出に、マグナの目に僅かに影が落ちた。



「……俺に許可を得る必要はないだろう」



「許可ではない。報告だ。少なくともあなたはリアンの守り人で、ずっと傍にいてくれた。一人にしないでくれた。その事には感謝している」



 詰めていた息を吐き出して、マグナがロギの後ろを見つめる。



「……リア」



 リアンがピクリと震え、ロギの背中から顔を覗かせた。



「こいつらの所に行かせた時に用意した三人、あれから調べた。ルシルを殺った奴らだったようだな。流れ者で身元も確かめなかった。……辛かっただろう。すまなかった」



 リアンが目を見開き、ロギの腕を痛いほどに掴む。



「……あなたはずるいわ。ほんのたまに、そうして気まぐれに優しさを見せる……。もう、うんざりだわ……」



 見る間に溢れる涙の雫を、傍のロギがそっと拭った。



「やめなさい。彼は君をずっと守ってくれた守り人だ。リアン、君も彼を慕っていたはず……心は繋がっていたはず。きっと、私とアミーナのように深く……強く」


 自分の胸に顔を埋めるリアンを抱き、ロギがマグナに視線を投げかける。



「これからは、私が。ご安心を」



「……好きにしろ。取引の話をしてもいいか」



 ロギがわずかに頷くと、マグナは寄り添う二人から目を離した。


 黙ったままアミーナが彼のシャツを握りしめる。



「……皇女を返して欲しければ、こちらの要求通りの願いをリアントロナにさせろ。こちらにはあと二人の人質がいる。エデンの屋敷の夫婦だ。そのために皇女は俺の言うことには逆らえない。……いいな、こちらの願いは……」



「はて、人質とは誰の事か?」



 突然マグナの首筋に、鋭く光る剣が現れた。


 そのまま絶句し、マグナは息を詰めたまま自分の背後に突如現れた者にゆっくりと頭を巡らす。



「動くな若造。容赦はせん」



 灰色の髪、紺地のローブ。


 そしてマグナと同じ瞬間移動。



「親父!?」



「エリシス様!」



 一同が一斉に声を上げる。



「残念だったな。ヴォックスとマリカは私が助けた。おぬし、ヴォックスに遠距離会話の能力がある事は知らなかったようだな。……我らが皇女を放せ」



 マグナが首に筋を立てて唇を噛んだ。



「影……か」



 エリシスの剣に捕らえられた彼の手が、ゆっくりと肩から離れる。


 アミーナが彼からそろそろと後ずさるのと、マグナの片腕が音もなく静かに下を向いたのは同時――。



 次の瞬間、ダンがこめかみを押さえ目をカッと見開いた。



「親父! ダメだ、跳べ!!」



 マグナの袖口から、ポロリと小瓶が落ちる。


 揃って姿の消えたエリシスとマグナ、彼らの居た大木の根元で小瓶が割れて爆発が起きた。



「きゃっ……!」



 爆風に煽られるアミーナが、一瞬にして緑の球体で覆われる。


 小さな馬車の前でマルコムがこちらに手をかざし、それを心配そうに幌の中から見守るフォーラが見えた。



 ホッとしたのもつかの間、すぐまたダンの叫びが森に響く。



「親父! 後ろだ!」



 姿を現したエリシスの背中を狙って、マグナのクレイモアが光の尾を引いた。


 咄嗟に上段に構えたエリシスの剣がそれと交わり、澄んだ金属音が響き渡る。



 消えては現れ、現れては消え、互いに一振りずつ剣を交えてあちこちに出没する二人の戦いにアミーナは目が追いつかない。


 だがダンは実に的確に、次にマグナが現れる場所を指示していた。



「右! 後ろの木の陰! 親父、次は……上だっ!」



 森に響く、剣のかち合う衝撃音。


 木の上から体重をかけ振り下ろしたクレイモアをエリシスは弾き飛ばし、マグナが地面に転がった。



「どういう事だ! なぜ俺の現れる位置があいつにわかる! 奴の能力は変身だけじゃなかったのか?」



 鋭い剣の突きを巧みに避けながらマグナがエリシスに叫ぶ。



「私も驚いている。未来予知の能力を持った者は確かに昔いたが、ダンにそんな力はなかったはずだ」



 エリシスはまたその場から消え、それを追うようにマグナの姿も消え失せた。


 するとダンが、今度は悲鳴のような叫び声を上げる。



「な……っ、やめろ! アミーナ逃げるんだ!」



「……私?」



 先程の爆風からアミーナを守った緑のシールドはすでに消えていた。


 目の前にマグナがヒュッと現れ、声を上げる間もなくアミーナの身体を素早く掠め取っていく。



「……いやぁ……っ!!」



 視界がまたビュウッと流れ、気がつくと最初の白い大木の前に移動していた。


 チャキッと軽い音がして、小ぶりのダガーが首に突きつけられる。



「未来予知だと? アミーナ知ってたのか、あいつにそんな力がある事。かなり厳しくなっちまった」



 だが冷めた笑みを浮かべるマグナに、追い詰められた緊迫感は感じられない。



「私も知らなかった。ダンにそんな力が……」



「……ここまで、かな」



「え?」



 正体の見えない不安がアミーナの足元から這い上がる。



「おい、そこの奴! お前の姿が消えたら皇女がどうなるかわかってるな!」



 マグナの叫びにエリシスは身動きが取れなくなった。


 たまらずリアンとダンも叫ぶ。



「マグナ! お願い、もうやめて」



「赤頭てめえ……いい加減にしろよ。アミーナを放せ!」



「黙れ。全員一歩でも動いてみろ。皇女の命はない!」



 マグナはアミーナの首筋にダガーをぐっと押し付けた。


 全員がその場で凍りつく。



 中でもダンは指先一つ動かさず、瞬きさえ忘れたかのように刃に絡め取られたアミーナを見つめていた。



「しっかりしろダン! 考えろ……なにか奴の隙を誘う方法が……」



 傍のロギがダンにそっと耳打ちする。



「下手な真似してあいつが勢いで刺しちまったらどうする! やめてくれロギ、動くな!」



「ダン!!」



 顔面蒼白となり、前を凝視したままダンが震えている。



「やめてくれ……! 今にもアミーナの首から血が噴き出しそうで……ドレスが真っ赤になりそうで……。やめて……くれ……」



 掠れきった声は囁くほどに小さい。


 尋常ではないその様子にエリシスの一喝が飛ぶ。



「ダン、冷静になれ! お前がそれでは……!」



「やめてくれー! 俺が、俺が代わりに……どんな要求も飲む。だから、アミーナを……! 殺すなら俺を殺せー!」



 森を揺るがすダンの心。


 とても信じられないその姿にアミーナの瞳が青く染まり、ポロポロと涙がこぼれる。



「ダン……私……」



 その耳元に唇を寄せマグナが囁いた。



「……アミーナ、賭けないか」



 不可解な言葉に、アミーナは前を見つめたまま眉をひそめた。




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