再会は熱くハゲしく
翌朝、四人は世話になったウェイハウンド家を出発した。
のんきなロギの父母は、奥屋敷であった様々な事は一切知らずに笑顔で送り出してくれる。
爽やかな風と朝日を浴びて、四人を乗せた馬車は国の中心に在る『神の社』に向けて軽快に走り出したのだった。
「……それで、この文字盤のまわりにある薬草を調べてみたら、ある貴重な薬草が使われていてね。リアンに聞いたら、セルゲイではありきたりな自生してる薬草らしい。これは最近の研究で、難しいとされる病気の薬にもなると判明したばかりなんだ。私はこの薬を発展させて、各地でセルゲイに必要な食料や衣服と換えられないかと思ってる。手始めにエデンとの間で始めればいずれはほかの地も……」
今日はダンに御者を任せて、アミーナたちは荷台で揺られている。
ロギが語る未来の展望を上の空で聞くアミーナを、リアンが心配そうに覗き込んだ。
「アミーナどうしたの。気分でも悪い? さっきからなんだか変よ」
リアンの声にアミーナは我に返り、その反動で今まで考えていた事を咄嗟に口にしてしまった。
「ヴォックスとマリカ……、赤ちゃん欲しくない訳ないよね……」
言ってしまってからハッと口元を押さえたが、案の定ロギが顔を曇らせる。
やはり、とは思ったがあくまでも自分で思いついたように話さなければならない。
「あ、あの、さっきエデンの事を考えてて……そうしたら前から気になってたその事を思い出したの。ねえロギ、どうして二人には赤ちゃんができないの」
暗い顔をしていたロギが、思い切ったように目を上げ口を開く。
「もうすぐ神の社に着く。アミーナも色々と知っておいたほうがいいかもしれないね。君が皇女でいられるのももう少しだから……」
そう言って彼が教えてくれた事実は、マグナの話と寸分の違いもなかった。
「マリカさんはマリカさんの考えでこの道を選んだ。決してアミーナが負担に思うことじゃない。それはかえってマリカさんに対しても失礼だ。これからも二人を大事にしていけばいい……わかるね? 」
ロギがそっとアミーナの髪を撫でる。
だが、その大事にしたい人が今どこかで捕らえられていると思うと、とても笑顔など作れず、アミーナは曖昧に頷いただけだった。
(マグナの言った通り。だとしたら、いつも私を見ているって言ったのも本当……? 今もどこからか……)
すると馬車が急に速度をゆるめ、止まった。
ロギが何事かと窓から顔を出し、声を上げる。
「どうした、ダン。何かトラブルか」
「いやなんか……あそこ。ほらじいさんが……」
ダンが指差す前方を見ると、一人の老人が両手を振って何かを叫びながら走ってくる。
「おお、助けてくだされー。ばあさんが……」
ロギは馬車を降り、その老人に足早に近づいた。
「どうされました。お連れの方に何か?」
「ばあさんがひどい怪我をしとるんじゃ。ああ、このままでは死んでしまうー。ばあさんやー……」
老人がロギにすがりつき、今にも泣きそうな顔で訴える。
「落ち着いてください。大丈夫、私たちが診ましょう。どこにおいでですか?」
ロギが老人の肩を抱き、案内するように促すと……。
「ちょっと待てえぇぇい!」
「は?」
見ると御者席でダンが仁王立ちになって老人を指差している。
「てめえ、エデンの菓子屋でキャンディ横取りしたジジイじゃねえか! しかも俺に払わせやがって……俺に見覚えがないとは言わせないぞ! キャンディ代返せ!」
ダンがおもむろに耳を引っ張り、姿を子供に変化させる。
その小さくなったダンを見て、
「……おや?」
と、老人はハゲた頭をぺちっと叩いた。
――――マルコムと名乗る老人を馬車に乗せ案内させると、すぐに小さな幌馬車が見えてきた。
「なんじゃ、なんじゃ。身体も小さいが器も小さいのう」
「やかましい! こっちは仮の姿だ。じじいが横取りなんかするからだろ!」
「わしもあれが気に入ったんじゃ!」
「じゃあ自分で買えよ! なんで俺に払わせるんだ!」
「まあまあ二人とも。マルコム様、あの馬車ですか?」
ロギがギスギスした二人の間に割って入る。
「おお、そうじゃった。ばあさーん!」
マルコムが馬車からぴょんと飛び降り、物凄い勢いで駆けて行く。
「驚いた。あのお歳でなんて身が軽いんだ」
「ふん。くたばり損ないの最後の炎じゃねえの?」
ダンの悪口につい笑ってしまった口元を隠し、ロギはその小さな馬車の傍に座り込んでいる老婦人を見やった。
だが特に大怪我をしている様子はない。
「こんにちは。怪我をしていると聞きましたが……大丈夫ですか?」
その老婦人はホッホッホと穏やかな笑い声をあげた。
「いやですよ、ちょっと足を挫いただけなんです。またおじいさんが大袈裟に騒いだんですね。ご迷惑をおかけしてすみません」
「何を言う! 痛くて歩けそうにないと言っとったじゃないか。わしらはその『歩けない』から始まって寝たきりになってそのまま……というのがパターンなんじゃ! ばあさんに何かあったらわしはどうすればいいんじゃー!」
ついに泣き出してしまったマルコムを、ロギが慌ててなだめる。
「大丈夫ですよ。我々の中に治せるものがおりますから。アミーナ、頼むよ」
馬車から降りたアミーナとリアンの視線が、その老婦人に釘付けになる。
「ねえ、アミーナ……この方……」
「うん、リアンもそう思う……?」
「……あら?」
老婦人までもが二人を見て目を丸くする。
アミーナとリアンは老婦人の傍に座り、それぞれ片方ずつの手を取った。
三人が静かに目を閉じる。
「……お姉様ですね。わかります」
最初に目を開けたのはリアンだった。
続いて老婦人も目を開け、おっとりと二人に微笑んでみせる。
「セルゲイとエデンでしょう。私はカナンよ。黄昏の西、カナンの皇女」
「本物のカナンの皇女……やっと会えた」
アミーナが嬉しそうにカナンの皇女の首にしがみついた。
――その後、アミーナが挫いた足を治療している間、カナンの皇女は楽しそうにこれまでの日々を語ってくれた。
「では、ずっとカナンの地を離れお二人で旅を? 姿なき皇女と言われるゆえんはそこにあったんですね」
「なるほどな。カナンの皇女については前に調べた時も謎だらけだったもんな。領主家に住んでもいない、どんな人かも全くわからない。カナンの人達も、口を揃えて心の中にいるって言うばかりでさ」
「姿なき皇女? そんな風に言われてるなんて知らなかったわ。なんだか神秘的で素敵……。そうそう、私の名前はフォーラと言うの。覚えてくださると嬉しいわ」
「いつ発音しても、美しい響きの名じゃ……」
うんうんとマルコム老が鼻の下を伸ばして頷く。
「それにしても、ばあさんの皇女なんているんだな」
感心したダンの頭を、マルコム老の手ぬぐいがピシャッと叩いた。
「ばあさん言うな! フォーラはこの世の誰より美しいわい! それにばあさんと呼んでいいのは、夫であり守り人のわしだけじゃ、この青二才が!」
「……ってえな、このくたばり損ないジジイ! おめーの武器は手ぬぐいか! ジジイに似合いすぎなんだよ!」
またもやケンカを始める二人を見かねて、アミーナとフォーラが止めに入る。
「ダン、やめなよ。相手はおじいちゃんだよ。もっと優しくしてあげて」
「おじいさん、若い人相手になんですか。大人気ないですよ」
「……はい」
ダンとマルコムは二人揃って小さくなった。
その様子に、リアンが傍のロギに耳打ちする。
「ねえ、ロギ。なんだかこの二人……」
「うん、良く似ている。同じタイプの人間だな」
「聞こえたぞ! リアン、ロギ!」
「そうじゃ! こんなスカポンタンと一緒にすな!」
「誰がスカポンタンだっ! 金かえせ!」
「ええい、まだ言うか! では勝負じゃ! おぬしが勝ったら利子つけて払ってやるわい!」
「俺に勝負吹っ掛けるなんて百年遅いんだよ、くたばり損ないハゲジジイ!」
「ハゲは男らしさのシンボルじゃーーーーい!!」
もう止められそうにないと判断した全員は、やれやれと見物を決め込むことにした。
「おいジジイ。お前の専門はなんだ。ハンデつけてジジイの分野で受けてやるよ」
ダンが肩をそびやかし、余裕の笑みを浮かべる。
「ふん、侮る戦は負け戦という言葉も知らんのか。わしの専門は……ダガーじゃ!」
「ダガー?」
ダンをはじめ、その場の全員がそれを復唱する。
「ねえねえ、ダガーだって」
「うん、やっぱり同じタイプ……」
「うるさいぞ、外野! よし、じゃああの木に投げてみろよ。どれだけ正確に打ち込めるかの勝負だ」
マルコムも不敵に余裕の表情を見せた。
「ふっふっふ……のっけから最強の技を見せてやるわい。おぬしが泣いて参りましたと言うのが楽しみじゃ」
そう言うと深呼吸をし、足を軽く開いて立つ。
そしてゆっくり、ゆっくり、ゆっくり……両手を懐に入れる。
「……ゆくぞ。わしの最強にして最高の技、名づけて……」
「いいから早くやれや!」
「愛の摩天楼じゃ! はあっ!!」
マルコムの手から何本ものダガーがザアッと飛ぶ。
それは実に正確に前方の木に打ち込まれた。
「これは……!」
驚愕の表情で、思わずロギが叫ぶ。
アミーナとリアンもきゃあっと歓喜の声をあげ、カナンの皇女もにこにこと嬉しそうだ。
「どうじゃ! これが去年のばあさんの誕生日に編み出し、プレゼントした技じゃ。恐れ入ったか」
幾本ものダガーが、木の幹にきれいなハート形を描いて刺さっている。
ダンはその場で頭を抱えてしまった。
「こんなアホジジイにムキになった自分が恥ずかしい……」
「ねえダン、おじいさんの勝ちよね。勝負するまでもないよね?」
アミーナが傍に寄ってきて笑顔でダンの腕を取る。
「……わかったからそんな可愛い顔するな。おいジジイ、あんたのアホさ加減に免じて今日は勝ちを譲ってやる。キャンディ代はもういいよ」
「そんなこと言いおって……勝ち目がないから逃げるんじゃな。ププッ」
地獄耳のダンが、ムッとしたまま片手でダガーを放つ。
カカッと小気味よい音がして、ハートの中心を縦に六本のダガーが整然と並んだ。
「ああっ! わしのハートが真っ二つにー!」
騒ぐマルコムを尻目にダンは馬車へスタスタと戻っていく。
「行こうぜロギ。とんだ道草を食っちまった。もうすぐ日も暮れる」
「そうだな。少し待っててくれ。……マルコム様ちょっといいですか」
「なんじゃ? わしとフォーラの馴れ初めを聴きたいのか」
「それは次の機会にぜひ。あの、我々と一緒に行きませんか。神の社に行かれるのでしょう?」
ロギの提案に、マルコムが笑顔で応える。
「うむ。おぬしは良い若者じゃな。だがせっかくの申し出じゃが遠慮しとこうかの。……今夜はばあさんが皇女でいられる最後の夜じゃ。二人きりにして欲しいんじゃ」
「最後の夜……」
ロギはその言葉を繰り返した。
「皇女として生きた年月はあれにはとても長かった。普通の人であればせんでもいい苦しみや辛いことも、当然たくさんあったもんじゃ。だがの、皇女の部分もフォーラの一部じゃ。やはり別れは寂しい。二人でお別れをしてやらんとな」
マルコムの言葉に、フォーラも微笑んで頷いている。
「わかりました。ですがここはもう神の社の目と鼻の先です。どんな危険があるかわかりませんから、くれぐれも……」
するとマルコムはニヤリと笑ってフォーラに自分の掌を向けた。
たちまち彼女は緑色に光る透明な球体で覆われる。
「危険なんてありませんよ。私はマルコムが一緒なら大丈夫なの」
フォーラが笑顔でその球体を内側からコンコンと叩いた。
「素晴らしい。正に守る力という訳ですね。ではまた、今度は神の社でお会いしましょう」
ロギが一礼をすると球体がプチンとシャボンのように消え失せる。
マルコムが自慢げにふふんと鼻を鳴らすのを横目に、フォーラは傍のアミーナとリアンの手を取った。
「二人とも、ここまでくればもう感じるわね。社が私たちを呼んでいる。……忘れないで。明日の夜までは私たちは皇女。その心のままに道を選びなさい。それが私たちの役割ですからね」
まるで何もかも知っているかのようなフォーラの言葉。
そんなはずはないと打ち消したが、その言葉はアミーナの迷いをサラサラと押し流していく。
(そう……私はまだエデンの皇女。エデンを、大好きな人達を守らなければならない。そして、私にはそれが出来る……)
ついに、アミーナの心は一つの道を選び取った。




