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虹彩レジェンド~purple iris princess~  作者: 花凛兎
歓喜の緑~カンキノミドリ~
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それぞれの居場所



「返事は……?」



 意識を取り戻すなり、ロギはベッドの傍らに居たリアンにそう尋ねた。



「何なのよ。こんなに心配させといて最初のセリフがそれ?」



 赤く泣き腫らした目を細めて、リアンが泣き笑いのような複雑な表情になる。



「返事……」



 ロギはまたそれだけを呟いて、力なく目を閉じた。



「……私は、他の人の傍に居た女なのよ」



「返事……」



「私は長くは生きられないのよ。すぐにあなたは一人になってしまうかもしれない」



「返事……」



「私も、ロギがエデンの領主になると聞いてとても苦しかったわ」



「返事…………え?」



 ロギがぱちっと目を見開く。



「最初はあなたの蒼い瞳に見つめられると、なんでも見透かされてしまいそうで怖かった。だからなるべく近寄らないようにしてたのに、気が付くとあなたの傍に引き寄せられて。でもアミーナとの事を聞いて、断ち切ろうとしたわ」



 まつげを伏せて寂しげに微笑むリアンを、ロギがベッドから半身起き上がって覗き込む。



「それは、その……。イエスの返事?」



 リアンは見る間に真っ赤になると、枕を掴んでロギの顔に押し付けた。



「もう、鈍い人ね! ……きゃっ……!」



 いきなりロギの腕が伸びてきてリアンの背中が抱き寄せられる。

 枕が二人の間から転げ落ちた。



「よかった……。拒絶されたらどうしようかと、そればかり考えていた」



「私は、出会った時からロギの事ばかり考えていたわ……」



「リアン……!」



「うーん、ロギもホントに丈夫だなぁ……もう背中は大丈夫なのか?」



 突然背後からロギの肩の上に、ちょこんと子供の顔が乗る。


 今にも重なりあわんとしていた二人の唇がその場で固まった。



「いたのか、ダン!?」



「きゃああ!」



 ロギとリアンが慌てて離れ、その二人の間に子供の姿のダンがのそのそと這い出してくる。



「なんでそんなにびっくりするんだよ。リアンだって俺が小さくなってロギと一緒に寝てたの知ってるだろ。俺だって治ったばかりの身体で疲れてるんだぞ」



「忘れてたわ。ごめんなさい」



「ダン! ちょうど良かった、お前に話がある!」



「な、なんだよ怖い顔して。処置が乱暴すぎるとか、そういう苦情は受け付けな……」



 ロギはひょいとダンを抱き上げて、自分の膝の上に座らせた。


 そして真剣な目でズイッとダンの鼻先まで迫る。



「お前に謝らなければならない。逃げて自分と向き合えなかったのは私の方なんだ。私のエゴでお前たちみんなに辛い思いをさせてしまった。だがその上で頼む。リアンを連れて行かないでくれ。私に、任せて欲しい!」



 ダンがキョトンと目を見開いた。



「どういう事だ。つまらない同情なら……」



 半信半疑のダンをロギが頭をを振って遮る。



「違う。お前がリアンと行くと聞いた時、心底譲りたくないと思った。やっと自分の想いを見つめる事ができた。私にとって、アミーナだけが自分の唯一の居場所だと思っていたが……それは違ったんだ」



 ダンは息を飲み、確認するように背後を振り返った。



「リアン……?」



「ごめんなさい、ダン。私の遠回りにあなたをつき合わせてしまったわ。私の居場所も、あなたの隣じゃなかったの。本当にごめんなさい」



「じゃあ、本当に、いいのか?」



 ぱっと頬を染め、ダンの瞳がキラキラと輝く。



「馬鹿な兄貴で本当にすまなかった。……と言う訳で、今後一切リアンに触らないでくれたまえ。触ったら……斬る」



「ちょ! 人聞きの悪いこと言わないでくれよ。俺まだ何もしてないぞ」



 その言い方にリアンが真っ赤になって俯く。



「そうか? お前、小さくなってリアンの膝に乗ったり、髪で遊んでたりしてたじゃないか。ああ、何か思い出したら腹が立ってきた」



 ロギは今にも立ち上がりそうにベッドに手をついた。



「ストップ、ストップ! まだ動いちゃダメだ! 完全に体から毒が消えるまでは……」



「そうよロギ、ちょっと落ち着いて!」



 ダンとリアンが慌ててその肩を押さえる。



「ふん。毒薬に耐性があるのはお前だけだと思うなよ。私はマリカさんの弟子だぞ。そういう修行も当然してきているさ」



 ロギがいたずらっぽくダンを睨み、そしてその小さな耳元に口を寄せた。



「さて、次に勝負をつけるのはお前だぞ、ダン。お前の居場所はどこだ?」



 その囁きに、ダンがこれまでで最高の笑顔を見せる。



「……もちろん、たった一つだ!」



 ダンはピョンとベッドから降り、ドアに飛びついて風のように部屋を出て行った。


 後に残された二人がその小さな背中を複雑な心持ちで見送る。



「あんないい笑顔でさよならされちゃうのも、なんだか寂しいわ」



「私はまさに妹をとられる兄の気分だ……」



 二人がはたと顔を見合わせた。



「リアン、今の言葉は聞き捨てならないんだが。まさか多少なりとも未練が?」



 ロギが拗ねたようにリアンを睨む。

 

 その顔に一瞬だけリアンが目を丸くし……そして吹き出した。



「ぷっ。いやだ……、あなたってそんな顔もするのね」



「そ、そんな顔って? どんな顔だ? なんで笑うんだ」



 ロギが赤くなる。


 それがリアンはおかしくて、嬉しくて、愛しい。


 

 すると突然ロギが、はっとしたように息を飲んだ。



「リアン……虹彩が紫色になってる。これが、そうなんだね……綺麗なものだな」



 ロギの指先がリアンの瞼に触れた。



「……きっとそうなってると思ったわ。でもずるい。私は瞳で全部あなたにわかってしまう」



 潤んだ紫色の瞳で微笑むリアンを、眩しそうにロギが見つめる。



「私の心は自分で証明するよ。生涯かけて。……ところで、矢を受けた時より心臓が痛いんだが……どうしてくれる?」



 時を経て、互いに回り道をした紫色と蒼の瞳が今静かに重なった。







 ――――その頃、アミーナは窓辺に立ち、ぼんやりと外を見ていた。


 空は未だ暗く、長く辛いことばかりがあった今夜の終わりが待ち遠しい。



 ダンの治療の後、ロギまでも全霊で治癒に当たったアミーナは精魂尽き果ててしまった。


 少し眠っておくように言われたが、疲弊した身体に反して心はザワザワと波打ったままでとても休む気になどなれない。



 そこへノックもなしに部屋のドアが小さく、遠慮がちに開いた。



「……ダン?」



 振り返ると、ドアの隙間から小さなダンが覗いている。


 たとえ子供の姿であっても、未だ彼の存在はアミーナの胸を切なく焦がす。



「寝てるかと思った。起きてて大丈夫なのか?」



 部屋に足を踏み入れる彼から背を向け、アミーナは窓に向かって呟いた。



「ねえダン。皇女がいなければこんな争いは起きないのかな」



「……どういう意味だ」



 アミーナはそれには答えず、目を閉じて質問を重ねる。



「ロギの様子はどう?」



「ああ、もう大丈夫そうだ。毒は致死性の物じゃなく、どうやらただの神経毒だったみたしだし。あの処置と解毒剤でもうピンピンしてるよ。今はリアンが傍に。……アミーナ、俺お前に話が……」



「でも少しずれて急所に刺さってれば死んでたよね」



 ダンを遮るアミーナの声は硬かった。



「私たち皇女の事で何人の人が傷ついたの? 何かがおかしいわ。皇女って何のためにいるの? まるで人の争いの種そのものじゃない。リアンだって皇女じゃなければお母様が死ぬこともなかった。ダンもロギも毎日のように危険な目にあって……、心配ばかりでもう頭がおかしくなりそう……!」



 カーテンをきつく掴んで、膨れ上がる不安とやりきれなさを堪える。


 震える心と身体を自分でも抑える事ができない。



「……アミーナ、こっち向けよ」



 肩越しに振り返ると、彼はこちらに向かいながら自分で耳をつかんで元の姿に戻っていく。



「や……来ないで! ごめん、今ダンに傍に来られると泣いちゃうから」



 慌ててまた窓に視線を戻したが、目の前のガラス窓に映るダンは聞く耳を持たないように一歩一歩アミーナに近づいてくる。



「来ないでったら! 私……私、普通の女の子がよかった。皇女なんてなりたくなかった。こんな力、何の役にも立たないのに。そのせいで大事な人がみんな傷ついて……、私にエデンを守る力なんてない。もう、どうしたらいいかわからない……!」



 溢れる涙と不安で震えるアミーナの背中を、ダンが後ろから抱きすくめた。



「……! だ、だめだよダン、こんな事。もしリアンに見られたら……」



「いいから。こっち向いて俺を見ろよアミーナ」



 肩を掴まれ、半ば強引にダンに向き合うように引き寄せられてしまう。


 涙を溜めたまま、成す術もなくアミーナは目の前の黒曜石の瞳を見上げた。



「……ほらな。どんなにお前が嫌だと言っても、その紫色の瞳は皇女の証だろう。今のお前は、皇女だよ……」



 ダンが愛しげに目を細める。


 だがアミーナの胸は今にも砕けそうに痛んでしまう。



「紫色……。ご、ごめん……なさい……。でも、これは……無理なの。ダメだって思っても勝手に変わってしまって。ごめ……」



「変わらなくていい。変わらないでくれ。二人で探そうアミーナ。皇女なんかいなくたって、この世界で人が強く生きるすべを」



 頭を抱き寄せられ、ダンの胸の中でアミーナが紫の瞳を見開く。



「ダン……何を言ってるの……?」



「百年に一度の恩恵なんかなくたって、この世界はこんなに綺麗で優しい。でも人間は不安定で……時には間違うこともある。でも幸せになるために歯を食いしばる強さだってある。必ず道はあるはずだ。俺と二人で、それを探して生きよう」



「二人で……? だって」



 ダンがそっと腕を緩め、アミーナの顔を覗き込む。



「ロギとリアンは一緒にその道を探す事になった。二人とも、やっと自分たちの居場所を見つけたんだ。きっともう迷う事はない。アミーナにも、辛い思いをさせてごめんって言ってた」



「それは、きっと二人が私の為に……」



「違うよ。二人を見ればわかる。何て言うのかな……見てて恥ずかしくなるくらい、とにかく割り込む隙もない。それを伝えたくて俺、ここに来たんだ」



 いたずらで自信に満ちた瞳は、いつものダンそのものだ。



「本当なの……? じゃあ……」



 言葉を継ごうとするアミーナの唇をダンが指先でそっと遮る。



「なあ、俺の居場所はお前の隣だ。アミーナはどこに居たい? 瞳の色じゃなくて、お前の言葉で聞きたい。教えてくれ」



 ずっと蓋をしてきた想いが溢れ出す。


 アミーナの居たいところ、それは一つしかない。



「私……ダンの隣が……いい。……きゃ!」



 急にダンに抱き上げられて、アミーナは小さく悲鳴をあげた。



「私は命ある限り御身の盾となり、歩く道となりて……」



 ダンが突然、守り人の祝詞を唱え始める。



「神の社に行った後もずっとずっと、じいさんとばあさんになっても……命ある限りご一緒しましょう。皇女よ」



 アミーナの紫色の瞳からとめどなく涙が落ちる。



 今度は皇女と守り人の儀式ではない。


 二人だけの、約束の儀式。



「永遠……なれ……」



 その誓いは通例通りの額ではなく、涙で濡れた皇女の唇に優しく深く落とされた――。




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