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虹彩レジェンド~purple iris princess~  作者: 花凛兎
証の銀白~アカシノギンパク~
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ココロの在り処



 ノックに返答はなく、ロギは遠慮がちにドアを押し開けたが部屋にリアンの姿はなかった。



(どこに……? リビングにでも行っているのか……)



 懐中時計の持つ意味、その他にもまだ聞きたいことは山ほどある。


 リビングに下りてみたが、やはりそこにもリアンは居ない。



 急に不安が押し寄せ、ロギは庭へ飛び出した。



(どこかで倒れているんじゃ……それともまた何か!? ……いや、もしかしたら……)



 ふと一つの事に思い当り、辺りを見回しながらもそのまま中庭の方へと廻ってみる。




 思った通り、リアンはそこに居た。



 噴水のしぶきが月の光を反射させる中、一人静かに舞っている。


 それは出会った時と同じ、弔いの舞。



(やはりそうか……。また自分が手をかけてしまった守り人の為……)



 宵闇の中、流れる銀の髪が月光の残像を残し、青い悲しみの瞳がゆらゆらとたゆたう。



 思えば初めてこの舞を見た時、同じように心を奪われた。


 あまりの哀しさと痛さ、そしてその儚げな美しさに、今もロギの時が止まる――。




 やがて弔いが終わり、あの時のようにリアンは心が戻るまでしばらく宙を見ていた。


 そして佇むロギに気がつき、物憂げに長いまつげを伏せる。



「また力を使ったそうだね。今回は四人と聞いたが」



 非難の言葉に聞こえたのか、リアンは怯えたように自分の両腕を抱いた。



「……私には他にダンを助ける方法がなかった。その罪は、自分で負います」



「罪と言うなら、私もダンも君の十倍は責を負わなきゃならないね。だが、君のようにそれで命をすり減らす事はない。……無謀だよ」



 うっすらと微笑むリアンの存在は、闇に溶けてしまいそうなほど儚く心もとない。


 何より、それを本人も承知である事が悲しい。



「私は皇女だから、それは仕方ないわ。でも、そのおかげでダンは私と生きると言ってくれたの。だから、いいのよ……」



「それも聞いたよ。そのおかげ……と言うからには、ダンが君を選んだのは愛があるからではないと知っているんだね」



 ロギの言葉に、リアンの顔が見る間に強張った。



「あいつはそういう奴だ。自分のせいでまた先の短くなってしまった君を、放ってなんかおけないだろう」



「そんな事……わかってるわ」



 震える唇でリアンが呟く。



「そんな事、あなたに言われなくてもわかってる。私はいつだって誰かの一番にはなれない……! それでも一人は怖い……誰かの傍に居たいの……」



「マグナとの事はもう終わったのか」



 ロギがリアンを真っ直ぐに見つめる。


 無音の叫びが漏れる口元をリアンは両手で覆い隠した。



「な……に? どうして……」



「奴がこの屋敷に来た時、私に剣を突きつけられて危機に陥ったマグナの名を君は思わず呼んだ。そして組み合ってみたら、奴は君と同じ鈴蘭の香りがした。ずっと傍にいたんだろう? 香りが染み付くほど近くにずっと……。もう、いいのか」



 揺れるリアンの瞳を捕らえたままロギは噴水の傍まで足を運び、その淵に腰掛けた。



「……あなたのどこが疎いのかしらね。でも、もういいも何もないのよ。私たちの間には最初から愛なんて無かった。私はまだ紫色の虹彩は持ってない……それは嘘じゃないわ」



 いぶかしげに眉をひそめ、ロギが黙って話の先を待つ。



「マグナは私の母を愛していたの。領主家で下働きをしていた幼い頃からずっと……。私の中に母の面影を見ているだけ。同時に、母が殺される原因になった私を心のどこかで憎んでいる」



 夜空を仰ぎ、リアンが月の光を浴びるように目を閉じる。



「激しくて、怖くて、でも優しくて……守り人の力と繋がりを感じられるのもマグナだけ。私の世界にはあの人しかいなかったわ。後悔なんて、無駄な事でしょう」



 ロギも同じように月を仰いで静かに目を閉じた。



「儀式が終わったら皇女も守り人も唯の人だ。本当に戻らなくていいのか」



 リアンは僅かに、だがしっかりと首を横に振る。



「私はあの人達からすれば裏切り者だから。私に帰る場所はないわ。だからダンと行くの。あの人も帰る所はない……」



「なんだ……。つまり、君は別にダン自身が欲しかった訳じゃない。傍に居てくれるなら誰でも良かったんだね」



 ロギが長いため息をひとつつくと、リアンの頬がサッと紅潮した。



ひどい事を言うのね……」



ひどい? 何がだ。お互いに愛情が無いのをわかっていながら共に生きる、その方がよっぽど酷い話だと私は思うが」



「私はダンに心から尽くすつもりだし、愛とは呼べなくてもそれに近い信頼はあるわ。世の中は、あなたのように愛する者との未来が約束された人ばかりじゃないのよ」



「男と女だぞ。尽くすとか信頼とか、まあそれも大事ではあるが、そんなものだけで本当にやっていけると思ってるのか。それに君は肝心の所が何もわかってない」


 

「何がわかってないっていうの? ダンの気持ちはわかってるわ! それでも、いいの。それでも……!」



「誰でもいいなら、私でもいいだろう」



 ロギのコバルトブルーの瞳がリアンを見上げる。



「…………何ですって?」



「私が君と生きたい。それとも私ではダメか」



 リアンの頬が痙攣し、大きく息を吸い込む。



「馬鹿にしないでっ! アミーナをダンに譲って、可哀相な私を引き受けるとでも言うつもり? 自分が犠牲になって? ふざけないでよ!」



 華奢な身体から怒りを爆発させ、リアンはロギに迫った。

 それでも最後の言葉は涙声になっている。



「私はそんなお人好しじゃない。誰よりも勝手でエゴイストだ」



 ロギは肩で息をするリアンから視線を外し、また夜空の先に目を移す。



「私は口が下手だ。上手く伝えられるかわからないが……。さっきアミーナに、ダンを助ける代わりに彼の所へは行かないでくれと頼んだ。アミーナはダンに対して紫色の虹彩を覚えてるんだ。……意味はわかるね」



「え……、だってアミーナはロギと将来を約束……」



「約束なんかないよ。私は自然とそうなるだろうとは思っていたが、アミーナの方はそんな風に考えた事もないんじゃないかな。だから当然、さっき私が言い出した話にも混乱して、逃げ出してしまった」



 ロギはあの時を思い出して自嘲気味に笑った。



「それなのに、私がいざダンを助けに出ようとすると急に、無事に帰ってきたら私と生きると言い出した。確かに刺し違えるつもりで乗り込もうとはしていたんだが。おそらくそれを察して、私を死なせるくらいならダンを諦めたほうがましだと思ったんだろう。全く、お人好しと言うのは正にあの二人の事だ」



 笑いながらロギはリアンの手を掴み、自分の隣に半ば強引に座らせる。



「ところがだ。せっかくアミーナがそう言ってくれたのに、なぜか私は嬉しくない。そこで思い知らされたんだ。私はアミーナが欲しかった訳じゃない。欲しかったのは確固たる自分の居場所。私は、誰かに必要とされなくなるのが怖かっただけなんだと……」



 口に出してみると、それは本当に静かに、自然に心へと沁み渡る。


 自分を取り戻したかのような安心感と穏やかな風が、ロギの胸を優しく撫でていく。



「……その気持ちはわかるわ。私も、間違っていると思いながらそこから抜け出せなかったもの。そこにしか自分の居場所はないと思っていたし……」



 ゆっくりと隣に顔を巡らすと、リアンの潤んだ瞳がこちらを見上げていた。

 先ほどまでの怒りの気配はもうどこにも見当たらない。



「その後、君たちが帰ってきたんだ。君はダンの着替えを手伝うと言ったね」



 たちまちリアンはバツが悪そうに赤くなって俯いた。



「そんな事を言い出すからには、君たちの間にもう何かあったんだと思った」



「な、何も……ないわよ、そんな……。ただダンのお世話は私がするべきかと……」



「ショックだった。アミーナに拒絶された時よりも遥かにね。思えば今まで、自分でも呆れるほど足掻いていたよ。ダンに、アミーナの紫色は私に対してだと嘘を教えたり、君を追ってしまう自分から逃げ出してアミーナに執着しようとした……君にはマグナがいると思い込んでいたし」



「…………私……」



 俯いたまま先を言いよどむリアンに、ロギは深呼吸をして自分のありのままの心をそっと差し出す。



「私ではダメか? ダンと行くより、私となら少なくともこちらに愛はある」



 たとえ生涯、一方通行の愛だとしても、自分は愛される事より愛する事を選ぼう。


 辛くなる時もあるかもしれない。

 それでも、そこから逃げてこの娘を誰かに任せるよりは遥かに幸せだ。


 そこが自分の求める居場所だから――。



 だが、リアンの白い頬に手を伸ばそうとしたその時、ロギの背筋に突然ゾクッと凍るような予感が走った。



(何か……来る! ……後ろ!?)



 背後を振り返った瞬間、中庭から続く林の木陰から光る一本の矢が放たれる。



「リアン!」



 咄嗟にリアンに飛びつき身体を捻ると、突き飛ばされたような衝撃で背中が弾けた。



「……っ……!!」



 リアンを抱き抱えたまま、バランスを失って地面に転がり落ちる。


 下敷きになった彼女が苦しそうに喘いだ。



「……ロ、ギ……! 何……?」



 身体を起こそうとしてもロギの身体は鉛のように重く、リアンの上に覆いかぶさったままピクリとも動けない。



 リアンは何が起きたのかわからない様子で、のしかかるロギの身体から逃れようと背中に手を回した。



「え…………? 何……ロギ、背中が濡れて……」



 小さな彼女の呟きがロギの耳元でこだまする。


 リアンは下敷きになった状態からなんとか抜け出し、地面にうつ伏せるロギの背中と真っ赤に濡れた自分の手のひらをぼんやりと見つめた。



「ロギ……背中に矢が……。どうしたの、ねえ……」



 突き立った一本の矢は、ロギの意識とリアンの正気を真っ赤に塗り込めて行く。



「ロギ……まだお話の途中よ……。続きを聞かせて……」



 ああ……そうだな。


 まだ伝えたい事がたくさんあるんだ……。




「起きてよ……ロギ……」



 うん。



 起きて……君と生きたい……。



 今度は私が、君の人生の守り人に……。




「ねえ、ねえったら……。ロギ……! ロギユール! いやああぁぁぁ……!!」



 月が噴水の飛沫を煌かせる中庭を、リアンの哀しい叫びが貫いた。





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