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虹彩レジェンド~purple iris princess~  作者: 花凛兎
証の銀白~アカシノギンパク~
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届かぬ愛を重ねて



 リアンが目を覚ますと、そこは自分達の馬車の中だった。


 事態が把握できないまま辺りを見回すと、ボロボロになったダンも傍に横たわっている。



(どういう事……?)



 まだ目眩のする身体を必死に起こして窓の外を窺うと、傍に流れる小さな小川に見覚えがある。


 おそらく、ロギの屋敷にも程近い林の中だろう。



(マグナも居ない……あの人が私達をここへ? まさか解放してくれた……)



 リアンはすぐさま頭を振って唇を噛んだ。



 マグナは『裏切り』というものを認めない。


 それがたとえ自分であっても……いや、ルシルティナの娘である自分だからこそ決して許しはしないだろう。



「…………い……」



 うめく様な小さな声にリアンは我に返った。

 見ると、気を失ったままのダンが脂汗を浮かべながらうなされている。



「ダン……しっかりして。もう大丈……」



「……ア……ミーナ……。ダメだ……そっちは……」



 口元から零れ落ちる彼の想いに、リアンが息を飲む。


 ダンはそれきり、またぐったりとして動かなくなってしまった。



 裂けたシャツからあらわになった傷だらけの身体は、正視できないほど酷い有様だ。


 中でも火傷の傷が痛々しい。

 実に巧妙に、腕を下ろすとちょうど擦れて痛むであろう位置を執拗に焼かれている。


 そういう事を好む男が、確かあの場にいた。



(こんなにボロボロになるまで……あなたはアミーナを守ろうとしたの……? 何か彼女を盾に脅されたからついて行くしかなかったんでしょう? でも、どんなに想ってもアミーナは……)



「あなたも叶わぬ人を想っていたのね……」



 リアンの囁きに、ダンが薄く目を開けた。



「……ここ、は……」



「たぶんロギのお屋敷の近くよ。心配しないで」



「み……ず……」



 まだうわ言のようにダンが呟く。



「お水? 待ってて。今あげるわ」



 リアンは馬車の荷台から降り、小川まで行った所で水を汲む道具が何も無い事に気が付いた。


 だが少し迷った後、思い切って小川の水を手ですくい、自分の口に含み急いで馬車に戻る。



 呼吸さえしていないかのように静かに眠り続けるダンに、リアンは意を決して口に含んだ水を口移しで与えた。



 渇いた身体が自然に求めるのか、ダンは意識のないまま喉を鳴らしてその水を飲み――――突然、リアンの背中を引き寄せた。



「…………!」



 バランスを失ってダンの上に倒れこみ、口に含んだ水が底をついても彼はリアンの唇を追い求める。



「ダン……待って、違う! 私は……」



 突然ダンが目を開け、リアンの背中から腕を解いた。



「リアン……? ……すまない。俺、夢を……」



「夢……」



「ああ……寝ぼけた……。どうかしてる……」



「…………」



 その時、リアンの中で何かが弾け跳んだ。


 そしてダンにのしかかったまま、目の前にある彼の唇を今度は自分から塞ぐ。



 驚いたように目を見張り、ダンは顔を横に背けそのキスから逃れた。



「だめだ……リアン。なにやってんだよ……」



「アミーナと、間違えたんでしょう……?」



 ダンの肩がピクリと振れ、何も答えずにまた目を閉じる。



「アミーナは……だめなのよ。知ってるでしょう? この旅が終わったらロギのものになるの。あなたの居場所はどこにもない。私と同じ……!」



 リアンの瞳が見る間に青く染まり、堪えきれない涙がこぼれる。



「どうして……私じゃ駄目? こっちを向いて、私を見てよ。私アミーナの代わりでもいい……! どうせ長くは生きられないもの……だからそれまでお願い、私の傍に居て……」



 傷ついて意識を保つのもやっとの相手に、自分は何を言っているのか。


 不安と寂しさのあまり、同じ立場のダンにすがっているだけなのはわかっている。

 それでも、溢れ出した心と言葉は止まらない。



「ロギはエデンの領主になるの。ダンがいくら想ってもアミーナにはロギがいるのよ。でも私は……私は、ダンの傍にいるから……私を選んでよ!」



 涙が後から後から溢れ出る。


 何を言ってもダンの心は、そして自分の心も届かない他の場所に在る。


 帰る場所のない二人で寄り添っても虚しいだけなのに。

 誰かの代わりがどれだけ傷つくか、痛いほどに知っているのに。



「ごめ……ん……なさい。私も、どうかしてる……」



「もういい」



 それまで黙って宙を見ていたダンがゆっくりとリアンに手を伸ばした。


 震えるその手に、リアンが恐る恐る触れる。



「わかったから……もう泣かなくていい。俺はお前の傍にいる……」



「…………!」



 細められた黒い瞳の優しさは、どこかロギの笑い方に似ていた。






 ――――森の木々を風がざわめかせている。


 時折馬車の窓がガタガタと音をたて、馬は眠っているのか嘶き(いななき)ひとつ聞こえない。



 傷の痛みは一向に治まらず、体中が熱を持っているようで辛い。


 だが神力を使い、疲弊しきったリアンに今すぐ馬車を操れとも言えず、ダンは馬車で横になったまま幌の天井を見ていた。




『アミーナにはロギがいるの』



 あの時のリアンの言葉が、繰り返し頭の中でこだまする。



(……そんな事わかってる。勝負は最初からロギの一人勝ち……いや、元々勝負なんかする気はなかった。いつからあいつを目で追うようになったのか……)



 目を閉じて記憶を辿ると、ダンの胸の中で幼い頃のアミーナが笑った。



(なんだよ、初恋の名残ってやつか……? 全く、センチな話だな。……まあそれももう、どうでもいいか……)



 隣を見ると、リアンがダンの腕を枕にして眠っている。



 あの後、泣き崩れたリアンはそのまま気を失ってしまった。

 あれだけの膨大な神力を放出したのだから、それも当然だろう。



(俺は、この娘を選んだ……)



 必死で自分にすがるリアンが悲しかった。


 加えて、自分を助ける為にためらい無く力を使ったリアンを突き放す事など出来はしない。



 故郷のセルゲイも、どうやらただの守り人を越えたマグナとの関係も自らの意思で断ち切ったリアン。


 そんな孤独な皇女を、そして自分の傍にいてくれると言ったこの娘を、あの時確かに愛しいとも思えたのだ。



(それでいいじゃないか……ガキじゃあるまいし、初恋の名残なんかに未練を残しても迷惑な話だ。それにこれは、同情なんかじゃない……)



 ダンは迷いを断ち切るように、眠るリアンの耳元で囁いた。



「起きたら、屋敷に戻ろうな……。全て終わらせたら、どこかで二人で暮らそう」




 眠っているはずのリアンの目に、うっすらと涙が滲んだのをダンは知らない……。


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