君以外の愛し方
ダンとリアンが出発してから、もうかれこれ三時間以上は経っている。
アミーナはリビングの窓から表門の方を眺め、馬車が見えてくるのを今か今かと待っていた。
(カフェでお茶でも飲んでるのかな……。今頃、二人で何のお話してるんだろ……)
ザワザワと胸が波打ってどうにも落ち着かない。
自分でも気がつかないうちに、何度もため息を繰り返していたようだ。
「二人が……気になるかい?」
ふいに後ろから声を掛けられて、アミーナがため息を途中で飲み込む。
「立ったり座ったりしていたかと思えば、今度は窓に張り付いて……。こっちに来て、少しは落ち着きなさい」
広げていた地図を折りたたみながら、ロギはソファからアミーナを流し見た。
いつもと少し違う、その硬い表情に戸惑ってしまう。
「え……と、気になるっていうか、その……」
そのままじっと見つめてくる蒼い瞳から逃げるように視線を窓に戻すと、庭をこの屋敷に向かって足早にやってくる男性の姿があった。
少し見覚えのあるその人は、本来ならばここに用は無い筈なのだが。
「ねえロギ、表門の衛員さんがこっちに来るよ?」
「衛員? どうしたんだ、彼らが持ち場を離れるなど……」
ロギが立ち上がってリビングからエントランスホールに回り、アミーナも慌ててその後を追った。
「ああ、ロギユール様。よかった、あなたにお届け物です。私はすぐに戻らなければ」
ホールを出た庭先で例の衛員と鉢合わせたロギが眉をひそめる。
「届け物? いったい誰から」
「それが、商店通りを出た所で女の人にお小遣いを貰って頼まれたと言って、男女の二人組が持ってきたんです。……これなんですが」
衛員が差し出したのはただの白い紙袋。
薄っぺらなその感じから、どうやら中身が入っている訳でもなさそうだ。
だがロギの手に渡された紙袋からふわりと風に乗ってアミーナに届いたのは、間違いなく鈴蘭の香り。
「ロギ、これ……!」
思わず後ろから乗り出したアミーナを、ロギの腕が制す。
「ありがとう。わざわざすまなかった。持ち場に戻ってくれ」
労いの言葉に衛員はホッとしたように微笑み、軽く会釈すると表門に戻っていった。
すぐさまロギがガサガサと紙袋を開け、中を覗き込む。
「やはり何も……、いや、内側に何か書いてある……?」
その途端、ロギの顔色が変わった。
「何? なんて書いてあるの?!」
ロギが紙袋を破き、その内側があらわになる。
白い紙面には、口紅で書いたと思しき薄紅色の文字。
『ダンがさらわれました。必ず連れ戻します。ごめんなさい』
アミーナの肌がザワと総毛立つ。
その隣でロギが紙袋を握り潰し、唇を奮わせた。
「リアン……一人で行くなんて、無茶な事を……!」
「助けに……助けにいかなくちゃ……!」
慌てて駆け出したアミーナの手を、ロギが素早く掴む。
「どうするつもりだ。そんな丸腰で、どこに行ったかもわからないのに。落ち着けと言ってるだろう」
虚ろな蒼い瞳が、掴んだ手首をギリリと締め付ける。
「痛っ……! 落ち着けって……そんなの無理よ! ダンが……!」
「ダンが好きか?」
アミーナの心臓がドクンと音をたてた。
二人の間を、風が庭木の葉を鳴らす音だけが通り過ぎていく。
「な……に? 何を言ってるの。今はそれどころじゃ……」
「今だからこそだ!」
普段からは想像もつかない語気の荒さに、アミーナが絶句する。
そしてその瞳も、今まで見た事のない強い光を帯びていた。
「今だからこそ聞かせてくれ。……ダンが好きなのか。もう、私は必要ないのか」
揺れるコバルトブルーの瞳から目が離せない。
それに心の鍵までもが壊され、アミーナの想いが溢れ出す。
「……ダンが子供だと思ってた時から……私の瞳は紫色になってた。でもどうして? ダンを好きになっちゃいけないの? ロギが必要じゃなくなるって……どういう意味? 早く助けなきゃ、ダンが死んじゃう……!」
「ダンは助ける、私が必ず。だがその後、アミーナがダンを選ぶというなら、私はどこへ行けばいい」
「…………!」
兄のように父のように、時にはそれすら越える繋がりを感じ、ひたすら慕ってきた人の思いがけない言葉。
けれど彼に抱いている気持ちは、ダンへの想いとは別種のものだ。
「馬鹿な事を言っていると思うか? だが私は、アミーナの為だけに生きてきた。君が私を必要としてくれて初めて生きる喜びを知り、君だけを守る為に何にも心を奪われまいと……そんな風に生きてきた私に、他にどこに居場所がある。その紫の瞳がどこを見つめようと、今さら君以外の者の愛し方などわからない!」
ロギが狂おしげにアミーナの頬に両手を伸ばす。
心を吹き荒れる混乱の嵐に、アミーナは身動きが取れない。
「それに私がいなければ、力を制御できない君はとっくに死んでいたはずだ! それを忘れるな!」
その瞬間、アミーナの瞳が青く染まった。
青い瞳からとめどなくこぼれ落ちる涙に、ロギの顔が驚いたように歪む。
「……あなた本当に……私の知ってるロギ……?」
それだけを呟き、アミーナは彼の手をすり抜けて屋敷の中へと戻っていく。
呆然と自分の両手を見つめ、ロギはその場に立ちつくしていた。




