ジョーカー(切り札)
「――――さあ、もうすぐ到着だ。どんな気分だ?」
マグナが喉の奥で笑いながら話しかけてくる。
ダンは目隠しをされ、手足をきつく縛られたまま、馬車の荷台に転がされていた。
だいぶ馬車で走ったが、繰り返される似たような振動と風の匂いから、同じ所をグルグル回っているのだとわかる。
おそらく目指す場所を特定しにくくさせる為の小細工だろう。
「……わーい、どんな所に連れてってくれるの? すっごく楽しみー……とでも言って欲しいのか」
沸き起こる怒りを抑え、ダンが答える。
「こんなチビに凄まれてもな……笑えるだけだ。それにあまり俺に生意気な口を利かない方が賢明だぞ。エデンの皇女の命が惜しければな」
「……!」
そんな訳はない。
アミーナは今、ロギの屋敷に居るのだから危険などないはずだ。
「さっきも言っただろう。リアントロナがお前達の元に残ったのは、そういう作戦だったからだ。当然、あの態度も演技。あの女は身も心も……セルゲイの者だ。俺がお前の皇女を消せと指示すればすぐにでも殺る」
「ふざけるな! リアンはもうお前たちの言いなりになんかならない。アミーナにおかしな真似なんかするか!」
「そう思うなら何故言われるまま、この馬車に乗った? お前のそのセリフで、いかにリアントロナがうまくやってるかがわかったよ。今頃あの皇女も、そんな風に安心してあいつの傍にいるんだろうな」
ダンの唇が小刻みに震える。
嘘だとわかっているのに、圧し掛かる不安に身動きが取れない。
「今日も、なんとか理由をつけてお前を外に連れ出せと命じてあったんだよ。……信じるか?」
またもや耳障りな含み笑いがダンの上に降る。
それを黙らせる自由な手足も心の余裕も、今のダンには無い。
「なんで……俺なんだよ。俺をどうするつもりだ」
「お前が一番手に入れやすい。お前に対する切り札は皇女だ。俺も守り人だからな、その気持ちはわかる。それに……」
その時、馬の嘶きが聞こえ、馬車はゆるゆると速度を落とし……止まった。
すぐに荷台の扉が開く音が聞こえ、御者を務めていたマグナの部下が呼びかける。
「マグナ様、着きました。そのガキ、運びましょうか」
「俺がやるからいい。お前は馬達に水をやっておけ」
突然ダンの身体に手が掛かり、成す術も無く担ぎ上げられてしまう。
「お前と懐中時計を引き換えに取引する。それに、皇女に対する切り札もお前だ。この取引は俺に分がある」
「何を言って……?」
「お帰りなさいませ、マグナ様」
「マグナ様、お帰りなさい。準備は出来てますぜ」
次々と複数の男達が声を掛ける中、マグナは黙ったままダンをどこかに運んで行く。
やがてフワッと身体が浮かび上がるのを感じた瞬間、ダンは冷たい床に叩き付けられた。
一瞬息が止まり背中の痛みに顔をしかめると、いくつかの手が伸びてきてダンの腕を拘束していたロープと目隠しを取り去っていく。
そこはどこかの小屋のようだった。
家具はテーブルと椅子くらいしか見当たらない、ガランとした空間。
その中で異様な存在感を放っている、木組みの壁に打ち込まれた二つの楔とそこから垂れ下がった太い長鎖。
「さあ、身体を大きくしてそこに立ってくれ」
マグナが問題の鎖をクイと顎でしゃくって示した。
部下の男達が、各々新しいロープや南京錠を手にじわじわとダンを囲んでいく。
「いやだね。なんだよ、お前たちみたいな外道でも子供を痛めつけるのは気が引けるってのか」
そう吐き捨てるダンを、マグナは鼻でせせら笑った。
「いや、そんな事は全く気にならないが。手足を繋ぐ場所が大人サイズなんでな。ガキの姿じゃ届かねえ、それだけの事……」
マグナの靴にダンが唾を吐きかけ、彼の言葉が途切れる。
「いまどき拷問とはな、変態野郎。言っとくがそう簡単にはギブアップしないぜ。俺はそういう訓練も受けてるからな」
マグナは唾のかかった靴を無表情に見下ろすと、その足でおもむろにダンの腹を蹴りあげた。
「ぐはあっ!」
小さなダンの身体がは跳ね上がり、壁にぶち当たる。
ずるずると床に崩れ落ちたダンの前髪を鷲づかみにし、マグナは顔を上げさせた。
「……日が暮れたら懐中時計とお前の身柄を交換したいと使いを出す。それまでお前は部下達と遊んでやってくれ。せいぜい頑張るんだな。あんまり脆いと、お前の皇女をさらってきた方が楽しめたと部下達が騒ぎ出すかもしれん」
虚ろだったダンの目がカッと見開く。
「や……めろ。皇女には手を出すな……!」
「うるせえっ! さっさとでかくなれ!」
ダンの頭が掴まれたまま床に叩きつけられる。
額が割れ、血が目に入るのもそのままに、ダンは目の前のマグナを睨み付けた。
(アミーナ……お前、どこまで俺に苦労かければ気が済むんだよ。泣いたり怒ったり笑ったり、お前のお守りは大変なんだぞ。帰ったらお仕置きだからな……。……帰れたら、だけどな……)
まだらに霞む頭の中に、あの時のアミーナが映し出される。
頬を染めて自分を見つめた時の、鮮やかな紫色の瞳。
ロギを想っての事だと知った今でも、それを思い出すと膨れ上がる愛しさに目眩すら覚える。
(恋慕の……紫色。あいつはロギのものなのに……!)
ダンはぎゅっと目を閉じ、震える手を床について、なんとか四つん這いになった。
「……ちっくしょおおぉぉぉ!」
背中、腕と、ダンの身体が大きく長く伸びていく。
マグナはそれを、ただ冷ややかに見下ろしていた。




