神の姉妹
ダンが血相を変えてロギに掴みかかった。
「ロ、ロギ! 何で黙って見てるんだよ! あいつ力を使う気……。早くアミーナを止めてくれ! ダメだアミーナ、力を使ったらお前……!」
「お願いダン、黙って見てて。私のこの力、今使わないでいつ使うの。何のための力だと言うの……」
静かにそう呟くアミーナはすでに神の娘、東のエデン。
その意思の力を止める術など無い。
やがてアミーナの身体から、あの光る霧が漂い始めた。
それはまたたくまに濃い霧となって空へ向かい立ち昇っていく。
「あれが……アミーナの命の霧……。あんなに濃く、昇って消えて……? い、いやだ! やめてくれアミーナ! アミーナ!」
ダンが叫び声をあげた時、目もくらむような光がリアンの身体から火柱のように吹き上がった。
そしてアミーナの霧をあっというまに包み込み下へ下へと降りてくる。
「リアン……?」
呆然とするダンの目の前で、光と白い霧は二人の皇女の身体にしみ込むように戻り、やがて消えた。
「……馬鹿ね。あなたの不安定な力なんて私には簡単に押さえ込めるわ。もう……いいのよ」
リアンが涙に濡れた瞳で微笑んでいる。
それは本物の優しい微笑み。
アミーナはきょとんとしたまま、すぐには心が戻ってはこない。
(リアン……笑ってる……)
それだけが心に届き、アミーナの目にも涙が浮かんだ。
「リアン、また私を守ってくれたの……? あなたの心はこんなに澄んでるよ……絶対、汚されたりしない。一緒ならきっとやり直せるから、だから……」
その時、リアンが突然後ろから抱きすくめられた。
「……リアン、やはり君は綺麗だ。信じていた……試すように放っておいてすまなかった」
先程から成り行きを黙って見ていたロギが、リアンの後ろ髪に顔を埋める。
「信じて……いた? また私を……信じてくれたの……」
その瞳が緑色に変わる。
「ああ……君とアミーナは本当に姉妹だ。それぞれが役割を持ち、慕い、慈しみ合える。過去はもういい。だが二度と、力を使ってはいけないよ」
「はい……。でもロギ……胸が、苦しい……」
リアンの緑色の瞳から、涙がとめどなく溢れた。
「あ、ああ。すまない、苦しかったかな。ついアミーナと同じような扱いをしてしまった」
「…………」
慌てて腕をほどき取り繕うように笑うロギを、リアンが肩越しに振り仰ぐ。
「うえぇ……。アミーナの、バカー!」
「きゃあっ!」
アミーナは横から首に飛びついてきたダンにひっくり返されてしまった。
それでもダンは首から離れない。
「バカバカ、お前は何でそんな無鉄砲なんだよ。いつも心配ばかりさせやがって……。バカー! アミーナのバカー!」
「ちょ……ダン。なんか口調がちっちゃいときみたいだし、えと、今大きくなってる事忘れてない……?」
ダンに抱きつかれたまま、今までと違う感触にどう対処していいかわからず固まってしまう。
「俺一人だけ焦っちゃってバカみたいだー! ロギもバカー! ハゲー!!」
三人が目をパチクリとしばたかせる。
「……ハゲはやめて欲しいな……ちょっと心配でもあるし……」
ロギが頭にそっと手をやった。
「とにかく一度屋敷に戻ろう。アミーナも、その頬を手当てしないと。誰かに言って……」
アミーナが頬に手をやると、さっきマグナに叩かれた頬が確かに腫れて熱を持っている。
「ううん。それくらい一人で出来るよ。少し冷やせば大丈夫だから」
「それなら私が手伝う……わ。アミー……」
ふいにリアンが空を仰いで目を閉じた。
そのままグラリと揺れて倒れこむのを、傍のロギが慌てて抱え込む。
「リアン……!」
完全に気が遠のいたようで、リアンは青ざめた顔で動かなくなってしまった。
「さっきの神力で消耗したんだろう。少し休ませてやらないとダメだ」
「私のせいで、また余計な力を使わせちゃったんだね……」
アミーナがリアンの頬にかかった髪を指先でそっと掃う。
「君のせいじゃないよアミーナ。……さあ、リアンは私が部屋に運ぶから、先にダンと屋敷に戻っていなさい。その顔、早く冷やした方がいい。頼んだぞダン」
「ああ。ロギも気を抜くなよ、まだ奴らの残党が庭に潜んでるかもしれないし。いくぞアミーナ」
ダンはアミーナの手を掴み、スタスタと屋敷に向かって歩き出した。
これまでもよくダンはアミーナの手を引いては先を行くことがあったが、今の彼の歩幅に合わせるとどうしても小走りになってしまう。
「……ああ、そうだアミーナ」
ロギに呼び止められ、アミーナとダンが足を止める。
「あんな連中相手に、さっきはよく頑張ったね。おかげで形勢逆転できてリアンも奪われずに済んだ。だから……泣くんじゃないよ」
優しく細められる蒼い瞳にアミーナが息を飲むと、短くなった髪がサラリと揺れた。
「なんだよ、そんなに痛いのかほっぺた」
心配そうに覗き込んでくるダンから目を伏せ、今度はアミーナが先に立って駆け出す。
「そんな事ない。早く……行こう」
小さくなっていく二人の後姿を見送り、ロギはリアンを慎重に抱き上げた。
静か過ぎる呼吸と、今にも透けて消えてしまいそうな白い肌。
それら全てが痛々しく、ロギはその頬に触れようとして――思い留まった。
「……いかんな。アミーナとは違うのだから……」
小さく頭を振り、ロギはゆっくりと草を踏みしめながら泉を後にした。




