皇女の真実
「年齢は?」
「十九……」
「性別は? まさかまた変身して、実は女性でしたとか言わないだろうな」
「違う! 紛れもなく健康な男子だ!」
ロギの質問にダンがむきになって答える。
二人のやり取りを見ながら、アミーナは先ほどの泉のほとりでリアンに髪を切ってもらっていた。
リアンの優しい指先が不恰好に短くなった髪をすくい取り、あの護身用のダガーで少しずつ整えてくれる。
その傍らの大木にもたれたロギが、少々残念そうにため息をついた。
「健康な……ね。確かによく鍛えられてはいるようだが。それにしても可愛らしさの欠片も無くなった……」
「悪かったな。耳引っ張りゃ、いつでも可愛い俺に戻れるぜ」
憎まれ口をきく時の表情は、子供の時と全く同じ。
アミーナの中でようやく、目の前で不機嫌そうにあぐらをかく、黒髪、黒い瞳の青年の姿が今までのダンと重なった。
「やっぱりこっちの大きい方が本物のダンなんだ……。あ、ダンのお兄さんとかじゃないよね?」
「なんだそりゃ! お前、俺が変身するとこ見てただろ? それに兄貴はとっくに死んだって言ったじゃないか」
「ん? ダン、兄なんかいたのか。それは初耳だな」
ロギが背を預けていた大木からわずかに身を乗り出す。
「ああ……知らないだろうな。ずいぶん前に事故で死んでるし、俺も本人に会った記憶はない。ただ親父がいちいち出来る兄貴だったって俺と比べるから、そういう奴がいたって話くらいで……」
「親父?」
「だからさ、エリシスは爺さんじゃなくて本当は親父だよ。チビの俺って存在がしっくりくるように爺さんって事にしてるだけ」
「徹底してるな……」
呆れたような感心したような複雑な面持ちでロギが頭を振った。
「よし、ダンの事はわかった。とにかくこれからは子供だと思って優しく扱わなくてもいいという事だな」
「今までだって優しくなんかなかったぞ!」
「ああもう。子供でもあるまいに、もう少し静かに話せないのか。今度はリアンの話を聞きたいんだ。お前、大きくなったら声まで大きいぞ」
じゃれあうにも等しいような二人の言い争いに、リアンが寂しげに笑う。
「私の話……どこから話せばいいのかしら……」
リアンの指先からアミーナの髪がハラリと落ちた。
「どこからでも構わない。今は言いたくない事は言わなくてもいい。私達は君をもっと知りたい、それだけなんだ」
すがるようにロギを見上げた後、リアンはまた髪を切る自分の手元に目を落とす。
「……セルゲイはとても寒い土地。草木も穀物もあまり育たないわ。人々は寒さと飢えを凌ぐのに精一杯で……領主家は盗賊まがいの事をして資金を集めているの。父と……マグナが中心になって」
リアンの声とダガーが髪を切る音を、アミーナは静かに聞いていた。
「領主家の一人娘だった母は身体の弱い人で。主治医としてよその土地から通ってきていた父と結婚し、父は領主家に入ったの。やがて、私が生まれて皇女だとわかって……母はとても喜んだそうよ。何も出来なかった自分が、やっとセルゲイの為に役に立つ事ができたと。母は優しくて、美しい人だった……。さあ、できたわアミーナ。どう?」
リアンがアミーナの肩にかけてあったサッシュを外して髪を掃う。
アミーナが泉に顔を映してみると、そこにはダンより少し長いくらいの髪のボーイッシュな自分がいた。
「……すごい。リアンってなんでも上手なのね。……似合うかな」
「とても可愛いわ。……でもごめんなさい、私のせいで」
両手でサッシュを握りしめてうつむくリアンに、アミーナは慌てて振り返りその手を取った。
「違うわ。髪とリアン、比べたらリアンの方がずっと大切。だからお願い。そんな風に言わないで」
「私、アミーナを殺すつもりであなた達に近づいたの」
「…………!」
リアンの手を握ったアミーナの手が凍りつく。
四人の間で、風が枝を揺らす音だけが通り過ぎて行った。
「懐中時計を取り戻せとだけ言われていたけど……あわよくばと機会を狙っていたのは事実。私にとって、自分が社の皇女に選ばれて望みを叶えてもらうことが最優先。それは生前の母の願いでもあったわ。あなたか私、どちらかが社皇女になる確率は高い……だったら邪魔者は消してしまうのが私たちセルゲイのやり方なの」
淡々とリアンが話すその内容は、アミーナにとって訳のわからない事ばかりだ。
「社の皇女? 望みって……いったい何の事? なぜ私がその社の皇女になれるの。私なんか」
「アミーナ。あなた皇女の瞳の色、いくつ持っている?」
アミーナの胸がドキリと鳴る。
(瞳の色……? でもあれはハッキリ見た訳じゃないし……)
一瞬の迷いの後、アミーナは小さく答えた。
「……五つ。神降りの金色、神力を使う時の銀白、悲哀の青、憎悪の烈赤、歓喜の緑……」
「そう、調べはついてるわ。伝承にある心の虹彩とは、それに恋慕の紫色を加えた六色の事。私も紫色以外の同じ五色を持っているの。百年に一度の儀式の時、より多くの瞳の虹彩を得た皇女が社皇女と呼ばれて、社の神にどんな願いでも叶えてもらえる。自分の領地の皇女を社皇女に立てる為に、他の皇女を亡き者にしようとする動きは歴史上でも繰りかえされてきた事なの」
「…………!」
アミーナが大木の前で腕を組むロギを見上げると、彼は苦痛の面持ちで目を閉じた。
ダンも同様、何も言わない黒い瞳がそれを認めている。
(やっとわかった……! どうして自分が狙われるか。そして、守り人達が血の滲む努力をしてまで自分を鍛えなきゃならない理由が……今やっと……!)
「すまない、アミーナ……。私達は君にそういう人間の醜さを知らせたくはなかった。これはヴォックスやエリシス様とも話し合って決めた事だ」
声が、出ない。
何を言えばいいかもわからない。
アミーナはただ唇を震わせて、胸の中を吹き荒れる嵐のような動機を抑える事しかできなかった。
「本当にあなたは周りに温かく守られて……幸せな人。あなたの神力を見たときにわかったわ。あなたは自分の神力、シンパシイで青や赤を覚醒してしまったんでしょう」
リアンがアミーナの瞼にそっと触れ、また悲しげに微笑む。
「あなた達に会った時、本当はあの男たちにさらわれたように見せかけて、助けてもらう手はずだったの。でも……途中で私が殺してしまった」
「なっ……!?」
三人の顔色が変わり、いち早くダンがリアンに詰め寄った。
「あれは……リアンのした事だってのか? いったいどうやって……」
「私の神力は精神操作。相手の心に入り込んで意のままに操ることができるの。この力で父の手伝いもしたわ。強く望めば……精神を破壊して死に至らしめることもできる。あの時もそう……私の身体にかかるリスクも高いけれど」
アミーナがやっとの思いで震えの止まらない唇を開く。
「どうしてそんな事を……。だって守り人……仲間でしょう?」
「母を殺した男たちだったから」
胸に引き裂かれるような衝撃が走った。
そのアミーナを見つめて、リアンが氷のような微笑を浮かべる。
「母はね……私の目の前で八人の男たちに囲まれて、剣で串刺しにされたの。領主の……父の命令で……。何故だかわかる? 私の瞳に、青や赤の色を覚醒させる為よ……!」
強い風がリアンの銀色の髪を巻き上げていく。
「私の目の前で大好きな母がそんな事になれば、悲しみと憎しみで満たされると思ったんでしょうね。正に狙い通り……覚醒は叶った。さらに銀の神力までもが暴発して、私は七歳でもう人を……二人殺めた。その時に母に手を下して逃げた男たちが、この前待ち合わせた場所に現れたの」
リアンは空を仰いで目を閉じた。
「すぐに記憶が蘇ったわ。でももうあんな恐ろしい力は使いたくなくて……必死で心を押さえ込んだ。でも守り人の儀式で……! 気が付いたら力を使ってた。憎くて憎くて、自分の命なんかどうでも良かった……!」
どうしたらいいのだろう。
どうしたらリアンを救えるのか。
アミーナはそれだけを考えていた。
けれど頭の中は真っ白なまま、ただ涙だけが流れる。
「アミーナ、あなたにわかる? 自分の母を殺した憎い奴らから、守り人の儀式として額にキスを受ける時の気持ちが。自分が殺した者達のために弔いの舞を舞う気持ちが……!」
リアンは笑っていた。
けれどその瞳は青く染まる。
(リアンは悲しいときに微笑むんだ……。ずっとそうして、生きるしかなかった……)
「みんなに愛されて生きてきたあなたにわかる? わかる訳がないわ! あんな……あんな、想い……。あなたは、知らなくていい……エデン……これは私が負うもの……」
終始、黙って話を聞いていたロギとダンが眉をひそめる。
「エデン……?」
いつのまにかアミーナは、リアンの前に膝をついていた。
リアンはもう笑ってはいない。
悲しみのまま、初めて涙を流している。
それでいい。
人は悲しいときに笑ってはいけない。それがあるべき姿だから。
「……いいえセルゲイ、私も知りたい。あなたが負うもの、少しでも……。私にはその術があるわ」
ダンとロギが同時に声を上げる。
「セルゲイ……? これは……」
「社の神の……娘達!」
アミーナはリアンの頬を両手でそっと包み、目を閉じた。
リアンの瞳が怯えたように揺れる。
「エデン……? 何を……」
いつもの強引に引き込まれるシンパシイではない。
アミーナは生まれて初めて、自分の意思で与えられた神力を使う――。




