そして彼はハジケた
リアンの悲鳴が中庭に長く尾を引く。
前にのめりながらもアミーナは駆け出し、同時にダンとロギも地面を蹴った。
想定外の反撃にマグナがバランスを失って後ろによろけると、そのスキを逃さずダンが懐に隠し持った細身のダガーを放つ。
だがそれをマグナは寸での所でかわし、反れた刃は後ろの男の肩に突き刺さった。
「ぐあっ! ……ぐうぅー!」
情けない悲鳴をあげて背後の男がうずくまる。
「……あのガキ、やはりまだ武器持ってやがったか。油断ならねえ……」
体勢を立て直したマグナの背中がトンと何かに行き当たり、その首筋にロギのエクスカリバーがピタリと突きつけられた。
「マグナ!」
リアンが声を上げる。
マグナを押さえられ、他の男達も手が出せずにその場に硬直した。
「アミーナぁーー!」
「ダン!」
走りこんできたダンがピョンと飛びついてきて、アミーナは慌てて腰を屈めて彼を抱きとめた。
「全くよ……ボーっとしてるから。怖かっただろ。……ああっ! ほっぺたこんなに腫れてるじゃねえか。殴られたのか!」
「あ……でも、大丈夫。それより……」
「心配すんな。もう何もかも大丈夫だ」
ダンがアミーナの頭を両腕で抱え込み、耳元へ囁く。
「え、だってまだあの人たち……!」
「お前さえ戻ればこっちのもんだ。向こうでリアンと一緒に見てろ」
不敵に笑って、ダンがアミーナの背中を噴水の方へと押し出す。
そして足元に転がった皮の装備ベルトを拾い上げ、走り出した。
「……うちの、セルゲイの皇女を本当に返す気はないのか」
ロギの剣で首を捉えられても、マグナの静かな灰色の瞳は揺らがない。
「無論だ。リアンにはもう指一本触れさせない」
迷いのない声にマグナが歯噛みをしたその時、配下の一人が無鉄砲にもロギに向かっていった。
「わあああぁぁ……!」
狂ったように剣を掲げ、マグナの事などお構いなしに突っ込んでくる。
仕方なくマグナから切先をはずし、隙だらけで振り下ろされる剣を弾き飛ばすと、そのロギの背中にダンがピタリと張り付いた。
「なんだよロギ。あの赤頭、当然斬っちまうのかと思ったのに」
「だが匂いが……」
「あ? なんだって?」
「いや……」
背中合わせに構える二人を、たちまち殺気立った男達が取り囲む。
「おおー、あちらさんはやる気満々みたいだぜ。なあ、いいんだろ? 俺もじれったい事ばっかで最近ストレス溜まってるし」
「全く……血の気の多い奴だな。でもストレスはいけない。お互いここで解消しておくか!」
ロギが一足先に敵の中に踊りこんだ。
手加減など一切ない太刀筋に、敵はまともに剣を交えることもできず次々と崩れ落ちる。
「なんだよ、ロギのがよっぽど短気じゃないか。普段カッコつけてイロイロ我慢しすぎなんじゃないのかー……?」
呆然とロギの闘いぶりを眺めるダンの背後に、そっと忍び寄ってきた敵が音もなく長剣を振り上げる。
振り向きざま、ダンの拳のジャマダハルが待ち焦がれたように光の弧を描いた。
彼らが戦っている間に、アミーナは言われた通り噴水まで駆けていきリアンの首にしがみついた。
「リアン! 良かった無事で……。だめだよ、あの人達の所へはもう行かないで」
「無事だった……? 何を言ってるの。今殺されかけたのはあなたでしょう。どうしてあなた達はみんな……」
リアンの頬を、不揃いなアミーナの短い髪がくすぐる。
「髪……こんなにしちゃって。馬鹿ね」
声を詰まらせるリアンの肩に顔を埋めたまま、アミーナはブンブンと頭を振った。
ふわり立ち昇った鈴蘭の香りが二人を優しく包みこむ。
「髪なんかまたすぐ伸びるもの。でもリアンは、一度どこかに行っちゃったら帰ってこないような気がする。そんなの嫌よ、どこにも行かせないから」
そんな心からの思いに、リアンの目にも光るものが滲む。
「……どうして涙が出るのかしら……。悲しみじゃない、憎しみでもない……こんなの初めて。温かいのに……止まらない……」
アミーナが腕を解いて見つめると、静かに目を伏せたリアンの瞼から大粒のしずくが落ちた。
「でもだめなの……。もう、私は……、もう遅いわ……」
「リアン……?」
その時、闘いの場からダンの悲鳴のような咆哮のような叫びが聞こえ、二人は何事かと振り返った。
「だーっ! や、やめ……そこはダメだ。放せーー!!」
「こんの……クソチビ……っ! 俺の剣を……返しやがれ……!」
ダンは敵に馬乗りになって交差した剣で押し合っている。
その後ろからボロボロになった別の男がダンの首にしがみつき、頬や耳を引っ張っているのだ。
一見子供の喧嘩かと思うような光景だが、どうやらダンに痛めつけられ武器を取り上げられた敵が逆上しているらしい。
「ああ、どうしよう! 今、力を抜いたら下の人にやられちゃうかもしれないし……! ロギは?」
アミーナがオロオロとリアンの腕を掴む。
「あっちよ。マグナとやりあってる……」
彼女の視線の先で、マグナと剣を交えているロギの姿があった。
マグナはかなりの使い手のようで、ロギの表情にいつものような余裕はなく、今はダンに加勢できそうもない。
するとダンがギリギリと敵に耳を引っ張られながら、おかしな声でおかしな事を言い出した。
「あ……はああぁぁぁ。もう、だ、だめ、だ……! てめぇら、覚悟しろよっ! ズボンとシャツ、一組ダメにするんだからな!」
「ズボン……?」
「シャツ……?」
「んっ……! う、んああぁぁっ……!」
アミーナとリアンが見守る中、ダンの身体がメリメリと音を立てて膨らんで……いや、伸びていく。
「なっ…………!?」
あっという間に大人サイズになったダンは、組み敷いていた敵を力で押し潰し、後ろにへばり付いていた男の頭を掴んで頭突きを食らわせた。
その身体には、ボタンが飛び散り肩も袖口も裂けてしまった小さなシャツが張り付いている。
小さなズボンはさすがにダンの動きを制限するのだろう、彼はそれを脱ぎ捨ててスックと立ち上がった。
「こうなったらもう、誰にも止めらんねえからな! うおりゃあああ!」
「ダン……!? リ、リアン! あ、あれ、あれは……誰!?」
「……そうだったのね、おかしいと思ったわ。おそらくあれがダンの守り人の能力……変身よ。知能が高い子供なんかじゃない……」
ロギと変わらない長身、鍛えられた身体、そんな本来の姿で敵の中に切り込んでいくダンはパンツ一枚。
さらに、素早く鋭くなったジャマダハルは活き活きと唸りをあげ、次々と敵を沈めていく。
戦局の劇的な変化にロギとマグナも周囲を見渡し、その要因に気が付いた。
「……ダン?」
ロギがポカンと顎を落とし、その隙にマグナは小さく舌打ちしてその場を離れる。
そこへ追い討ちをかけるように、敵を目がけて一本の矢が鋭く打ち込まれた。
「……父上!」
「おじ様!」
ロギとアミーナが声を上げる。
「セラ、次の矢だ。ああ、違う。その隣の銀の矢尻の。一番痛そうなヤツ」
「これ以上殺さないでくださいね、あなた。死体を片付けるのが面倒だわ」
ロギの母のセラが、ぼやきながら次の矢を渡す。
現、近衛隊長を務めるロギの父、マクヴェル・ウェイハウンドはその名に恥じぬ腕を披露した。
大柄な引き締まった身体で弓を引き絞り、その矢を放つ。
ドンという重い音がして、矢は敵陣の真ん中に次々と突き刺さっていった。
「く、くそっ……! ここは引くぞ! 早く!」
戦意を完全に失い、残りもわずかになった敵勢がバタバタと無様に逃げていく。
マグナの姿はとうに消えていた。
「はっはっは。バーカ! 二度と来んな、あっはははは! ……は……」
高笑いをしていたダンがふいに笑いを飲み込み、そろそろと周囲を見渡す。
「ダン……」
アミーナが小さく呟くと、彼は弾かれたように噴水の前まで駆け寄ってきた。
「あ、あの……、これってあんまり人に知られちゃいけなくて、その……騙すとかそういうつもりじゃなくて! ええと……黙っててごめん……」
アミーナがハッと息を飲み、大きな目を見開く。
「わかったわ! 十歳なのにそんな大きな身体になれるから大人と間違われて正体がわからないって事ね? なんて便利な能力!」
「ちがーう! 逆だ逆!!」
「おいダン、お前……」
戻ってきたロギが真剣な面持ちで間に割って入る。
ダンはゴクリと唾をのみこみ、その顔を見つめた。
「……まずはズボンを穿いた方が良くないか?」




