必殺護身剣(ただしお色気、必須)
「ダンー、こんなのつまんない。私もロギとリアンみたいに打ち合いたいー」
「やかましい! まっすぐ振り下ろせるようになるまでお前は素振りだ、素振りっ!」
翌日、ウェイハウンド家の中庭は大変な賑やかさだった。
アミーナの願い通り、ダンの指導の下で始まった剣の稽古。
まずは試しに、と細身の片手剣エストックを持たされた。
これがどうにも扱いづらいようで、突きの姿勢で構えてみれば慣れない重さによろよろする。
ならばと両手で構えて振り下ろしてみたところ、それはあえなくアミーナの手からすっぽ抜け、ダンの足元すれすれにグサリと突き立った。
「だー! アミーナお前、剣のセンスゼロだ、ゼロ!」
……という訳で、アミーナは怒ったダンに素振りをさせられているのだ。
「……なんだかダンの奴、朝からずっと機嫌が悪いな」
ロギの愛剣エクスカリバーがキンと澄んだ音を立てる。
「それがね……」
細身のレイピアを軽やかに打ち込みながら、リアンは少し声をひそめた。
「ダンね、朝、アミーナが部屋にいなかったから探し回ったらしくて……私のベッドで寝ているって教えたら、なんだか怒っちゃったの」
キン! と澄んだ音を立てて、ロギのエクスカリバーがレイピアを受け流す。
「ああ、それで。あいつはけっこう心配性なんだ。アミーナの事に限るが」
二人が、噴水の淵に仁王立ちになっているダンをちらりと盗み見る。
へっぴり腰のアミーナにまだ何か文句を言っているようだ。
「リアン、少し休憩しよう。そう言えば昨夜は遅くまで君達の楽しそうな声が聞こえていたよ。結局、アミーナはそのまま君の部屋で寝てしまったんだね。リアンはよく眠れなかったんじゃないかい?」
ロギが剣を鞘に収めるとリアンもレイピアを下ろし、息を弾ませて笑顔を返した。
「いいえ。ぐっすり眠ったわ、久しぶりに。ああ……、身体を動かしたのも久しぶり。気持ちがいい……」
リアンが日差しに目を細める。
透き通る銀の髪を涼風がさらい、いつものリアンの香りを辺りに運んでいった。
「そうか、その香り……鈴蘭の花じゃないかい? 君によく似合ってる。今日は顔色もいいし、とても綺麗だリアン」
「は……?」
ロギは噴水の淵に腰を下ろし、うんうんとうなずきながら目を細めている。
そこに照れた様子も探る様子もない。
ただ野に咲く花を愛でるようにそんな事を言われては、受け答えに困ってしまう。
「あーあ、出たよ。王子様の天然ボケ。リアン、ロギのこういうとこは許してやってくれよな。悪気はないんだから」
いつのまにか隣に座っているダンに、ロギが目を丸くする。
「何の事だ、天然ボケとは」
「あのなあ。女性に綺麗だねとか、いい香りがするねっていう時は男が女を口説く時って相場が決まってんだ。昼間っから、そんな爺さんが孫を褒めるみたいにほんわかした目でそんな事言われても、大抵の女は真意がわからず戸惑うと思うぜ」
ダンはロギの鼻先に、これでもかというくらい自分の顔をくっつけてたしなめた。
「口説くなんて人聞きの悪い。私はただ綺麗だと思ったからそう言ったまでで、そんな邪な思いがあったわけでは……」
リアンの頬がポッと熱くなって、たまらずうつむく。
「いいけどね。ところで俺、別に心配性じゃないから」
ダンは仏頂面のまま肩をすくめ、自分のジャマダハルを拳に装着するとまたアミーナの方へ戻っていった。
「地獄耳だな……わざわざそれを言いに来たのか」
ロギは呆れたように呟いて、立ち尽くしたままのリアンに改めて向き直る。
「すまないリアン。失礼な事を言ったのなら許して欲しい。どうも私はそういう事に疎いようだ」
「いいえ、そんな……謝らないで」
真摯な瞳で許しを乞うロギに、リアンは慌てて頭を振った。
「私、そんな風に思ったんじゃないわ。そんな事言われたの初めてだったから……嬉しかったの。ありがとう、ロギ。それから……鈴蘭の香り、正解よ。私は昔からこの香りが好きで、いつもピアスにトワレを付けているの」
耳元で揺れる小さなガラス細工のピアスに指で触れて、リアンが僅かに微笑む。
するとロギはリアンを見つめたまま、ふと眉をひそめた。
「君は時々、そういう笑い方をするね。なんと言うか……こちらも胸が痛む」
「……え……?」
「いや、やめておこう。また失礼な事なのかもしれない。忘れてくれ」
再びロギが表情を和らげる。
「……ロギ。私……」
リアンが口を開きかけたその時、背後でダンの怒声がまた飛んだ。
「こらー! 何サボってんだ。今度は俺が相手してやるから、ちゃんと構えろよ、へっぴり腰。全く、リアンはあんなにセンスあるのにどうしてお前はそう何から何まで……」
「ふっふっふ……」
うつむいたアミーナが不敵な笑みを洩らす。
「今日の私は昨日の私とは違うのよ……。ダンなんて一撃でやっつけちゃうんだから」
「はあ?」
ダンが呆れ顔で片眉をあげると、アミーナは突然、素振りの剣を投げ捨てスカートを跳ね上げた。
「えいっ! 必殺、護身剣ー!」
スカートの中、アミーナの脚には昨日リアンがあげたベルトで装着したダガー。
それを抜こうと柄に手をやった時、ダンはすでにアミーナの足元にしゃがみ込んでまじまじと太ももを見つめていた。
「へえ……いい皮細工だな。ここまでの仕事が出来る職人ってなかなか……」
アミーナの顔が一瞬で真っ赤になり引きつる。
「いやーーーーっ!」
バチーンといい音がして、ダガーを抜くはずだった右手がダンの頬に見事にヒット。
至近距離でモロに食らったダンは、その場に引っくり返った。
「バカバカ、なんなのよ! 普通こういう攻撃には一瞬目を奪われて、隙ができるもんでしょ! 何、普通に見に来てんのよー! ダンのバカ! エッチ!」
「ウガーッ!」
ダンがぴょんと跳ね起きて憤然と抗議する。
「アホか! お前の脚なんぞに目を奪われたりするかボケ! だいたい脚どころかパンツまで見えたわ!」
「見たの? バカー!」
「お前が見せたんじゃー!」
ヒートアップする二人を、リアンとロギがそれぞれ必死で取り押さえた。
「うわあぁん! リアン! ダンがひどいの! 色気ゼロって言ったー!」
アミーナがリアンに抱きついてわめく。
「そんなセリフ一言も言ってないだろ! 作るな!」
「まあまあダン。少しは目を奪われたように振舞うのも紳士としては必要な……」
「ロギまでなによー!」
「ねえ、落ち着いてアミーナ。ちゃんと上手に出来てたわよ」
リアンがおろおろとアミーナの肩を抱いて慰め、ロギはもがくダンを小脇に抱えこんだ。
「でもアミーナ、それはどうしたんだい? 随分と素敵な物だが」
「昨日リアンにもらったの。すごくカッコいいと思ったのに……」
「うん。俺だってリアンだったら完全に目を奪われただろうけどな」
またダンが余計な一言で追い打ちをかける。
ヒステリー第二波のフラグが立ったと、リアンとロギは身構えたが……当のアミーナはただ唇を噛んで、ダンをジロッと睨み付けた。
「……私、少し頭冷やしてくる」
ポツリと呟いて、アミーナがリアンの腕をすり抜けて庭の奥へと歩き出す。
「アミーナ……」
後を追おうとしたリアンの肩を、ロギがそっと押さえた。
「アミーナは昔から、いじけると一人になりたがるんだ。でもすぐ寂しくなって戻ってくるから大丈夫。……アミーナ! そのすぐ先に綺麗な泉があるぞ。そこを一周したら戻っておいで!」
背を向けたままのアミーナがコクンと頷く。
「ほっとけほっとけ。お色気攻撃なんてアミーナには十年早いっつーんだよ。あー、痛て」
ダンがプイと横を向き、頬に手をやりながら吐き捨てる。
小さくなっていくアミーナの後姿を見送っていたリアンは、足元のダンに視線を移した。
「でも……言い過ぎよダン。昨夜アミーナ、一生懸命ダガーを抜く練習してたのよ。少しは努力しないと、わざわざ時間を割いて剣を教えてくれるダンに申し訳ないからって何度も何度も……それで疲れてそのまま眠ってしまったの」
忙しなく頬をさすっていたダンの手がピタリと止まる。
それきり黙り込んでしまった彼の頭を、リアンは微笑んでそっと撫でた。