王都フレミア
王都フレミア。
南に位置するこの領地は王都と呼ばれるが、元は四方に区画された領地のひとつである。
いつの頃からか、目覚ましい工業と産業の発達によって四方の代表として立つようになり、領主家は「王家」とその呼び名を変えた。
だが現在、この王都に皇女は不在。
フレミアの皇女は、十数年前流行した病に侵され命を落とした。
以来、王家に皇女の証を持つ娘は生まれていない……。
夜を徹して馬車を駆り、王都が見えてきたのは翌日の昼を過ぎた頃だった。
周囲をグルリと取り囲んでいる塀のせいか、遠目から見るとフレミアの町全体が大きな城のように見える。
入り口に近づくにつれ、商人の荷馬車や、キリッとした礼服の騎士などとひっきりなしにすれ違うようになり、町に入らずともフレミアが活気に溢れた町だと察する事が出来るだろう。
ロギは背中に当たる明り取りの窓から、荷台で眠る二人の皇女を覗き見た。
アミーナはリアンに寄り添うようにして眠っている。
昨夜のアミーナの神力の暴走、それをリアンが鎮めていくのをロギここから見ていた。
彼女も同じ皇女だ。
神力を使えば命の光が失われていく、そのリスクはよく分かっているはず。
にもかかわらず、彼女は必死になってアミーナを呼び、自身の命の光が漏れ出すのも構わずに神力を使い、それを抑え込んだ。
もっと早く異変に気が付いていれば、荷台に駆けつけてアミーナを止め、リアンにそんな危険な真似をさせずに済んだはず。
(実際、今までそれは私の……いや、私だけに出来る役目だった……)
だがロギが行くまでもなく、アミーナは救われてしまった。
力の暴走を抑えられるのは唯一自分だけに与えられた能力と自負してきただけに、その一件はロギにとって重い。同時に、今まで考えまいとしていた現実をロギに突きつける。
(儀礼参りが済んだら、皇女と守り人の能力は失われる。その時私は……、唯人となった私に何の価値がある……?)
「……そりゃねえよなぁ」
ロギはビクッと顔を上げた。
先程まで隣でいびきをかいていたダンが、いつのまにか同じ窓からアミーナとリアンを覗き見て目を細めている。
「全く、昨夜あんなに俺達を心配させといてまだグースカ寝てんのかよ。皇女ってのはホントに俺達にとっちゃ泣き所だよな」
「……疲れているんだろう。神力は皇女の体力も精神力もかなり消費するようだし……」
強張った笑顔を作り、ロギは前を向いて手綱を握り締めた。
昨夜の一部始終はダンも勿論知っている。
アミーナの力の暴走に大変なうろたえようではあったものの、彼に自分のような懸念はないようだ。
確かにダンは、儀式が終わり守り人の力がなくなったとしても、歳相応の知能になるだけで生きていくのに支障はない。
だがそれは、自分自身にも言える事。
(考え過ぎか……。私は今まで通り、次は領主となるアミーナを支えていけばいい……)
確固たる居場所を求めるのは、生い立ちのせいだろうか。
そうだとしても、自分の居場所はアミーナの傍以外にありえない。
「あ、王都が見えるじゃないか。やっと着いたのかー、いい加減ケツが痛いぜ」
相変わらず口の悪いダンを横目に、ロギは一人含み笑いをした。
(儀式が終わって、普通の可愛い子供になるなんて想像できないな……)
「なんだよその笑い方、気持ち悪りぃな。何考えてたんだ?」
ダンが覗き込んでロギの脇腹をつつく。
ロギは今度は声をあげて笑った。
――――王城にも程近い静かな林の一本道を進んで行くと、少し重々しい石造りの屋敷が見えてくる。
ダンは御者席の隣で立ち上がり、屋敷の周囲に目を凝らした。
(ふうん。これがロギの生家でもあるウェイハウンド家か……)
王室付きの近衛隊長を務めるロギの父親は自警にも怠りは無い様子。
屋敷の門前では屈強そうな衛員が睨みをきかせ、私有地であるこの林一帯にも似たような男たちが何人も配備されているのを目にした。
そんな物々しい雰囲気を持つ屋敷の中、人懐こい笑顔で四人を出迎えてくれたのは、顔も身体も丸みを帯びた年配の婦人だった。
「まあまあロギユール! お帰りなさい。またちょっと見ない間に素敵になったわね」
両手を広げ、嬉しそうにロギを抱きしめて再会のキスを浴びせる。
「ただいま母上。お変わりありませんか?」
ロギも柔らかい笑顔でキスに応える、それはどこにでもある親子の再会の風景。
そこに違和感は感じられない。
どうやら互いを大切に想うこの母と子は、血の繋がりなど関係の無いところまで至ったようだ。
「それにエデンの皇女、一昨年の新年にご挨拶に伺った時以来かしら。あなたも急に大人に、綺麗になって。あの小さかった皇女がついにこの日を迎えたのね。夢のようだわ」
「おばさまもお元気そうで。また会えて嬉しいわ」
ロギの母はアミーナの額にもキスを落とし、次にリアンに華やかな笑顔を向けた。
「あらまあ、こんな美しい守り人もご一緒なのね。初めまして、ロギユールの母のセラです。皇女とロギユールをよろしくお願いしますね」
「いや母上、彼女は……」
ロギがなんと説明しようかと口ごもる。
「初めまして。リアントロナと申します。この度、みなさんと一緒に皇女をお守りして神の社まで参ります。宜しくお願い致します」
リアンは淀みなく挨拶を述べ、ロギにニッコリとうなずいてみせた。
「うふふふ。そしてこちらが……」
腰を屈めてアミーナの後ろを覗き込むセラに、見据えられたダンが思わず後ずさる。
するとセラは、ゆったりとした体躯とは思えぬ俊敏さで手を伸ばし、ダンをヒョイと抱き上げた。
「うわっ! な、なんだよ、なんでみんな俺を抱っこしたがるんだー!」
ジタバタ騒ぐダンを太い腕で抑え込み、セラが楽しそうに笑う。
「あなたがエリシス様のところのダンガードね。よろしく。お噂は色々と聞いてますよ」
彼女のどこか含みのある笑顔を斜に見て、ダンはヒクッと喉を鳴らした。
「そういや、あんた達ってジジイと仲いいんだよな……。噂って、その……どこまでの噂?」
「……全部、よ」
耳元で囁かれたセラの言葉に、ダンがサーッと青ざめる。
「あんの……クソジジイー!」
「ほほほ。さあ、みなさんお疲れでしょ。お部屋を用意してあるから、とりあえず休んでちょうだい。ロギユール、あなたの隣のお部屋をダンガードちゃんに案内してあげて。ああ、夜には主人も戻るから夕食はみなさんで一緒にとりましょうね」
セラが笑いながらダンを床に降ろし、アミーナとリアンの背を押しながら屋敷の奥へと消えて行く。
楽しそうな三人の後姿を呆然と見送り、ダンはガックリと肩を落とした。
「あの老獪な感じ……さすが、現近衛隊長の嫁さんだ。大体なんだよジジイ、俺にはあんなに秘密は守れって……」
「どうだ? いい母だろう。どうやら気に入られたみたいだな」
ロギに頭を撫でられ、ダンが慌てて口をつぐむ。
母親に会えたせいなのか、それとも襲撃の恐れが希薄な実家に着きやっと少し息がつけたのか、ロギは朗らかで明るい顔をしている。
「はい……大変素晴らしい母君ですね……」
「なんだそれ。お前、相当疲れてるな。じゃあ部屋に行って少し休もう。こっちだよ、ダンガードちゃん」
ダンがキッと睨み付けると、廊下を歩き始めたロギは笑いを噛み殺していた。