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虹彩レジェンド~purple iris princess~  作者: 花凛兎
悲哀の青~ヒアイノアオ~
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アナタのセカイ



 新たにカナン皇女を加えた一行の馬車は、夜中の街道を王都に向けてひたすら走っていた。



 星が飛ぶように後ろに流れていく。


 最初は散漫だった馬たちも、今は走ることしか頭に無いように前へ前へと脚を動かし、その身体から滲む汗が白い蒸気となってたなびく。



 御者ぎょしゃ席で馬に鞭を入れるロギと、その隣で周囲に鋭い目を光らせるダン。


 二人は同じような難しい顔をしていた。



「仕掛けてくるかな」



「わからん。だが監視されていたことは確かだ。私たちが知りたかった事の手がかりは全部消えた。よほど知られたくない事が隠されていたと見える。ただ……どうにもやり方が回りくどい」



 強い風が二人をなぶる。

 会話も所々風にさらわれ、車輪が地面をえぐる音に掻き消され、なんとも聞き取りにくい。



「イライラする……! 正面きって襲ってくりゃいいのに」



「全くだ」



 腕に覚えのある二人は、この不可解な状況に苛立っていた。



「とにかく、王都の私の家まで急ごう。あそこなら易々と手出しは出来まい」



 独り言のように呟いて、ロギはもう一つ馬に鞭を入れた。





 ――一方、馬車の荷台では。


 眠っておくように言われたがやはり眠れる訳もなく、アミーナは揺れる荷台の窓からぼんやりと外を眺めていた。



 暗く、もやもやした思いが胸の中によどんでいる。


 いったい、自分やリアンを狙うのは誰なのか。

 身代金目当ての誘拐などではなく、確実に命を狙われているのは明らか。


 それはロギやダンの緊迫した様子からもうかがい知れる事だ。



(この世のどこかに、私に死んで欲しいと思ってる人がいる……)



 それでもアミーナは、自分が狙われる理由を問い正すつもりはない。



 二人が話してくれないならそれでいい。

 それはきっと、自分が知る必要がないと判断されたからだと思う。


 聞けばきっと困らせてしまうに違いないから。



(それに……殺されちゃうかもって、ちっとも実感が湧かないのよね)



 自分の死とはすなわち、ロギとダンの敗北を意味する。

 それが想像出来ないだけなのかもしれない。


 あの二人はきっと、たとえ我が身に危険が迫っても最期まで自分を守ろうとするだろう。


 そこまで無条件に信用してしまうのは、皇女と守り人の関係ならではの物なのだろうか。



「……眠れないの?」



 その声にハッと顔をあげると、リアンが片肘を立て身体を起こしていた。


 透き通る銀色の髪がまっすぐに毛布に落ちる。

 加えて陶器のような白い肌と、小柄だが均整の取れた姿態はまるで本物の女神のようだ。



「リアン、月の女神様みたい」



 アミーナが思ったことをそのまま口にすると、リアンは恥ずかしそうに微笑んだ。



「なあに、突然……。私から言わせるとアミーナは太陽の女神のようよ」



「うっ。それはお日様でチリチリになった髪の毛ってこと?」



 アミーナがおどけてそんなことを言い、またリアンを笑わせる。



「いやね、ダンが言った事を気にしてるの? 私には悪口に聞こえなかったわ。ダンは、可愛いふわふわの綿菓子って言ったつもりなのよ。……ねえ、くしかブラシはある?」



「え? うん、持ってるけど……」



 アミーナは荷物の中からブラシを取り出してリアンに渡した。


 それを手に、リアンがアミーナの後ろに回りこむ。



「動かないでね……綺麗にしてあげるから」



 そう囁いて、アミーナの髪をそっと梳き始めた。



(わあ……)



 その心地よさに、アミーナの身体は自然とリアンに預けられ、目も閉じていく。


 優しい指先とブラシが髪を撫でる感触に、とても気持ちが安らぐ。



「亜麻色の髪はアミーナにぴったりね。明るくて健康的で、とても素敵だわ。ロギもダンもあなたを本当に大切に思っているみたいで、羨ましい」



 リアンが髪を梳きながら少し寂しそうに呟いた。



「リアンの守り人さん達もそうだった……でしょ?」



 躊躇ためらいがちなアミーナの言葉に、リアンが静かに首を振る。



「亡くなった方の事だから言いにくいけれど……私と守り人達は完全な主従関係。ほとんどが守り人の能力もない、お金で雇われた人達よ。守りたい思いが先にあるんじゃなくて、仕事だから守ってくれただけ。あなた達の関係とは全然違うわ」



 自嘲気味な響きに胸がきしみ、思わずアミーナは振り返ってリアンを見つめた。


 見返してくる淡いグレーの瞳は揺れているのに、リアンは微笑んでいる。




 ――――突然、そのグレーの瞳からリアンの感情がアミーナにドッと流れ込んできた。



「…………!」



 それはアミーナの胸を貫き、一瞬にして深く強く津波のように心を浸食する。



「アミーナ……?」 



「寂しい、の……? リア……」



 アミーナの身体からうっすらと光の霧が浮かび上がり、榛色だった瞳の虹彩が少しずつ銀色に光り始めた。


 皇女がその能力を行使する時の虹彩、銀の瞳。

 

 リアンがハッと息を飲むと、その手からブラシが零れ落ちた。



「……これは……! だ、だめよアミーナ、それは……力を使ってはダメ!」



 アミーナはもうどこも見てはいない。

 瞳だけが爛々と銀色に光り、漂う霧がゆっくりと立ち昇り始める。


 夢中でリアンはアミーナの頭をかき抱いて、その額に唇を押し当てた。



「それはだめ……戻ってきなさい、アミーナ……!」



 そうして目を閉じる。


 すると今度はリアンの身体からも、光る霧が浮かび上がった。





 ――――アミーナは孤独の中に居た。



 誰も信用できず、また誰もがみな自分を畏れ遠巻きに見ているだけ。


 世の中の全てが、まるで作り物のように実感がない。



 それでも人の居る所を探し、自分は彷徨さまよっている。

 行き着く先はいつも同じ、けれどそこは自分の居場所ではない。


 

 愛されたい、愛されない、愛せない。


 そんな想いが織り成す糸がじわじわと身体を、心を、締め付けていく。



 その時、どこからか声が聞こえた。



(ソコはチガウ……。あなたのセカイじゃない、ソコはワタシの……。ミテはダメ、ミないでエデン。ココよ、ココまできて。ハヤく……)



 柔らかな声が響き渡り、とにかく自分が呼ばれたことが嬉しくて、アミーナは声のする方へと必死で向かった――――。




 リアンの身体から広がった霧が、アミーナの立ち昇る霧をすっぽりと包む。


 光の霧はそれ以上昇る事ができず、そのまま二人の身体に吸い込まれるように戻っていき……やがて消え失せた。




 銀の瞳をした二人の皇女。


 伝説の姉妹は長いことそうして、じっと抱き合ったままでいた。



 二人の銀の瞳がそれぞれの色に戻るまで。




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